表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/48

第三十五話「空に眠る影」

蝉の声が、どこか遠くでまだ鳴いていた。

それは夏の終わりを告げる名残のようで、空の高みへ溶けていく。


東京の空は、すすけた灰青色。

けれど、その奥底には、確かにかすかな“青”が潜んでいた。

焦げた風が河原をかすめ、焼け石の匂いをひとつ乗せて吹き抜ける。


「……昼寝とは、ずいぶん呑気だな。英雄さん」


その声に、寝転んでいた青年がうっすらと片目を開ける。


「……お、城くんじゃん!ん…浴衣、似合ってるよ」


「うるせぇ。商売道具だ」


城は、カランと下駄を鳴らしながら河原へと歩み寄る。

実家の呉服屋を手伝う日々で馴染んだ所作は、どこか穏やかで、少しだけ柔らかかった。


「こんなところで寝てる馬鹿がどこにいる」


「だってさ、今日は空がやけに綺麗なんだ。ほら、見てみ?」


薫は両手を後頭部に組んだまま、空を仰いだ。

青というより、うす水色。

それでも──確かに平和という名の“残響”が、どこかに揺れていた。


「……昔、あいつもそんなことを言っていた」


「ん?アイツ?」


「“空が綺麗だ”って……。戦争さえなければ、飛ぶだけでよかったんだって──」


薫の瞳が、微かに動く。

だが城は、視線を空に向けたまま言葉を続けた。


「当時はさ、正直わからなかった。“願い”とか“信じる”とか、そんな子どもじみたことを、真顔で言える奴でさ……オレは未来から来たんだぁ、とか…なんであんなに真っすぐでいられるのか……」


夕陽が、川面を茜に染めていた。

その光は、かつてあの日“未来”を語った、あの青年の面影を浮かび上がらせる。


「……でもな、今なら少し分かる。あいつが見てた空って──もしかして、俺たちも今、見上げてるのかもしれない」


薫のほうに目を向け、城は首を横に振る。


「そもそも、“そっくり”なんだよ、お前……姿も、声も、笑い方も……全部が、あいつそのものなんだよ」


風が頬をなでていく。

草いきれに混じって、どこかの家から夕飯の煮炊きの匂いが漂ってきた。


「……そうか…だったらオレ、まだ大丈夫だ」


薫が、ふっと笑った。

その笑顔はどこまでも陽気で、けれど確かな芯があった。


「そいつが信じた“続きを”……オレがちゃんと見てきてやる!そう思えるよ」


城はポケットに手を入れ、煙草に触れかけて──やめた。

何も燃やしたくなかった。ただ、この静かな空だけは。


「かえ、薫……怖いか?」


「いきなり、なに?」


「戦うのがさ」


城の問いかける声は、やけに穏やかだった。


薫はゆっくりと頷いた。


「怖いに決まってる…でも──誰かが言ってた。“見たい空”があるって。……だから、それを見たくなっただけさ。戦うためじゃなくて、見届けるために、飛ぶんだ」


薫の笑みが、静かに崩れた。


「……本音、言っていい?」


「言ってみろ。」


「……戦争なんてさ、やっぱりイヤだわな。殺し合いも、誰かが死んだり、ぜんぶ……ウンザリだわ」


声が途切れ、風だけが川辺を吹き渡った。


「けどさ……それでも、今守らないといけないことがある。命かけてでも、この空に“何か”を残したいって思ってる…」


続けて。


「城くん……おそらく、日本は負けるよ…だから、早くしないとな」


ふたりの間に、言葉にできない沈黙が流れた。


「……さ、くだらねぇ話は終わり!腹減った。飯だ、飯!変なこと言ってると憲兵ににらまれるぞ」


薫が立ち上がり、城も肩をすくめながら並ぶ。

歳月も時代も異なるはずなのに──ふたりが見上げた空は、同じだった。


どこまでも青くて、静かで、優しい。

本当は戦争など知らないはずの空。



雪乃の実家の座敷。

障子の向こう、暮れかけた光の中。


机の上にぽつんと置かれた“黒い板”が、規則的に淡い光を点滅させていた。


【HARUKA AOI】

System Recovery in Progress…


Backup Support System

[YUKINO SHIRO]



Activating.


かすかな電子音が、まるで遠い未来から届く呼吸のように部屋の隅で脈打っていた。


それは、過去と未来を繋ぐ記憶の灯火だった。

この空の下で、静かにひとつの“想い”が息を吹き返そうとしていた──



To be continued…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ