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TOKYO異世界不動産 2軒め  作者: すずきあきら
第四章 キアとサキ
21/26

6

サキュバスだってエロエロばっかじゃない?

さてふたりは、これからどんな関係になっていくんだろう・・


 一週間後。


「ごめん、ください」


 声とともに夷やの表戸が開いた。


「いらっしゃ……、ぃ」


 手近にいたキア。振り返って、言葉を途切れさせる。


 そこにいたのは、


「な、なんだよ」


 サキだった。憮然として頬を膨らますものの、店からは出ず、立ったまま。


 制服ではなく、大きめのスウェットパーカーにミニスカート、タイツ。長い金髪は縛ってあった。一見してヤンキー風だが、これまでよりはずいぶん雰囲気的に大人しい。手袋をしているのは変わらない。


「あらぁ、いらっしゃいませ。かわいいお客さまですね。おかけください。いまお茶をお持ちしますから、その間に」


「この用紙に、記入して、ください」


 ラウネアが場を引き取り、キアも仕事に戻るが、客としてか、同級生として接するべきか、語尾に迷いがある。


「おー、来たか。セイラって先生に聞いてるぜ」


 と、こっちは定位置のソファーからのっそり身を起こす源大朗。無理な姿勢で居眠りしてたのか、しきりに首をさすり、サキを手招きする。カウンターではなく、ソファーの対面に座らせ、


「あの先生、セイレーンなんだってな。キンキンした声ずっと聞いてたら、耳が痛くなってきたぞ」


「はぁ? セイレーンの声って、たいていうっとりして惑わされるんじゃないの」


「オレもそう思ってたんだが、どうやらあの先生、ポンコツセイレーンみたいでな」


「ポンコツって……」


 サキ、そう言って口もとを押さえる。どうやら、プッ! と噴き出しそうだったのをこらえたようだ。


「はい、どうぞ」


 ラウネアが茶托に載せた湯飲みをテーブルに置く。


 源大朗、サキが記入した用紙を取り上げ、


「? おまえ、名前、サキじゃないのか。エリスって」


「それがほんとの名前」


「……」


 後ろから見ていたキアも、驚いた顔になる。学校の教師たちもサキと呼んでいたので、その名で生徒登録していたのだろう。


「サキュバスだからサキだとか、バカじゃねーの、って、まぁ、あたしだけどな」


『サキさん……、エリスさんは、早くからこちらの世界に来て、ずっといじめにあっていたようなのです』


 源大朗、サキ……改めエリスの書いた用紙を見ながら、訪ねて来たセイラの話を思い出していた。


 初等部に入学するや、ひどいいじめが始まったという。


 無視。物を隠す、壊す。逆にクラスで誰かの物がなくなるとエリスのせいになった。黒板や机に毎日書かれる中傷。偶然を装った暴力。買い物などの用事を命じられ、払いはエリスの負担。


 そしてとうとう、金を直接要求されるように。


 断ると、


『身体売ってかせげよ。サキュバスなんだから得意だろ』


『いままでもさんざんやって来たんでしょ。あんたも。あんたの母親もさぁ』


『なんなら売りの相手、見つけて来てあげよっか』


『校門のとこにいつもいる変なおっさん、ぜったいおまえのこと見てるって。ぁ、そっか。おまえが誘惑したんだな』


『風紀が乱れるからマジやめてよね。てか、痴漢呼び込んでるんじゃん!』

 だが大勢ではエリスを非難しても、ひとりで会うと露骨に関係を求めたり強要して来る。


『な、俺でもいいんだぞ。サキュバスなんだから、おまえも好きなんだろ? エロいこと。ちょっとくらいなら金も払うって、なぁ!』


 そんな連中の二面性にもさらされて、エリスはすべてを信じなくなっていく。


 あるとき、階段の踊り場から突き飛ばされて転落。エリスは手首の骨を折った。そのときも相手は、


『お、悪い!』


 急いでいて偶然ぶつかった、と悪気がないのを装った。


 一か月の治療と療養のあと、エリスは学校に復帰する。


 だがその姿は一変していた。


 縛っていた髪を解いてウエーブをかけ、メッシュを入れた。


 眉を剃り、派手なメイクを施した。


 制服を着崩し、制服ではないカーディガンやスタジャンを着ているときもあった。


 極限まで短くしたスカートで、脚を机に投げ出して座る。等々……。


 エリスの変わりように級友たちは驚き、最初のうちは遠巻きに眺めていた。


 あるとき、以前のように悪口を、これ見よがしに目の前で言われて、エリスは教室の椅子で相手の女子生徒を滅多打ちにする。


 女子生徒は全治三か月の重傷を負い、病院送りとなった。ゴーレムの亜人でなければ死んでいた、とも言われている。


 このときから、級友たちはエリスを腫れ物に触るような扱いをするようになった。


 そしてエリスもまた、この変化を逆手に取り、教室に君臨するようになっていく。


「どんなに真面目に励んでも、いじめはなくならないし変わらなかった。泣いても懇願しても、ますますひどくいじめられた。なのに、一度やり返しただけで、全部が変わった。誰ももうあたしをいじめられないし、いじめるのだって、決めるのはあたしだ」


 エリス、人間換算で十一歳のときだ。


 このころから、エリスは自分をサキ、と名乗り始める。


 ドラフの少女たちがつかず離れず侍るようになったのもこのころだ。


 だがエリスにも不安があった。


 いまは誰もが自分にへりくだり、一目置いているが、いつ変わるともしれない。


 教室の空気など一夜で、一瞬にして変わる。それまでのいじめっ子がいじめられっ子に転落するなどあっという間だ。


 ならば。


 いじめの対象を作り出す。


 つねにスケープゴートがいることで、エリスはいじめから逃れられる。もっともハードないじめに遭って来たエリスの安全保障だった。


 どんな差異もいじめの対象になりうる。


 ましてキアのような、級友たちともさほど交わらず、ひとりでいる方が多い存在はかっこうのいじめの的となる。


 なる、はずだった。


 しかしキアが、いじめに動揺したり、感情的に泣くなど、ほぼしなかったため、逆にいじめの首謀者であるエリスの「権威」が揺らぐこととなる。


 そこから、キアのかわいがっていたにゅーに危害を加える、とエスカレートしたのだ。


「けどおまえ、あんな面倒なことまでしてあの猫隠してたじゃないか」


 源大朗が言うと、


「うっせ! ……小さい頃に猫飼ってたんだよ。ちゃんと死ぬまで面倒みたし。だから猫をいじめるとか、ありえねえ」


 エリスの言葉に、キア、驚きとともに口の端をかすかにほころばせた。


「で、どうなんだ」


「なにがだよ」


「クラスでだ。なんか変わったんじゃないのか」


 源大朗の言葉は正鵠を射たようで、エリス、ますます憮然とした表情から、ふーっ、と息を吐き出し、あきらめたように、


「おっさん鋭いな。ああ。完全に逆転さ。裏SNSじゃ、あたしの悪口のオンパレード。しめる予告なんざ数えきれないほどさ。リアルじゃ、さっそく無視が始まってる。昨日は机に落書きされてたし。ま、自業自得、だろ」


 なんと、こんどはエリスがいじめの対象となっていたのだ。


 潮目が変わるのは一瞬。


 女王然と君臨していたエリスは、いまや使用人レベルに堕ちていた。


「お部屋探し、それが原因でしょうか」


 ラウネア、お茶菓子をテーブルに。どうやらエリスを、もうキアの敵ではない、と認定したようだ。


「あたし、あの学園の寮に入ってるんだけど、もう寮の部屋も荒らされてて。もともとひとり暮らししたかったし、いい機会かな、って。家賃は働いて払う。異世界の親には頼れないし、バイトも探さなきゃだ」


 エリスは笑う。自嘲的な笑みが頬に浮かんだ。


「けどまぁ、よくうちに来たな」


「ぁあ? ここ、異世界人専門の不動産屋じゃなかったのかよ。せっかく来てやったってのに。もういい、帰……」


「いくつか、ピックアップしてみた。いいの、あるかな」


 席を立ちかけたエリスの目の前に、物件チラシの束が置かれる。置いたのはキアだった。


 エリス、驚いてキアを見る。キア、かまわず、


「これだと駅からはちょっと遠いけど、学校には五分。二十二平米、築二十年鉄骨造り、西向きバルコニー、七万三千円」


「高! そんなにするのかよ」


「じゃあこっち。十六平米、木造アパート二階。駅から二十分、学校までは十五分。風呂トイレは別。五万円」


「狭いなー。それでも五万。けどまぁいいか」


「じゃあキープ。こっちは……」


 キアとエリスのやりとりに、源大朗、ラウネアと微笑む。


 しばらくして、


「じゃあ、内見二件、行って来る」


 キアが立ち上がる。キャビネットから物件の鍵を取り出していた。


「おう、がんばれ」


 源大朗の言葉は、エリスにも向けられていた。


「ああ。……ありがとう」


 エリス、こんどの笑みは、ちょっとはにかんで。


 ふたり、店を出ていく。


 後ろ姿を物件チラシが貼られたガラス戸から見送って、


「なんとかなるもんだな」


 源大朗、頭を掻く。


「源大朗さんがうまく仲裁したおかげですよ」


「仲裁? オレはそんなもん、したっけか」


「あのふたりだけだったら、どちらかが大ケガをするまで争っていたかもしれません。そうでなくとも、とても深い溝ができたはずです」


「そんなもんか。まぁ、あのエリスも、サキュバスだってだけでいじめられて、大変な思いをしてきたんだ。悪いヤツじゃなさそうだしな」


「そうです、源大朗さん! エリスさんのアルバイト、心当たり、ありませんか?」


「よせよ、うちは不動産屋だぞ。……ん、まぁ、雄さんにでも聞いてみるか。がんばろうってヤツは、後押ししないとな」


「はい! 言ってくれると思っていました。源大朗さん、大好きです!」


 ラウネアが抱きついて、


「お、おい! ……なんか変だぞ、ラウネア。キアといい。ぅん?」


「ニュー」


 店の奥から鳴き声。とともににゅーが歩き出て来た。どうやら二階から階段を降りて来たらしい。


「あら♪ ごはんでちゅか。それともおトイレの砂が汚れちゃってるのかしら。うんうん、よしよし」


 さっそくラウネアがにゅーを抱え上げる。


 しゃがんで膝の上に乗せると、にゅーはラウネアの太ももや手にすりすり、気持ちよさそうに身体をこすりつけた。


「すげえな。階段降りられるのか。にしても、すぐラウネアにくっつきやがって、なんだかスケベなネコだな」


 源大朗、口を曲げる。と、ラウネア、にゅーをなでながら、


「このコは女の子ですよ。それに、ネコじゃなくて、カーバンクルです。ほら」


 そう言って、にゅーの額にかかった前髪を持ち上げる。そこに、赤く輝く宝石が第三の目のように輝いていた。


「カーバンクル、だぁ?」


「ええ。偶然、ゲートを潜り抜けてこちら側へ来てしまったのかも。まだ小さいから子猫と同じですけれど、そうですね、あと何年かすれば、カーバンクルの成獣になるのじゃないかしら」


 ラウネアは笑うが、源大朗、顔が引きつる。


「なんだって。こりゃあ、とんだペットを飼っちまったぞ……」


 そんな事情もおかまいなく、にゅー、もうラウネアの膝の上で、ごろごろ喉を鳴らすうちに眠りに落ちていた。


「……ニュ」



「いいのかよ」


 夜の帳があたりを包む。


 住所は池袋とはいえ、駅から離れたこの一帯は一本路地に入ると住宅地。ずっと灯りは減り、静寂が染みて来る。


 エリスの問いに、並んで歩くキア、


「なにが」


「あたしに言いたいこと、あるんじゃないのか。殴ってくれてもいいんだぜ」


「殴られたいの?」


「殴られたかないけど、そのくらいのことはしてたかも。いや、してたな。自分がいじめられてたころ、そいつらのことみんな殴るどころか……、やめとくか。そんな奴らを味方につけて、おまえをいじめてたのはあたしなんだし、な」


「おまえ、じゃない」


「ああ悪ぃ。キア、だよな」


「そうだよ、エリス」


 名前で呼ばれて、ハッとしたように顔を向けるエリス。つい足が止まる。


「どうしたの。そこだよ、物件」


 キアが指さす。数軒先に、小さなアパートがあった。


「うん。案内してくれ」


 ふたり、並んで歩き出す。


 もう肩が触れ合うほど、その距離は近くなっていた。



 一か月後。


「ふーっ!!」


 大きな着ぐるみの頭を持ち上げて、エリスが汗だらけの顔を出す。頭をブルブルッ! 振ると短くした髪の毛先から汗が飛び散った。


「某テーマパークのアトラクション。着ぐるみショーは子どもたちに人気の演目だ。エリスはそのレギュラーキャラのひとりに扮している。


「はぁ、はぁ……、けっこうきついな。着ぐるみの中じゃ、ぜったい人と直に触れることはないから、サキュバスでも変わりない、とか、吐かすぜ、おっさん!」


 源大朗がエリスに教えたこのアルバイト。もとはといえば、町医者の指月雄二に頼んで、紹介してもらったのだ。


「けどまぁ、子どもはかわいいし、けっこういいかも。着ぐるみの重さにも慣れて来たし、もっとうまく動いて、踊ってやるって、こんどは、もっと」


 ドリンクを飲み干す。


 汗をぬぐう。立ち上がる。ちょうど、


「休憩終わり! 次のショー、行くぞ!」


 掛け声が飛んで来た。


「おっす……、はい!」


 エリスは着ぐるみの頭をかぶると、勢いよく走り出していった。


明日も更新予定です。

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