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ここから最終章。
外出控え気味な週末に、どうでしょう。
ぜひお読みください!
「ほんっと! イヤんなっちゃう!」
フレイヤは思い切り不満気に吐き出した。
背中の後ろで、ドアが閉まる。
振り返る視線の先に、不動産店の看板があった。たいてい駅前に一軒はある、全国に展開する有名なフランチャイズだ。
「ふんっ!」
思い切りかぶりを振ると、長い髪がぶんっ! と宙に弧を描く。
そのまま空を見上げると、
「っ!」
バサバサッ! バサバサバサッ! 羽音も高く舞い上がる。
周りの人間たちが驚く中、あっという間に数十メートル、ちょっとしたビルを越えていった。
ハルピュイア。
その姿は、人間と鳥がひとつになった形。
頭と胴体は人間。両腕は翼。両脚も膝の上から羽毛に覆われ、足先は固い鉤爪になっている。
腰の後ろから伸びる尾羽根で微妙に飛行姿勢を修正しながら、フレイヤは両腕の翼で大きく空気をかく。ある程度の高度と速度を得ると、あとは滑空しながらときおりはばたく程度だ。
「なによなによ、なんだよぉ! もう怒った! もうこんな街、イヤだぁ! 帰るもん! ハルピュイアの郷に帰るんだもん! そうしたらもう、のんびり暮らしていーっぱい寝てさ! 毎日好きなことやって……」
嬉々としてしゃべりながら、その表情はどんどん曇っていく。
ビルの上を意味もなく旋回し、ビルの谷間をこれみよがしに滑空したあと、フレイヤ、あるビルの屋上に降り立った。
空調の室外機の上に腰かけながら、
「けど、どうしようかなぁ……」
ふーっ、と大きく息をつく。がっくりとうなだれるその眼下に、池袋の街が大きく広がっていた。
*
「ふぁ~!」
源大朗、顔中が口になったような大アクビで、
「店の中の空気、なくなりそう」
キアに言われながらも、
「ぅー」
寝ぼけているのか頭をバリバリかいて、
「え、そこでまた寝るんですか。もう起きてください。夕方ですよ、源大朗さん」
またソファーに沈没しそうになるのを、ラウネアに揺り動かされる。
「ぬぁ! なんだ、客か?」
「客、ではなくて、お客さま、ですよ」
「来てない、けど」
ふたりに言われ、憮然としながらも観念したのか、源大朗、ソファーから身を起こし、腰を上げ、
「富士見湯さんには、お店が終わったあとにしてくださいね」
こんどは銭湯へ行くのを咎められる。
「なんでわかった。ラウネア、ひょっとして、オレの脳内が読めるのか」
「はい。源大朗さんのことなら、なんでもわかっていますよ♪」
「こんな時間に外出する源大朗、お風呂しかない」
またもふたりに。
単純な行動パターンを読まれている、というより、富士見湯のロッカーの鍵を手にしていたので、丸わかりだ。
「風呂も行けねえ。客……もとい、お客さまも来ねえ、どうなってんのかね、この世は」
「範囲、広げすぎ」
「どうなっておるのか。現代日本は」
「まだ広すぎ、でしょうか」
ヒマにまかせてえんえん続く会話にも弾みがなくなって来たころ、
「?」
キアが耳をピクン! と立てる。ネコ耳がなにかを察知したように震える。そのとき、ドッ! ガラガラ! 雷が落ちるような音と衝撃が襲った。
「なんだ!?」
「何かが、屋根に落ちたのでしょうか」
「……!」
すぐにキア、奥の階段へ。源大朗も続く。
狭く急な古い階段を上った先、すぐ脇の廊下の横に物干し台がある。店舗が南向きなのでほぼ真北を向いた物干し台は、板のペンキもほとんど剥げていた。
「にゅー!」
けれどキアが呼ぶのは二階の廊下の向こう。カーバンクルの子猫、いや、子カーバンクルのにゅーを捜す。
「ニュ……」
大きな物音で驚いたのか、部屋の隅に小さくなっていたにゅーを、
「よかった……!」
抱き上げる。そのままキア、物干し台へ出ると、すでに源太郎が、
「どうなってんだ」
屋根の方をうかがっていた。すると、
「ぁー、痛たた! 目測間違ったー!」
屋根の上から声が。
いくつか瓦が落っこちて来るのが見えて、バサバサッ、音とともに、
「ぁ! いたっ!」
源大朗たちを見つけるや、物干し台に着地した。
「お、おまえ」
「うん! あたいはフレイヤ! ここ、夷やでいいんだよね! 部屋探しに来たの! おじゃまします!」
ちっとも悪びれたところもなく、ニッ、と笑う。
「ハルピュイア……?」
*
「初めてですね、ハルピュイアのお客さま! いらっしゃいませ♪ どうぞ、お口に合うかしら」
そう言ってラウネアが淹れたお茶を、
「いただきます! ……熱っ! あちっ!」
口に運んだ瞬間、噴き出すフレイヤ。
「まぁ! だいじょうぶですか。熱過ぎたかしら。ごめんなさい」
あやまりながらテーブルを拭くラウネア。しかし源大朗たちは、
「ずず……ごくっ」
ケットシーのキアが平気ですすっていることからも、いつもと同じ、七十~八十度の軟水という、完璧なお茶であることを知っている。
「ネコ舌か。鳥舌、かもな。てか、そこから手、出るんだな」
むしろ源大朗が感心するのは、一見、手のひらや指にあたる「手」がないように見えて、翼の途中にちゃんと、鳥の足爪ふうの手指があること。それも、
「飛んでるときは仕舞ってあるの。ぁ、気にしないで」
鳥やコウモリの翼はけっきょく、指の骨が伸びたものに皮膚や羽毛が張ったものだが、異世界の亜人は構造が異なるらしい。
「ハーピー、とも言うんだっけか」
「まぁ、こっちでの言い方はどうでも。あたいたちの世界じゃ、こっちが「人間」なんだし」
「そうですね。ぁ、お菓子、いかがですか」
「しかしいきなり店の屋根に落ちて来るとか、どうなんだ。おかげで屋根瓦が何枚か割れたぞ」
「落ちたんじゃなくて、降りたんだよぉ。まぁ、ほんとは店の前の道に降りようと思ったんだけどさ。急に強い風が吹くから」
「指定されたところ以外で降りたり、飛び上がったりするの、違反じゃないの」
キアが言うとフレイヤ、
「もぉー、固いこと言いッこなしだよぉ。まぁ、確かにそうなんだけどさぁ。そんなの守ってる飛行亜人、いないってばぁ」
ムッ、と顔をしかめて首を振る。
ハルピュイアに限らず、自力飛行、滑空などのできる飛行亜人は、都市部での離陸・着陸ポイントがあらかじめ定められている。
個体によっては大型の亜人や、それ以前にモンスター型だと、単に離陸、着陸のアクションだけで回りに影響が大きい。
最悪、事故にもつながりかねないため、一定の広さを確保した場所が、離着陸ポイントとして指定されているのだ。
都心だと、屋上にそうした「飛行亜人離着陸ポート」が作られているビルも多い。また大型のモンスター型は、飛行ルートなども制限されている。
「あまり派手にやってると、飛行許可取り消されるぞ」
「最近は、飛行亜人のパトロール隊もいる」
「そうなのよねー。飛行亜人にはGPSの携帯を義務化して、ルートも離着陸もぜんぶ可視化しようって法律も検討されてるとかさー、マジたまんないよー」
いつの間にか、愚痴聞きよもやま話のようになってくる。
お茶菓子も減って、
「冷凍のタコ焼きですけれど、温めたので、どうぞ」
ラウネアが湯気の上がる皿をテーブルに運んできた。
「ん、なんか」
源大朗があごの無精ひげをさすり、キアも耳をかすかに立てる。
そんな予感の中、案の定というべきか、
「はぁーい! お待ちどおさまー!」
「こんにちは」
勢いよく表戸を開けて飛び込んでくるのは、もちろん、
「あー、やっぱり来やがった!」
明日も更新予定です。




