第二十二話「亡霊たちの滑走路」
──重たい鉄扉が閉まる音
まるで未来そのものを遮断する音だった。
「……くっ……」
楓は、両脇を固められたまま、コンクリートの床へ叩きつけられた。
唇の端から血が滲み、顔は腫れ上がり、咳すらうまく出せない。
呼吸をするたび、肺の奥で鉄の匂いがむせた。
「貴様には、特攻任務を授けてやる」
軍帽を深く被った将校が、足音ひとつ乱さず歩み寄る。
声は冷たく、氷のように空気を刺した。
「貴様が望む死に場所を与えてやるんだ。
むしろ感謝するべきだろう。
名誉ある死──それ以上の栄光が、この国にあるか?」
その眼差しには、迷いも情もなかった。
「誰でも飛ばせる機体だ。
貴様のような非国民でもな」
楓は、うつ伏せのまま、僅かに顔を持ち上げた。
膝が震え、肋骨のあたりがじくじくと痛む。
だが──その瞳だけは、生きていた。
「……クソが……」
歯の隙間から漏れた言葉に、将校の口元がわずかに歪む。
だが、殴りはしなかった。
その場にいる者すべてが、“処刑ではなく、任務”を命じられたことを、理解していたからだ。
数日後──
焼け野原の一隅、医療所の施設は、干された布が風にバタつく布音を立てていた。
焦げた木と瓦礫の匂いが風に混じり、遠くで鳥が鳴く声さえ、まるで他人事のように響いていた。
雪乃は、包帯に包まれた体で寝台に横たわっていた。
まぶたはうっすらと開かれ、乾いた唇が、ほとんど音にならない声をこぼす。
「……かえ……で……」
隣のベッドには、城が眠っている。
顔には火傷の痕。手は包帯で巻かれ、指はほとんど動かない。
言葉はもう出ない。
ただ、ゆっくりと胸が上下するだけだった。
泉沢は──あの騒動の後、軍律違反で営倉送りとなっていた。
叫び、殴られ、伏したその日から、時は止まったままだ。
それぞれの時間が、別々の静寂のなかで凍りついていた。
同じころ、筑波の特攻訓練基地では──
春の陽に照らされた滑走路に、訓練機が列をなして並んでいた。
遠くで風が竹林を揺らし、山裾にはまだ梅の花が咲き残る。
田畑は耕されず、沈黙のまま土色に眠っている。
そんな風景のなかに、異物のように並ぶ銀色の機体。
そのひとつに、楓は乗り込んでいた。
髪を切り揃え、飛行服を着た姿は、もはやかつてのフリーターではなかった。
「……離陸します」
操縦桿を握る指先は、わずかも揺れない。
現代で幾度も繰り返したフライトシミュレーション。
それが今、極限の集中力と精密な操縦として結実していた。
機体が空を裂き、真っ直ぐに昇ってゆく。
「……第七訓練機、着陸完了。あの新兵……」
「とんでもないぞ、あれは……」
管制室の士官たちが息を呑む。
──異様な正確さ。
滑らかすぎる旋回。
それは訓練生の域を超えていた。
訓練後。
ひとりの士官が、楓のもとに歩み寄った。
「貴様……名前は?」
「富神 楓」
「……ああ。噂になってるぞ。“城の亡霊”みたいだ、ってな」
楓の眉がわずかに動く。
「……城を、知ってる…のでありますか?」
「ああ。前の隊で一緒だった。あいつの飛び方は、凄かったなあ。……でも最後に見た時は、まるで抜け殻だった」
その目に、一瞬だけよぎる哀惜の色。
「人間は、あんな風になってしまうんだなと……怖かったよ。憧れてた分だけ、な」
楓は、目を伏せる。
──“あの大空”を知ったはずの男が、なぜ、抜け殻になったのか。
一瞬だけ沈黙が落ちる。
しかし楓は、静かに顔を上げて言った。
「……アイツと自分は、違います…から」
その声には、生き延びることへの異常なまでの執念が宿っていた。
それは、死地を前にしてなお、逆らう者だけが持てる光だった。
士官は黙ったまま、去っていく楓の背中を見送った。
──まるで、誰かの記憶の続きを、背負ってでも生きるかのように。
To be continued…




