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亡命エルフ王族に迫る刺客。ただの不動産屋はどうする! どうする?
なにやら企てが始まってるようですよ
突然、夷やの玄関戸が開いた。
ガラガラ、ビシャッ! それも勢いよく、荒々しく。とたん、外の空気が吹き込んで来る。
が、それよりも違和感は、早くも狭い店内に入って来たふたりの男にあった。
「いらっしゃい」
あえて口に出したのは源大朗だけだったし、そんな一応の歓迎の言葉も聞こえなかったように、男たちは立っている。威嚇するようだ。そして威嚇する相手は、
「これはこれは女王陛下、ご機嫌麗しぅございます」
顔色の悪い痩せぎすの男。
金色の髪をなでつけ、細いメガネをかけている。もうひとりはかなりの恰幅で、髪も短く切りそろえていた。
どちらも肌の色が抜けるように白く、耳がかなり尖っている。
「エルフの殺し屋か」
源大朗のひと言に、店内の空気が極限まで緊張する。すでにヨハンナはイリスをかばって自分の身体を盾にしているし、ラウネアはそれとなく位置をずらして店の裏口を目で指し示していた。
キアは油断なく男たちを観察する。
が、
「おやおや、殺し屋とは人聞きが悪い。わたくしたちはただ、話をしに来ただけでして。王の使者、つまりシャワラン陛下の使いとして、ねぇ」
口角を強引に上げた、張り付いた笑いを向けて来る痩せぎすの男。続けて、
「失礼。わたくしはウェデポリ。こっちはボルボ。まぁ、しゃべるのはわたくしの仕事でね、以後、お見知りおきを。ええと」
「源大朗だ。言っておくが、うちの店で騒ぎを起こしてみろ。すぐに入国管理局に通報するからな。それも緊急コールでだ。五分で武装管理官が飛んでくるぞ」
「おおっと、まさかそんな。ちゃあんと正規の手続きをして入国していますよぉ。ほら、入国カードだってある」
「とりあえずはな。だが暴力沙汰を起こしたら、そんなもんは吹っ飛んじまうぞ。強制送還。二度と正規に入国できないだけでなく、おまえらのお守りの連中にも、きつい罰則と警告が行くだろうよ」
ここまで言われて、ウェデポリ、
「イヤですなぁ。そんなことはあるはずもございません。あくまで平和的に、話し合いの席ですから、ははっ! はははははぁ!」
そのわずかに変わった表情、視線を源大朗は見逃さない。
「だったらそっちの、そいつの握ってるもんを出しな」
「はぁ?」
「はぁ、じゃねえ。とっとと出せってんだろ! おまえだ、デカいの!」
大音声。
にらまれたボルボが、ウェデポリに確かめながら、だっぷりした上着の袖の中から手を出す。手のひらに握るように隠していたものをテーブルの上へと置いた。
「なんだ、こりゃあ」
小さな丸い円盤のような茶色の物体。
ボルボの大きな手ならともかく、ふつうなら手に余る大きさだ。
「フラワンジュの種じゃ!」
「フラワンジュ?」
「握りつぶすと、大きな音と光を出して爆発して、中の小さな種をまき散らすんです。よほど当たり所が悪くなければ死んだりはしませんが、この店の全員がなぎ倒されるくらいの威力はあります」
ヨハンナの説明に、
「ほーお。よくわかったぜ。こいつでオレの店のかわいい店員や客をケガさせようって、そういうことだな」
「め、めっそうもない! あくまで護身用でして、はぁ!」
「やれやれ。これだけでも入管に教えたら滞在取り消しは間違いないな。拘留だってありえるぜ」
「ですから、それは」
「まぁ、話くらいは聞いてやる」
「話なんか聞きたくないのじゃ! こやつらはシャワランの手下なのじゃぞ!」
憤るイリスが手足をバタバタさせる。唾も飛んでいた。
「まぁ待て。こいつらの手の内ってやつを知らない分には、対処のしようがないからな。聞いて損はない。おら! とっとと話せ!」
ギュッ、源大朗がウェデポリの襟元を締め上げる。
「わわわ、わかったわかった! わかりました! こっちも伝えることは伝えないと仕事にならないんでね、ちょっとこの手を離してくださいよ……、うわっ!」
源大朗が急に手を離したので、ウェデポリはパイプ椅子に尻もちをつくような感じになった。
「だから、とっとと言え。正直に、な」
「あたりまえでしょう。……んんっ! では、西の森と湖の国の王、シャワラン陛下の言葉を伝えます」
王、と言うところでイリスとヨハンナの表情が曇る。というよりイリスなど小さな顔を怒りに震わせている。
ウェデポリが続けた。
「ひとつ、寛大なるシャワラン陛下は、無断で王国から逃亡した元女王、イリスの罪を許し、帰国を認めるものである。その際の安全は、シャワラン陛下の名誉にかけて保証されるものとする。えー、いかがですかな、このように……」
「続けろ。休むな」
「わ、わかりましたよ。重要な伝言はもうひとつですから、いいですかな、……ひとつ、イリスを王妃として迎える。王家はひとつとなり、西の森と湖の国は、エルフ族の輝ける血統を伝えていくであろう。なお……」
しかしウェデポリの言葉は途中でかき消された。
バシャッ! イリスが手元の紙コップから中のお茶をぶちまけたのだ。もちろん的はウェデポリの顔だ。
「うわちちち! なにを……むごぉっ!」
それだけでは終わらず、さっきまで饅頭が入っていた菓子鉢までが。
「だ、黙れ黙れ黙れぇ! 恥知らずの、外道ぉ! わらわがシャワランの妃になるじゃと! 舌噛んで死ね! いますぐ死ねっ!」
なおも物を投げつけようとするイリスを、
「こらっ、そんくらいにしとけ! 店が汚れる」
「イリスさまっ!」
源大朗が言い、ヨハンナが抱き留めるように抑える。
「正式な使者に対する、これが態度ですかぁ! あとで後悔しますよぉ! まったく、まぁああったぁく!」
とウェデポリ。顔を拭い、菓子鉢の直撃で壊れたメガネを持ち上げる。が、ふんっ! と笑って、
「しかしまぁ、伝えましたからね! これでわたしたちの役目は完了です。返事は三日以内に、国へ戻って陛下に直接伝えること、いいですね! ……え、ええっ!?」
ここでウェデポリが慌てたのはほかでもない。源太朗、携帯に向かって、
「あー、入国管理局か? ウチの店で暴れてる異世界人がいるんだがな。ふたり。ああ、武器も持ってる」
「ちょっとぉ! 伝言を話せば当局には知らせないって、言ったはずですよぉ!」
「言ってねえよ、んなこと。……あぁ、そうだ。すぐ来てくれるか。五分以内? ぁあ、ああ、わかった」
「きぃいいいぇええ!」
パニックに陥ったウェデポリが叫ぶ。意外とメンタル弱いのか。と見えた、次の瞬間、
「バァァアアアカめぇえええ! わたくしの方のチェックをしなかったおまえたちの負けだぁああ!」
ウェデポリが両手に例の種子を持っていた。どうやら袖の折り返しに隠していたらしい。立ち上がり、玄関戸を背中に、まだ座っている全員を見下ろす。
ボルボはというと、いまにもイリスたちに飛び掛かりそうに見えた。
「!」
ヨハンナがイリスに覆いかぶさる。
キアが身構える。
頭の折れ耳が警戒と怒りを表すように後ろ向きに伏せられている。爪が硬く大きく尖り、スカートの下のシッポも毛が逆立っていた。
なのに、
「あーぁ、やっちまったか。こりゃもう逮捕、収監待ったなしだな」
「はい。そうですね」
相変わらず源大朗はルーズに腰かけたまま、その傍らに立つラウネアはお茶を運んで来たトレーを持ったまま微笑んでいる。
ふたりともなんの動きも備えも見せていない。
「なめられたものですねぇ。強制送還? もうそんなことはどうでもいいのです! いまこの場でそこのちんちくりんを拉致して国へ連れかえれば、それでミッションはコンプリートですからねぇ!」
わめきまくって威嚇するウェデポリ。
「ほーら、やっぱり伝言なんかじゃなく、女王の拉致が目的だったんだろ? こりゃもう服役刑だな。録音もばっちりだ。ほらほら、あと三分くらいで入管の部隊が着くぞ」
「三分もあれば十分です。いや、一分でけっこう!」
ウェデポリが目で合図し、ボルボが、
「ちんちくりんとは何事じゃ! わらわはちんちく、などでは……、うギュッ!」
「きゃぁっ!」
ヨハンナごと、がっちりとイリスをつかみ上げる。
「なにしてる、の! 源大朗!」
跳びかかろうとしてキア、源大朗に叫ぶ。
源大朗は、あごの無精ひげをチクチクとこすりながら、
「そろそろ、か。ラウネア」
「はい(はーと)」
ラウネアが応えると、
「ほぅわっ!?」
バクン! 突如、店の床板がまくれ上がり、そこから無数の細い弦が飛び出した。たちまちウェデポリとボルボにからみつく。
「むごっ! おっ、ぉ!」
手足の自由を奪うだけでなく、顔も覆って視界をふさぎ、首にも巻き付いて締め付ける。呼吸ができずに、たまらずボルボはイリスたちを離した。
「やり過ぎるなよ。ほら、入管のポリスカーのサイレンだ」
源大朗の言うとおり、パトカーや救急車とは違う、独特のサイレン音が聞こえる。じょじょに近づいて来る。
「はい、だいじょうぶです。でもちょっと、腹が立ったものですから」
微笑むラウネア。
呆気にとられるのはイリスとヨハンナだ。
「そ、そなたは」
「すごぃ……」
「ラウネアは人型植物、アルラウネ族でな。この店の下、地中に根をたっぷりと張ってる。ウチの店で暴れようなんて、千年早いってんだ。なぁ!」
「まぁ、たっぷりなんて……」
なぜか赤面するラウネア。そのせいか弦に見えた、じつは根がギュッ、と締まる。
「あがががが!」
「うぐぐ!」
悶絶するウェデポリとボルボ。
そうこうするうちに入管の部隊が到着し、
「そんじゃ、たのむわ」
ふたりはめでたくお縄となった。
「どうなる、の」
キアの問いに、
「不法な武器所持とその使用、傷害未遂、まともに裁かれれば、初犯でも五、六年は食らうな」
「では、五、六年は刑務所から出られないということですか」
「いや、異世界の住人は基本、こっちで捕まえても異世界側に引き渡す原則だ。森と湖の国側が、自分たちで裁きます、と言って来れば、それを尊重するしかない。強制送還とは名ばかりで、向こうへ着いたら放免だろう。もっとも、王の命令をしくじったって、お仕置きはありそうだがな」
最初に源大朗が予想したとおり、ということだ。
「そう、ですか」
ヨハンナが肩を落とす。
あのふたりが罰せられたからといって、イリスたちの立場に何か変化があるわけではないが、彼らが無事に戻る国は、イリスたちにとって足を踏み入れることのかなわない故郷に変わりない。
「では、わらわたちは……」
イリスが腰を上げる。
これ以上夷やにいても、所持金二万六千円では賃貸物件も借りることができない。
「どこへ、行くの」
キアの問いに、
「もう一度、同族の支援者を訪ねてみようかと」
ヨハンナが答える。しかしその表情は、可能性がかなり低いのが見て取れる。
この店を出て、ふたりに当てはあるのか。
なければ、それはどうなるということなのか。
「ぁ、待って、ください」
ラウネアは源大朗を見つめるが、玄関戸を開けようとするヨハンナに、あわてて給湯室へと取って返した。
もっと、食べ物なりを持たせようとして、だ。
不動産屋という商売上、できるのはここまで。
うちはボランティアじゃない、源大朗の言葉はどこまでも正論だ。
しかし、
「さぁて、どうすっか! 奴らにひと泡吹かせてやらなくちゃなぁ! なにしてる、女王様も座った座った! ほら!」
「どう、したの」
「源大朗、さん?」
キアもラウネアも驚く。源大朗は、
「方針変更だ。ただの不動産屋だからって、なめんなって見せつけてやろうじゃないか。ガーンとな!」
「ほんとうか!」
イリスが色めき立つ。
「ああ。あいつら、この店で暴れやがって。うちの店員たちを傷つけようとたのは絶対許せねえ。そういうヤツらとは、徹底的にやる。やってやる!」
「あ、ありがとう、ございます!」
「だがな、勘違いするなよ。そのシャワラン将軍だか王だかをやっつけて、エルフの国を取り戻す、なんてことは無理だ。無理だが……、不動産屋には不動産屋の戦い方がある。それを見せてやる」
ニヤ、と笑った。
「すばらしいです、源大朗さん。……あんた、はいけませんけど、ね」
「そうそう」
ラウネアも、キアも、笑いを取り戻していた、ところへ、
「やっほ~! みんな元気してる~!? かわいいJKメイドのコーヒー出前だよ! まいど~!」
ガラッ! 勢いよく玄関戸が開いたと思うと、そこに立っていたのは、
「マレーヤ! それに」
「お取り込み中、すいません……」
申し訳なさそうに頭を下げるアスタリ。威勢のいい方のマレーヤとふたり、スピンクスのふたごの姉妹だ。夷やの向かいの喫茶店ではたらいている。
頭のケモノ耳と、メイドコスのミニスカからシッポが伸びて見えていた。
「なんか騒いでるみたいだから来てみたら、え~! なになに? お客さんって、このチビッ子? すっご~い! ロリロリかわいい~! あっ、そっちのコはマレーヤたちと同じメイドさんのコスだね! へ~、いいね~、かわい~!」
もうマレーヤ、イリスを抱き上げて頬ずりしている。
「こ、この! こら! やめんか! わらわはロリではない! 女王イリスじゃ!」
「へぇ~、女王さまなんだ~! いいねいいね! こんどお城? へ招待して! あっ、でも着ていくドレスがな~い! 困ったね、アスタリぃ、お時おばばに前借できないかな~!」
どんどん思考が暴走するマレーヤ。しっかりとイリスを抱いて離さない。
ただ、無害なことはわかるのか、
「す、すいません、あの……、いま」
ひたすらあやまるアスタリに、
「いえ、大丈夫です。イリスさまも、およろこびで……はないみたいですけれど、楽しんでおられますから」
ヨハンナは意外と余裕なようす。
「わらわはよろこんでなどおらぬぞ! ヨハンナ! なんとかせよ!」
「え~、お城、招待してよぉ~! ね、いいじゃぁん!」
「そのような城など……、宮殿もわらわには、もう」
「そうか、なるほどな!」
ここで突然、源大朗が声を上げた。マレーヤは、
「なによ、おっさんの分もちゃんとコーヒー持って来てあげたんだから、ちょっとくらいいいじゃーん。ねえ、ロリ女王さま」
「イリスじゃ! ロリではないわっ!」
「いや、それだ。確かに女王には城や宮殿が必要だからな」
「源大朗、さん?」
ラウネアもいまひとつ、意図がわかりかねる中、
「それでいくぞ。マレーヤ、アスタリ、おまえたちも協力しろ、いいな!」
「ふぇっ! マレーヤたちも!?」
「わたしたちにできることでしたら……、でも、なんでしょう?」
源大朗の腹はどうやら固まったようす。
いわく、不動産屋の戦い、始動のようだ。
「いいけどさぁ、バイト代、弾んでよね! おっさんっ!」
明日も更新予定です。




