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なんとオークの大好物は・・、エルフ、じゃなかった?
そして「その日」。
「……ふん! なんだこの世界は。なにやら騒がしいところだな。ごちゃごちゃして、少しも気の休まる感じがせん!」
専用車のドアが空き、降り立ったのはシャワランと、四名ものエルフの護衛兵たち。
さらに後続の車から、見届け人として二名の入国管理局の職員が続く。職員といっても、武器を携帯した管理官だ。いざとなったら戦闘も辞さない。そう訓練されている。
しかし仰々しく着飾り、略式の王冠までつけたシャワランがいちばん驚いたのは、
「これは……城か!」
何基もの尖塔が天を向いて立ち並ぶ、それはまさにキャッスル。
「こっちです」
車からわずかに数歩。「城」の入り口とおぼしき扉を職員が開ける。
周りの無秩序な城兵が道を空け、まず護衛の兵が、続いてシャワランが入ろうとして振り返り、
「うむ、城の前には堀……、川を堀としておるのか。もしや、背後の不格好な建物も皆、城の一部なのか」
目の前の道路の向こうが崖のように切り立って、その下に水が流れているのを目にしたからだ。
この「城」の規模に圧倒される。
気を取り直し、外からだと暗い城内を進む。奥に設けられたエレベーターに、兵とともに乗り込んだ。
「この乗り物は知っておるぞ。しかし、あまりいい気持ちにはなれぬな」
自分を乗せた箱がゆっくり上昇していく居心地の悪さ。
エレベーター内の数字が「10」を指して上昇は止まった。扉が開く。
そこに、
「お待ちしておりました、シャワラン将軍」
声を掛け、頭を下げるのはヨハンナだった。そしてその後ろ、
「よく来たのぉ、シャワラン」
玉座に座ったイリスが。
豪華な玉座は一段高くしつらえられ、厳かにゆっくりと回転している。天井や壁は鏡張りで、照明とともにキラキラと煌めいていた。
それを見たシャワラン、
「子どもがなにを偉そうにっ!」
声を上げながら、腰の剣に手を掛ける。周りの護衛の兵たちもいっせいに剣を抜こうとした。
「おっとぉ! そこまでだ」
響く声は源大朗だ。マレーヤ、アスタリ、それにキアがイリスの前へと進み出る。
「へへーん! 女王さまの前だぞぉ! 下に! 下に~!」
「あの、お願い、します」
「……」
合わせるためか、キアまでがマレーヤたちとおそろいのメイドコスを着せられていた。いつもの私服との違いにはにかむ。
なんのことはない。マレーヤたちもみな、イリスの家臣を増やすために源大朗に言われてやっているのだ。こんなとき、ラウネアだけは夷やから離れられないため、必然的に留守番となる。
「なんだおまえは!」
「ええっと、まぁただの不動産屋なんだけどな。とにかく剣を抜くのは止めときな。こっちの世界で武器使用は即、ペナルティーだぜ」
源大朗だけはいつものいで立ちだが、上着にスカジャンを着ているのはそれなりの戦闘服なのかもしれない。
「こっちの人間に……、あとは獣人どもか、なんのことはない」
それでもシャワランは剣の柄を握っていたが、入管職員に表情で制され、ようやく手を離した。護衛の兵たちも従う。
「ならさっそく、話を始めようじゃないか。おっさん……、それはオレか、えっと、閣下もヒマじゃないんだろうし、わざわざ異世界から話をつけにやって来たはずだ。ここはきっちりと、お互い納得ずくで腹を割ってだ、なぁ!」
「おまえなどに話すことは何もない。……が、回りくどい話もまた願い下げだ。いいだろう。こちらの条件はすでに伝えたとおり。そこのチビッ子……、もといイリス元女王陛下がのむのか、否か、それだけだ。よいか、交渉の余地はない!」
ようやくシャワランが言い放った。顔はずっとイリスを向き、威嚇するように大声を出す。
「その条件ってヤツだ。イリスと、あー、あんた、つまり閣下が結婚する。だったか」
「その上で、我々の世界、我々の国へとともに帰還してもらう。西の森と湖の国ではいま、この私が国王だ。イリス元女王陛下は、私の嫁、妃ということになるな。もちろん、安全は保障する。以降は王妃としての生活を楽しむがよい」
「ほーお」
「これほど寛大な措置はないだろう。ひとえに私の慈悲の心だ。理解したら四の五の言わず、さっさと受け入れて宣誓するのだな。この世界は空気が悪くてかなわん。すぐに国へ戻る。イリス、そのほうもそうであろう」
ここまでシャワランは得意げに語った。片メガネの向こうの、皴の多い眼窩から眼光だけが鋭く光る。
「と、いうことらしい。どうする? イリス」
「こらっ、女王陛下と呼ばぬか! ……ったく。好き勝手言いおる。向こうへ戻ってしまえばしめたもの。権力も地位も名誉も、あらゆるものを奪われて、わらわは生きていたとしてもゴミのようなものとされるじゃろうて」
まだ幼女なのに、イヤミたっぷりに答えるイリス。
玉座の上で脚を組み、なんだか急に威厳が出て来たようでもある。
「そうとは限るまい。このわしの寵愛を受けて、一生を幸せに過ごすかもしれぬぞ。世継ぎを何人も産んで、のぉ。くくくくっ!」
だがシャワランの言葉に、
「だ、誰がおまえの子どもなんか! バカバカ! 気持ち悪ぃ! もう、ヤだ絶対絶対ヤぁぁああああだぁあっ!」
怖気が走ったのだろう。急に大声で叫びだす。涙まで浮かべていた。
「イリスさま!」
「イリス、だいじょうぶだよ。マレーヤたちがついてるよ!」
幼い女王をかばうヨハンナたちを後目に、
「どうやらこれで決まりだな。女王陛下はあんたの提案を拒絶した。以上だ」
源大朗がシャワランに告げる。
シャワランもまた顔を憎々し気にゆがめて、
「バカなガキだ! わしがこれほど譲歩してやったというに。わざわざこんな異界に足を運んでやったというに! ……まぁよい。正式な返答を得ただけでも目的は達した。これより国へ戻り、国を治める。わしのやり方でな! あとでどれほど悔やんでも遅いのを思い知るがいい。それと、異界だからとて安心するな。いつその身に……」
「おおっと、子ども相手に脅迫かい。恫喝っての、みっともねえなぁ、ロリコン閣下。そもそもあんたがそうやって偉そうにしてるのも、あんたの力っていうより、オークの軍団の力なんだろ? 虎の威を借る狐、っての、知ってるか?」
源大朗、もはやシャワランを「あんた」呼ばわりだ。
だがそうした徴発には乗らず、
「それがどうしたというのだ。すべてはわしの思いどおり。森と湖の国はいま、わしの手の内にある。オークの軍団長も、わしを全面的に支持しておる!」
「その見返りに、多額の金を渡して、か。エルフの民に重税を課し、占領軍のオークの乱暴狼藉も見て見ぬふり、かよ」
「抜かせ! そんなものは……」
「そのオークの軍団長、ブルコギノス司令官と異界電話が繋がっています」
アスタリだった。いつもは弱気なところも見せる彼女が、毅然と言い放つ。そして手で合図を向けると、
「どうぞ」
と入管職員が。
大型の携帯電話のようなものを手渡して来る。傍らのタブレットには、画像までがあらわれた。
「なに、ぃ! ……こ、これはブルコギノス軍司令官! こ、この世界での用もたったいま済んだところでございます。これからすぐに戻って……」
とたん、揉み手せんばかりのシャワラン。いや、ほんとうに両手をこすり合わせている。だがタブレット画面の中のオーク、まさに豚面の男が口を開いた。
『もう戻ってこなくていいブ。シャワラン、おまえの王位は解かれたブ。もうおまえは王ではない。帰って来る必要はないブ』
「だってさ」
源大朗の言葉に、
「はぁあ!? ど、どういうことです、ブルコギノス殿!」
目が飛び出しそうなシャワラン。
「オレが説明してやるよ。まず、これを見な」
源大朗が示したのは、羊皮紙に書き込まれた宣誓書。
エルフの言葉で書かれたその文の最後に、
「サイン……、ブルコギノス司令官と、イリス!? おまえ、だと!」
ふたりの署名がなされている。
「これは契約。国と国との条約、って言ってもいい。内容を読んでやろう。簡単だ。オーク軍司令官ブルコギノス、あー、なんちゃらと、森と湖の国女王、イリス・ワールスギュント・ウィンゼルⅦ世、たいそうな名前だったんだな、チビッ子」
「うるさいわっ、よけいな世話じゃ!」
「うんうん、つまりふたりは結婚する、と」
読み上げる源大朗に、
「……は? はぁぁあああああああああああああっ!!???」
シャワランの反応は、狼狽を越えていた。
羊皮紙をまじまじと見つめ、読み、イリスの顔とタブレットの中のオークを返す返す見比べて、なぜか救いを求めるように源大朗をにらむ。
タブレットの中の豚面が笑った。
『そういうことだブ、シャワラン。このワシとそこの女王が結婚する。シンプルでいいだブ。もうおまえは必要ないブ。わかったら、自分の身の心配をすることだブなぁ』
笑い声は途中で途切れた。通話が切られ、タブレットの画面が真っ暗になっていた。
「な、なんで!? なんでなんで? なんで!!!」
なんで、しか出て来ない口をパクパクさせるシャワランには、すっ、と管理官が真横に立つ。見れば、もう護衛のエルフ兵たちは排除されていなかった。
「お立ちを。……立ちなさい。入国管理局へ、一時拘留となります。あなたの本国からの要請です」
「ほぁぁあああ!? お、おい! おおおおおおい! 離せ! 離せぇえええええええっ! こうなったら亡命を申請するぅ! 一国の王として、この国に亡命してやるぅううっ!」
シャワランは連れ出され、その声もまたフェードアウトしていった。
明日も更新予定です。




