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やっぱりエルフの国はオークの軍団に襲われるところまでがデフォなのだな。
と、ここで急展開!
「オークの」
「襲来? まぁっ!」
「……」
夷やの店内。
ふたりが店内に入って三十分。ここまでに至るヨハンナの話が続いていた。もちろん、他の客は誰も来ない。誰ひとり来ない。
「それでつまり、突然オークの軍団に襲われて王宮から逃げて来た、ってことだな。こっちの世界へ」
「はい……。それはもう、突然で」
「それにしても、なぜオークが」
「まぁ、エルフの国を襲うのはオークの本能みたいなもんだからな。ぁー、いや、わりとマジでな、軍隊アリみたいなもんで、他の巣を襲って生きてる。生きるってことが奴らにとっちゃ他種族を襲うってことでな。襲う相手がいないと、オークどうしでも戦うとかだ」
「あやつらの本能なぞどうでもよい! 問題は……」
イリスが不意に大きな声を上げた。
幼い顔が憎しみに暗く陰っている。しかしその手に、ラウネアが出してくれた蒸かし饅頭はしっかり握ったままだったが。
「オークの軍団を手引きした者がいるのです。目星はついています」
「それは」
「ええ、恥ずかしいことですが、わたしたちエルフの国の将軍で、宮殿と街の警護隊長だった……」
「シャワランじゃ! 絶対に許さん! ……もぐっ!」
憤りながら、大きな饅頭をいっぺんに口に入れるイリス。
「シャワラン将軍は、イリスさまの叔父上にも当たるお方で」
「まぁ、そんな方が、どうして」
ラウネアの疑問には、
「おおかた、王位継承の騒動なんざがかかわってるな。こんなチビッ子が女王なんだ。その辺からもう、ふつうじゃないのはわかる」
「だ、黙れ! チビッ子言うな! わらわは正統な女王じゃ! ……おかわりっ!」
「はいっ。ただいま」
ラウネアが笑顔で席を立ち、ヨハンナが続きを話す。
「イリスさまの父君、アルフォンソⅩⅢ世陛下はオーク軍との連日の戦いで傷つき、そのケガが元で亡くなりました。もともと病弱だった王妃さまも、後を追うようにお亡くなりに。それはおよそ一年まえのことです。おふたりの間にお子さまはイリスさまのみ。それでアルフォンソ陛下の弟君のハーロス公シャワラン将軍が、自分こそが王にふさわしい、と名乗りを上げたのです」
「歴史で、よくある」
「ぁあ、こっちの世界でもそんなのばっかりだ。王位ってのはぁ、そんなにいいもんかねえ……」
源大朗、いつもと違い、そこだけ口調が違っていた。キアが、わずかに視線を向ける。しかし、
「ふん! あんな奴など叔父でもなんでもないわっ! もともと酒癖も女癖も悪くて、王位から遠ざけられておったのじゃ! ……もぐ!」
「はい、おかわりですよ。あらあら」
ラウネアが言って、皿を置くなり、もうイリスが手を伸ばすと饅頭を口に放り込んでいた。
「イリスさまのおっしゃるとおりです。貴族たちの重臣会議で、やはりアルフォンソさまではなく、イリスさまが女王陛下に推戴されたんです」
「それを恨んで、オークの軍団を引き入れた、か」
「いまも国はオークに占領されています。シャワラン将軍はオークの占領軍に多くの貢ぎ物をして、自らを王位につけてもらっています。そのため、民は重税と圧政にあえいでいて……」
「いますぐにでも、シャワランを倒し、国を取り戻すのじゃ! わらわの帰還を民たちが待ち望んでおる! そのために兵を集め、軍を起こし! ……むぐもぐっ!」
興奮してつい声を大きくするイリスだが、目の前に残った饅頭は後回しにはできないようだ。
ともかくも、エルフの主従の話は終わった。
一瞬、静けさが夷やの店内を支配する。
「オークに国が……」
そこまで言って、キアが言葉を途切れさせた。
キアの故郷、ケットシーの国もまた、犬族ヴォーグの軍団に襲われ、いまもまだ支配されている。
それを想えば、イリスたちの苦難も他人事ではない。
「ほんとうに、大変な想いをされたのですね。なにかお助けできることがわたしたちにあれば……、そうですよね、源大朗さん」
と、ラウネアも。
ところが源大朗、
「事情はよくわかった。女王さまとその侍女さんのハードな現状ってヤツはな。だがな、悪いが助けられることはない。無理だ」
腕組みして神妙に、しかしきっぱりと言い切った。
「源大朗、冷たい」
「そうですよ。こんな小さな女の子が、食べ物にも不自由しているんです。きっと私たちが力になれることがあるって思います」
なおも言うキアとラウネアには、
「なに言ってる。ウチは不動産屋だ。傭兵事務所でも異世界銀行でもないぞ。オークを討伐してエルフの国を取り戻すなんざ、一介の不動産屋のオヤジとその従業員に、どうしてできる。夢を見るのもたいがいにしとくんだな」
辛辣な源大朗の言葉が容赦なく浴びせられる。
しかし源大朗、言いながらその顔に、いつものお気楽な毒舌味はない。けれどまるで、言われる方のイリスたち以上に、砂を噛むような想いを感じている、そんなふうにも表情には影が差す。
「じゃあ、どうしたら」
「キア、おまえの国をオレがどうにもできないのと同じだ。オレたちには何もできない。こうやって話を聞いて、せめて嬢ちゃんには腹いっぱい食ってもらう、そのくらいが関の山さ」
「ぅ……。お腹など減っておらぬ! おらぬが……、ぅう」
「だいじょうぶですよ。残りは包んでおきますからね。いま無理して食べなくてもいいですから」
「まぁ、できることといったら、あんたたちの仕事を、たとえば雄さんに紹介してもらう、とかな。あの人なら何か、探してくれるかもな。とんでもないコネを持ってるからなぁ」
雄さん、こと町医者の指月雄二は、異世界から来る亜人たちの治療や診察を格安で見たり、彼らにとって頼りになる存在だ。
「けどな、そうじゃないんだろ?」
源大朗、改めてイリスとヨハンナの顔を見る。ふたりもまた、お互いに目を合わせ、小さくうなずき合う。
「じつは、イリスさまにふさわしい住まいを、探しているのです」
「ほう。そうだ、そう来なくちゃな。それが不動産屋の仕事だ。異世界から来たばかりのあんたたちに、ふさわしい住まいを全力で見つける、それがウチの本業だ」
「源大朗さん、お客さまですよ。あんた、はいけません」
「はは、そうだった。そんで、と、いまはどこに住んでるんだ?」
こんどこそ業務の開始。
キアが書類入れから用紙を持って来て、ペンといっしょに差し出す。顧客が物件の希望を記入するアンケートだ。個人情報も、資料となる。
「いまは、ホテルに宿泊しています。けれど」
「ふむ。グランドパレスなどと言うから期待したのに、ただの狭い寝室じゃったぞ! 寝室で女王の執務をせよというのか」
ふたりの宿泊状況が見えて来るようである。
「プリンスホテルというところにも行ったのですが」
「ごちゃごちゃした庶民的な店が近くにいっぱいあってのぉ。この世界の皇太子はあんなところに住んでおるのか」
「ぁ、いやー、ま、それはそれとして、だ。住まいを探してるってことだよな」
源大朗、気を取り直して、
「この希望条件用紙には書いてないが、ひとまずってことで賃貸か。それとも購入ってことになるのか。そもそも、女王さまがたはどのくらい持ち合わせがあるんだ? ここははっきり聞かせてもらわないとな」
意外にも率先して仕事モードだ。
それは、
「まぁ、源大朗さん、熱でもあるんですか?」
「変なモノ、食べた、の」
ラウネアとキアも驚くほど。
「バカ言うな。何も食べてなんてねえよ。ただ……、女王さまだぜ。チビッ子と御付きのメイドのコンビがちょいと気になるが、それでもエルフの女王さまなんだからな。こいつは傾いたウチの売り上げに貢献してくれそうだって、なぁ!」
後半は、ラウネアに耳打ちしてのセリフ。
「あら、やっぱりそんなことだったんですね」
「あざとい」
「だーから! ウチは不動産屋だぞ! 変な夢見るなっての。ほら、きっちり仕事すっぞ。で、予算は、だ」
「それでしたら、ご安心ください。こちらの世界にまえから来ているエルフの有力な方々から支援もいただいていますし。それと、イリスさまにはもう」
「うむ。わらわには気に入った城がある! そこにする!」
候補があるらしい。
「城を買い取るつもりか。けど、日本の城って言ったら、まさか、大坂城とか姫路城を買収しようってんじゃないだろうな。ん? なんだこりゃ」
ヨハンナが取り出した写真を見て、源大朗、目を見張る。しかしよく見るうちに、その表情はじょじょに呆然と。
「なんでしょう? あら、ステキですね」
「これ、千葉の」
ヨハンナが持っていたのは某テーマパークのパンフレットで、そこには一面、眩いばかりの夢の国が楽しそうに映っていた。
当然、中心にそびえるのは、美しい尖塔を佇立させた城。
「ここがよいのじゃ! わらわの居城として進ぜる!」
自信満々のイリスだが、そこは、
「これ、東京ネズミの国じゃないか。無理無理無理、ぜってー無理だ!」
誰もが知る、東京に隣接してはいるが、じつは千葉県浦安の大型テーマパーク。その中心にそびえたつ城を、どこで見たのかイリスは、
「なぜじゃ! ここがいい! わらわはここに住む!」
そう言って聞かなかった。
それだけでなく、
「金ならあるのじゃ! 驚くなよ! 見せてやれ、ヨハンナ!」
侍女のヨハンナにうながす。
「これ、です」
ヨハンナが身に着けていたポーチの中身をテーブルの上へと出して見せた。それは、
「これ……」
「ぁ、ええと……、数えてみると、二万六千円、ですね」
キアとラウネアの声と表情も固まりかけている。
「二万六千じゃぞ! 二万六千じゃ! 故郷の二万六千ルナールといったら、大きな街がひとつ丸ごと買えてしまうほどじゃ。これならわらわにふさわしい城のひとつくらい、雑作もなかろう!」
「あー、いやー、あのなぁ」
「なんでも、建物を買うには不動産屋さん、というところに行かないと、と聞きましたので、伝から、この夷やさんにまかり越した、ということなのです」
これでわかった。ふたりが夷やへ来たわけが。
しかし、
「二万六千円じゃあな……」
「なぜじゃ! わらわの国では街がひとつ買えると!」
「為替レート……、あー、通貨の価値ってもんがあってな……、ところであんたたち、あー、女王さまたちは、ホテルの支払いとか、いままでどうしてたんだ?」
「それは、支援者の方々が、直接……」
源大朗の疑問に、ヨハンナが答える。
考えてみれば、王侯貴族が直接に金を扱ったりすることはないのだろう。
もはやこれ以上の支援は無理、と、わずかな金を握らせて、支援者たちもふたりを放り出した、と考えられなくもない。
「どうじゃ。わらわの城の手配はつきそうか。うわさでは、白金、というところがなかなか良いらしいのぉ。青山、も良いと聞いたぞ」
「ぶっ!!」
「……」
無言でキアがティッシュを差し出す。
受け取って、こぼれたお茶をぬぐいながら、源大朗、
「あのなぁ、いま女王さまが食べた饅頭だって、全部合わせれば千円以上は楽勝でするんだぞ」
「なにっ、さっきの菓子、黄金でも入っておったのか」
「そうじゃなくて、な。こっちの物価とか……、あー、つまり正直その金額じゃ、ビジネスホテルにふたりで二泊もすればいいとこだ。物件購入はもちろん、賃貸だって、月一万のボロアパートだったとして、諸費用も含めたら払えねえよ」
「ウチのいちばん安い物件で、月三万二千円、管理費千円」
物件表に目を落としながら、キアが止めを刺した。
「な、なんと。なんということじゃ。なんと恐ろしい街じゃ、この、東京、とは。魔都であったか」
わなわなと震えるイリス。
「いや、そーじゃなくて、な……」
そこまで言って、源大朗も言葉を無くす。
金がなければ仕事にはならない。
そして不動産業はボランティアではなく、商売だ。
となれば、
「ここまで、かな」
「そんな、源大朗さん。まだ」
なおも言い募るラウネアに、
「だがな」
返そうと源大朗が話し出したとき、だった。
明日も更新予定です。




