表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/48

第二十一話「血に倒れし者へ」

──朝の光が、血のように赤かった。


春の匂いなど、どこにもなかった。

焦げた町がまだ燻り、煙と土埃が空に溶けていた。

屋根の落ちた家々。

ねじ曲がった電柱。

煤にまみれ、空っぽの目をした人々が、ただ歩くだけの影のようにうごめいていた。


その中で──

一際異様な怒声が、静寂を裂いた。


「この非国民がァアアッ!!」


ゴッ──

拳が振り下ろされる音と、肉の潰れる鈍い音が、朝の空気を切り裂く。


地面に膝をついた楓は、血の滴る顔をゆっくりと上げた。

右の頬は腫れあがり、唇は裂け、口内には鉄の味が広がっている。


それでも、その瞳は──折れていなかった。


「……クソが……」


嗄れた声が、唾とともに土に落ちた。


将校は顔を歪め、再び拳を振りかぶった。


だが──


「やめろォォォッ!!」


怒声が割って入った。


制服のまま飛び出してきたのは、泉沢だった。


「やりすぎや!!もう、ええやろ!?」


だが将校は、その声に微動だにしない。


「……貴様ッ!

 …憲兵のくせに、非国民を庇うか」


呟くように吐き捨て、無言のまま拳を泉沢に叩き込んだ。

崩れるように倒れた彼の上に、兵士たちが群がる。


「動くな!」


「やめろやッ!! 離せやあああッ!!」


地面に押し倒され、顔を土に擦りつけられながら、泉沢が必死にもがく。

その様は、もはや人ではなく、踏みにじられる虫のようだった。


──楓の前には、軍靴のつま先がぴたりと止まった。


「貴様……よほど死にたいらしいな」


将校は冷たく言い放つ。


「ならば望み通りにしてやる。

 連行しろ。」


両脇をがっちりと拘束され、楓の身体が無理やり引き起こされる。


そのとき──


「……楓!!」


包帯だらけの身体を引きずって、城が叫んだ。

看護兵たちが慌てて彼を押しとどめる。


「放せッ! ……!!」


呻き声と怒声が入り混じり、施設の空気を震わせる。


「楓ッ………!!」


地を這いながら、泉沢も喉を裂いて叫ぶ。


けれど、楓の背はすでに遠く──

軍服に挟まれたその小さな背中は、次第に人混みに紛れて消えていった。


──そして。


薄暗く病人であふれかえる部屋の片隅で、雪乃が薄い布の中から声を漏らした。


「……楓……まだだよ……」


全身に巻かれた包帯がわずかに震える。

焦点の合わぬ目に、涙が溜まり、口元がかすかに動いた。


「……だいじょうぶ……きっと……だいじょうぶ……」


それが誰に向けられた言葉だったのか、自分でもわからなかった。


──自分自身か。

去りゆく楓にか。

それとも、もう聞こえない誰かにか。


冷たいコンクリートの地面に転がったままの黒い板が、かすかに反応し光った。


【……あ……あ…りが……送……完】


──静かにシャットダウンした。


一瞬の光を残して、画面は闇に沈む。

誰にも見送られることなく、ひとつの命のように。


そして、東京の空はまた、血のような朝焼けに染まっていく。



To be continued…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ