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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
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Magnifique 後編

 リチャードとヴァージルは絶句する。

 目の前でドラゴンの肉体が力任せに破壊され、あっという間にクズになってしまった。

 ドラゴンの持つ超自然の圧倒的な力や、ドラゴンがドラゴンを解体して捨てるというあまりに倫理のない恐ろしい行為。

 高い知能とそれ相応の力を持っていないとこれほどの行為はなし得ないし、このドラゴンはそんなことが可能なほどの力量を持つドラゴンだと言うことも突きつけられる事態となった。

 リチャードはほうきの後ろに乗っているヴァージルを見る。

 先の戦いは厳しいものだった。

 水中戦、足場の悪い中でなんとかドラゴンに大傷を与えて、そこから脱出までしたのだ。

 そこにあの悪臭のドラゴンの力量を上回るであろうドラゴンの出現が重なった。

 立て続けに相性が悪いドラゴン。

 普段なら"ヴァージルさんなら討伐してくれるだろう"という少し傲慢な信頼があった。

 しかし、今はそんな存在感を背後から感じ取れない。

 目をやった先のヴァージルは悪臭のドラゴン戦で酷く汚れているし、息もかなり切らしている。先刻の戦いでかなり消耗しているのは間違いない。

 一目見ただけで分かる。

 少なくとも、もう一匹討伐できるほどの力は残っていない。

「ちゃんと、前向いてほうき乗れ……」

「はい……でも、ヴァージルさん──」

「大丈夫だ……」

 息を切らしながらヴァージルは反応する。

 しかし、満身創痍だ。

 今からしようとしている質問がどれだけ酷なこと言っているか、そしてヴァージルがどれだけ無謀な返答をするかを、リチャードは知っている。

 故にリチャードはその質問を躊躇った。

「で……どうするよ、あのドラゴンよ」

「ヴァージルさん!」

「先言っとくぜ。俺一人じゃ無理だ」

「……」

「でも、魔法使いには、行かなきゃいけない時もある」

「……ヴァージルさん、俺、本当はヴァージルさんに頼りたくないんです。こんなに疲れてるヴァージルに、無理をさせたくない……」

「……大層なことじゃねえか」

「でも、今の俺じゃ無理だ」

「……」

 リチャードは俯いてしまう。

 心なしかここ数ヶ月、ヴァージルと組んでいて自分は強くなったのだと思っていた。

 だが、力量の差がこれほどまでにあることに、少しの絶望感を覚えてしまう。

 その時だ。

 リチャードはあるものを目にする。

 そして、頭の中で情報を整理すると、一つの作戦にたどり着いた。

「……ヴァージルさん」

「おう、どうした」

「まだ、ほうきを操縦することはできますか?」

「……できるぜ」

「では──」

 リチャードはヴァージルに作戦を伝える。

 ドラゴンを討伐する準備が始まった。


 洪水のドラゴンはエレガントにロンドンの中心、美麗なテムズ川を下流に向かってゆっくり泳いでいる。

 流れに身を任せるように、ユラユラと揺蕩うように。

 そして時折顔を出したかと思えば「キュオオォン!」「シャオオォン!」と歌声にも似た美しい声を上げる。

 ここが封鎖区域でないのなら、人々はこのこの映像を切り抜いて、写真に収めたり絵に書いたりするのだろう。

 そして、ドラゴン自身も自らの美しさ、そして今現在自らが濁りを取り除いた川の美しさに気分を高揚させていた。

 自らの瞳に汚らわしきものが映らない。

 水面に顔を出したかと思えば、そこに映える自らの美貌に見とれ、高らかに喉を震わせた。

 ヴァージルは一人でほうきにまたがると、リチャードに指定されたある場所へ向かう。

「リチャード……頼んだぜ……」

「任せてください」

 今のヴァージルにできるのは、作戦通りに動いてリチャードがドラゴンを倒してくれることを、ただひたすら祈ることくらいだ。

 ヴァージルが空へと飛び立つと、リチャードは放り捨てられた肉の残骸を漁った。

 ドラゴンの肉体は果てようとも、魔力は必ず留まる場所がある。

 掻き分ける度、汚泥や酸化する脂肪の臭いがマスク越しでも鼻を突き刺す。

 それでも肉塊の山を必死で漁り、そして──

「あった!魔法石!」

 内蔵を取り出され、空いた身の裏にひっそりと紫色の魔法石が付いていた。

「フーッ」

 一つ呼吸を置いて、気持ちを整える。

 そして魔法石に触れて、リチャードは精神世界に足を踏み入れる。


「ほえっ?君は、誰ぇ?」

 リチャードの前にいたのは一人の男。

 大柄で小太りで清潔感は感じられない。

「俺はリチャード・オブライエン。魔法使いです」

「ま、魔法使いぃ──!」

 その言葉の響きだけで、ドラゴンはまだ川にいた時の残虐な記憶が呼び起こされる。

「やめてくれ!もう俺は死んだんだ!これ以上殺すな!」

「ち、違う!」

「違わない!だって……君たちは、俺を攻撃した!一度俺を殺そうとした!これが紛れもない証拠だ!」

 やはり、無謀だっただろうか。

 一度自分を殺そうとした敵であるという事実は拭えない。

「確かに俺たちはあなたを攻撃しました。でも、仕方がないんです」

「なにが仕方がない?俺はただそこにいただけだぇ?水を飲んで、呼吸をして、それの何がいけない?」

「この街は、あなたのような大きなドラゴンは居てはいけないんです。悪臭や汚れを撒き散らすあなたを、生かしてはおけない」

「そんなの……魔法使いの勝手だ!」

 話しているうちに罪の意識が芽生えてくる。

 自分は正義を執行しているが、ドラゴンにドラゴンとしての罪はない。

 それでも、街のためには彼らを排除しなくてはならない。

 リチャードは覚悟を決めて話し始める。

「そうです、勝手なんです。あなたがロンドンに来ることも、そんなあなたを俺らが討伐することも。街を守るためには……あなたを殺さないといけなかった。だから……ごめんなさい」

 そうしてリチャードは、深く頭を下げた。

 いつの間にか魔法石を従えることは忘れていた。

 ただ心の奥底から、ドラゴンに対して真摯に謝意を示していた。

 非難されることは分かっている。

 そう思うほど顔を上げるのが、怖い。

「そっかぁ……じゃあ俺ぁ、みんなに悪いこと……してしまったんだねぇ」

「えっ──」

 顔をあげることが怖かったはずのリチャードは、その意外な答えについ顔を上げてしまう。

 見上げればドラゴンの眉が困ったように垂れて、落ち込んだような表情を見せている。

「そんなつもりじゃあ、なかったんだぇ。でも……みんなが困るなら、仕方ないよなぁ……ごめんねぇ」

 ドラゴンは申し訳なさそうに答えた。

 ドラゴンとて、決して人に迷惑をかけたかった訳ではない。

 街で生きていると、その強大な力故に人に悪影響を与えてしまうのだ。

 健気な反省を示すドラゴンを、リチャードは不憫に思っていく。

「いや……謝るのは俺たちの方です……」

 リチャードは目頭を熱くしながら答えた。

 そして、込み上げる気持ちをグッと堪えて、本題に入っていく。

「それより……あのドラゴンの事なのですが……」

「ドラゴン……ああ、あのべっぴんさんのことだねぇ」

「はい。ドラゴン同士、なにかあれば……」

「あの子は……俺の事が、嫌いなんだ……俺ぁ汚いから……あの子は、汚いものが大っ嫌いで、全部綺麗にしようとするんだぁ……」

「全部綺麗に……ですか?」

「そお。さっきもそうだぁ。俺のこと見たら、ぶっ殺すって感じだったなぁ」

 その言葉がどうにも頭に残る。

 なにか思いつけないものだろうか。

 考えを巡らせて、自分の閃き力に賭ける。

 そして──そのアイデアはフッと頭の中に現れた。

「すいません」

「?」

「あのドラゴンを倒すために、協力していただけませんか?」

「……協力ぅ?」

「はい、あなたの力がこの街を守るために必要なんです」

 リチャードの瞳には覚悟と勢いが宿っている。

 目の前にいるドラゴンだけを見つめていた。

「俺の……力が?でも、俺はぁ、みんなの迷惑なんだろぉ?」

「ドラゴンの時はそうかもしれません。でも、今のあなたはドラゴンじゃない。俺と一緒に、あなたの魔法であのドラゴンを倒しませんか?」

「……でも、俺の魔法は、臭うよ?」

「いいんです」

「汚いよ?」

「それでもいいんです」

「……本当に?」

「本当に決まってるじゃないですか!」

 ドラゴンもまた、リチャードの熱意に強く胸を打たれ、瞳が熱を帯びてくる。

「分かったよぉ。俺は、君についていくよ。よろしくねぇ」

「……ありがとうございます!」

 ドラゴンと魔法使いは手を取り合った。


 第十五話【完】

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