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ハルピュイアばかりかラミアーまで。
今回は亜人ふたりに部屋を紹介する話? なのかな。
お読みください!
「ヤだヤだヤだヤだ、もうイヤ! もうぜんぜん無理ぃぃぃい!」
駄々をこねるように尻上がりになるひとり言を上げながら、逆にリーアはばったりと倒れた。
長い髪がバサッ、と顔までを覆い、横になったことで涙は目頭から鼻の付け根へ、そこから反対側の目へと流れる。
「ぅぅー、ぅぅぅー……」
うなりながら、シッポが床をバタン、バン! と叩く。と思うと、シュルシュルッ、たっぷりと巻き取って、その中に身を埋もれさせる。
リーアの下半身、おおむね腰から下はヘビになっている。そう、リーアはラミアー族の少女なのだ。
いまリーアは、届いたばかりの雑誌を手に涙を流している。
いったんページを閉じ、大きくため息。目を硬くつぶってまた開き、またページを開くが、
「ダメダメダメ、何度見たってダメよ。佳作にも入ってない。せっかく二次選考まで通ったのに、もぉ、なにがダメなのぉ! ぁぁああー、ヤだぁー!」
バン! 本を叩きつけるのと、シッポの先が床を打つのが同時で、ゴン! 逆に下から突き上げるような音が。
「いけない! また下の部屋の人が怒ってる! 音を立てちゃダメなのに。ぅううー、このアパート、壁も床も薄すぎるのぉー、わたしの身体じゃ、動くだけでミシミシ音立てちゃうし、ぁぁー、困ったなぁー! またあやまりに行かないとダメかしら……」
安いからと選んだアパートは、ラミアーのリーアにはいろいろと問題があって暮らしにくい。
さりとて、
「大賞取って、賞金で引っ越そうって、思ってたのに。これじゃどこにも行けないよぉ。せめて入選、佳作でもいいのに、なんで? もう、わかんない! 信じらんない! 信じ……たくなぃぃ」
思わずまたシッポをバタバタしそうになって、すんでに思いとどまる。
顔を上げる。
「きゃっ! もうこんな時間! バイトに行かなきゃ! ぁー、着替えなきゃ! ぅうう、もう暑いのに、着る服ないよぉお!」
あわててクローゼットを開け、しかし気に入った服がなくて、積んであった衣類の段ボールをあさる。
「こんな冬物じゃないの、ぁぁあああ! あるわけない、こんな中に気に入ったお洋服なんてぜんぜんなくて……」
その間にも、ゴン! 下からの突き上げ。リーアが腹板を使って動くだけで、ズリズリ、ごとごと床がしなるし、響くのだ。
「ぁー、引っ越したい引っ越したいぃー! ぁあ、もう間に合わない、このまま行くしか……、もうほんとヤだぁぁあああ!」
ガチャ、バタン! とるものもとりあえずドアを開け……、ようとして、
「なにこれ、郵便? ん……、アパートの管理会社から? えっ、何……、退去通告ぅぅううう! なんでぇえ!?」
ショックで頭の中が真っ白に。
やはり下の階からの苦情が行ったのか。
しかしいまは時間がない。これ以上グズグズしていると確実にバイトに遅れてしまう。
「あ、あとで! あとで考えよ。謝ればなんとかなるかもしれないし、とにかく……!」
バタバタと出かけるリーア。
ニ十平米ワンルームの床に真ん中には、リーアが投げ捨てた雑誌「季刊BLパラダイス☆」がさびしく残されていた。
*
「えっ、クビ?」
ところが、アルバイト先でリーアが告げられたのは、
「ああ。辞めてもらう。もう今日は別のアクターが入っていてね。だからキミにできることはない」
現場の演出監督からの冷たい言葉。
ここは水道橋遊園地。
「でも、なんでなんですか!? わたし、一生懸命やってたし、ほかのみなさんともようやく息が合うようになって、これからだな、って感じで」
「まぁ、わかるんだけどね。ラミアーの怪人とか、もうウケないんだよ。ありきたりっていうか、さ」
リーアのアルバイトは、遊園地のヒーローショー。
その怪人モンスター役なのだ。
一か月ほどまえに募集を見て応募。見事採用され、このところ、二日に一回、一日二回のショーに出演していた。
ようやく台本にも慣れ、演じる楽しさもわかって来た。遣り甲斐を感じ初めていたところなのに。
「で、でも!」
「悪く思わないでよ。最後のバイト代、色付けといたからさ。まぁ、最近は亜人の応募も多くてね。こっちとしては、いろんな亜人を試してみたいし。あっ! アラクネーのコ、キミ! こっち、こっちだよ! え、今日はミノタウロスも来る? すごいね、やったね! あ、じゃあラミアーのキミ、またね、おつかれさま!」
そう言うと忙しそうに演出監督は行ってしまった。
向こうに、クモの身体を持つ亜人の姿がちょっと見えて、消えた。
「ぁ、あの! あのー!」
忙しそうにはたらく人たちが行き交う。
機材もセットも山積みの、活気ある現場。
なのにリーアの周りだけがぽっかりと穴が空き、空気も冷たく冷えて行くようだった。
*
「ダメ。やっぱりダメ! わたしなんて、必要とされてない。要らないラミアーなんだ。部屋も追い出されるし、……もう帰りたい。もとの世界に帰りたいよぉお! わたしの村に……。ぉぉおおおーん! ぁぁあーん!」
帰り道。
交通費を節約するため、歩いて、というか、自走して池袋まで来た。
ケンタウロスの場合は、道交法上「軽車両」に当たるが、ラミアーは、その範囲ではない。
ヘビの動きと同じく、ラミアーのリーアも、ヘビ体部分を左右にくねらせ、蛇行して動く。
加えて、鱗のような腹板を立てたり寝かせたりで、まっすぐも動ける。が、こっちの動きは速くない。
狭い歩道ではうまく蛇行の動きができないし、なにより他の歩行者から邪魔なので、車道を動くことも多い。
かといって車道を動けば、車に身体をぶつけられたり踏まれそうになったりと、こっちもおちおちのんびり動いてもいられない。
基本、車道も歩道もアスファルトの道では、長く動くとそれだけで鱗が擦れ、傷ついたり剥がれたりもする。
身体中傷だらけになりながら、偶然見つけた小さな公園でひとり、リーア、たたずんでいるうちに涙があふれて来ていた。
「うっ、ぅっ、うぐっ、うぐぅ! ぁぅ、ぁああーん!」
「どうしたの」
突然、声を掛けられた。
見上げると、涙でかすんだ視界の中、目の前に小柄な少女が立っていた。
「ぁ、あの」
「泣いてる。悲しいの? なにかできること、ある?」
よく見ると、頭には髪の間からケモノ耳が生えているし、短いスカートの裾からはふさふさのシッポも見えている。
「あ、ありがとう。わたし、変なところ、見られちゃった。恥ずかしい。ほんと、ダメなんだから」
「恥ずかしくないよ。変じゃない。ラミアーさん、だね」
少女はしゃがみこんで、とぐろの中心にうずくまっているリーアと目線を合わせてくれる。
まっすぐ見つめる青い目に吸い込まれそうに感じた。そのとき、
「おーい! キア、こっちだ!」
声がして、見ると、路肩に車が停まっていた。運転席から身を乗り出すように、助手席側の窓を開けて、男がこっちを見ている。
もうわかるとおり、少女はキア、男は源大朗だ。
夷やのある池袋西口とは反対の、こちらは東口側。
管理しているアパートを見に行った定期仕事の帰り、源大朗が駐車場から車を出して来る間、キアがひとり、公園にいたのだ。
「あの、呼んでます」
「うん。でも、ほうっておけない」
「ありがとう……、ぅぅっ」
(こんな女の子に同情されてる。このコ、わたしよりずっと若い、まだ子どもなのに。耳やシッポあるし、同じ亜人みたいだけど。こんなふうに声かけられて、やさしくされたの、初めて……!)
感極まって、さらに涙が追加であふれるリーア。そこへ、
「ラミアー族か。なんだ、迷子にでもなったか」
源大朗、キアが乗らないので、車を降りて来たのだ。
リーア、驚いて、
「すいませんっ、迷子とかではないんです。家も、わかります。ただ、ちょっと世を儚んで……」
「世を? ぅん? 傷だらけじゃないか。事故か。いや、まさか……」
説明しようにもできず、源大朗にあらぬ疑い、妄想を抱かせてしまう。
「そういうのじゃない、と思う」
「そういうの? ぁあ! 違います違います! そっちは大丈夫ですっ!」
長く自走して来たために暑くてはだけたブラウスの前合わせ、などを急いでかき合わせるリーア。
「お、おう。ならいいが。どっちにしろ、おだやかじゃないな。あんた、家はどっちだ。近くなら送ってってやるよ。乗んな。ちと狭いがな」
「え、えっ! でも、ご迷惑ですし、ひとりで帰れます。アパートは、上板橋なんですけど」
「遠い、よ」
「まさか上板橋まで歩いて……、あー、その、這って、帰るつもりだったのか。そりゃ無茶だろ。ほら、乗りな。川越街道通れば、車ならすぐだ」
キア、源大朗も言う。
上板橋は東武東上線の駅で、池袋から六つ目。
その名のとおり板橋区の、まさに板橋区の私鉄駅という、高いビルやおしゃれな店などはまずない、けれどその分油断というか、安心して住める街と言える。
駅前はわりとごちゃごちゃと曲がりくねった細い道が多いのも板橋区ならでは。
ちなみに、下板橋、中板橋もあり、上板橋はこの記述順で、もっとも郊外だ。上と下では上の方が都心に近いだろう、と思っているとちょっとした挫折を味わう。
もっとも、西武新宿線の下井草、上井草も、下井草が新宿に近く、上井草の方が郊外である。
「いえ、ほんとに、あの、おかまいなく。わたしなんか、ただの気持ち悪いヘビですから。気持ち悪いから怪人ヘビ女だったのに、それもクビになって……、ぁ、どうでもいいですね、すいませんっ!」
半ば泣きながら謝るリーア。
キアと源大朗、顔を見合わせる。
「あー、おおむね、事情はわかった。そんな気がする。だから車、とっとと乗れ。送ってくぞ!」
「乗って」
キアも言う中、
「いえ、ご心配かけてすいません、ほんとに大丈夫、です……、から」
リーア、あくまで固辞する。が、途中でその目が一点に釘付けになる。源大朗の車の、ボディーに書かれた店名。
「ぁ、あのっ!」
「ん? どうした」
「そ、その車に、夷や不動産、って!」
「ああ、事実、うちは不動産屋だ。まぁ、あんまり儲からない、亜人専門の不動産屋でな。んー、何だキア、その目は。わかったよ! ちっとも儲からない、に変更だ。で、どうかしたか。何か気になって……」
「あのっ! わたしに部屋を、紹介してくださいっ!」
明日も更新予定です。




