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今日から新章始まります。
突然店にやってきたチビッ娘はエルフ族の王女さま?
「女王陛下! お逃げください! 女王陛下!」
転げるように侍女のひとりが飛び込んで来た。
「騒がしいわ! 何事なのっ」
「オークの! オークの襲来ですっ!」
「オーク……!」
まだ明けきらない暗い部屋の中で身を起こす。
夜具を跳ねのけて窓へと取りつき、分厚いカーテンの隙間から覗き下ろすと、
「!」
暗闇に点々と無数のたいまつが、居城を取り囲んでいた。
「いったい、これは……!」
「時間がありません! いますぐ宮殿をお出になってください!」
言いながら侍女は女王の肩に外套をかける。履物に足を通させたところで、
「警護の兵は、どうしたのか。オークなど、かんたんに退治できるのではないのか」
女王の言葉に、侍女は唇を噛んで首を振る。
「……シャワラン将軍が、裏切ったのです」
「なん、と……!」
目の前が暗くなる。いや、暗いのは灯りを点けられないから、のはず。
自問の言葉が口からこぼれ出る女王に、
「こちらへ!」
侍女は声を掛け、手を握り、それでも動かない、というより動けない女王を半ば強引に引っ張り立たせて、寝室の奥、クローゼットの中の隠し扉を開いた。
ギシッ! 何十年ぶりかに開く扉は固く、重く、埃をまき散らした。
かまわず女王を先に扉の中へ、それから彼女自身も、クローゼットの扉を閉じ、隠し扉の中へと身をひるがえした。
「どこへ、行くのか。もう城の外は」
怯えと諦念を帯びた女王の言葉、声、表情に、侍女は力強くその手を握り、しかし首を振る。
「まいります」
「だからどこへ。この階段の下は……」
まだためらう女王。しかし喧騒と悲鳴はもうすぐそこまで、クローゼットの扉の向こうにも迫って来ていた。
「ここではない、別の世界へ。ともに参ります、女王陛下」
「別の、世界」
狭い階段の先は暗闇と見えていたが、ほのかに灯りがきらめいている。蝋燭などではない、はるかに遠い星の灯りにも見えた。外の夜空ではない。階段の向こうにある星の灯り……。
「目を、つぶってください!」
「ま、待て、まだ」
だが次の瞬間、女王の身体は侍女に抱かれ、強引に階段の下へと飛び落ちる。硬く抱きしめられていた。
「……!」
女王もまた、きつく侍女に抱き着く。
無限に落下していく。
加速感に唇を噛む。唇を強くつぐむ。もうダメ! そう思われた刹那、ふたつの身体が不意に、ふわっ、と浮き上がった。
*
ここはいつもの夷や。
午後のけだるい空気が店内を支配する。
それはもう、今日は客が来ないのではないか。来ないのならいっそ、店になんかいなくてもいいのでは、という……。
キアも帰って来たしラウネアもいるし、
「だよなぁ、オレはちょっくら風呂にでも……」
源大朗、心の声がダダ洩れになっていた。
「いけませんよ。閉店時間まではいてくださいね」
「社長で店長なのに」
ふたりに小言を言われ、それでもなおあきらめきれず、
「なこと言われてもなぁ。来ないもんは来ないんであって、ないものねだりに時間つぶすより、陽の高いうちからひとっ風呂浴びてリフレッシュをだなぁ……ん?」
そこまで言って気づく。玄関のすりガラス越しに、人影。道路からこちらを伺っているようである。
源大朗、ニヤリと笑い、
「と言ってるうちにほうら、おいでなすったぞぉ、お客さまだ!」
たったいままで、ないものねだり呼ばわりしていた客の姿にすっかり態度を変えている。表戸に手を掛けると勢いよく開け放った。同時に、
「おぅ、いらっしゃい! ようこそ、夷やへ!」
思い切りの営業あいさつとともに身を乗り出す。が、
「ふぎゅっ!」
どすん! 小さな悲鳴? とともに源大朗の身体に何かがぶつかった。
思わず前へのめる。見えないくらい小さい「それ」と、源大朗はもつれるように倒れる。
「ぁあっ? なん、だ……、この」
身を起こしながら源大朗が確かめようとすると、
「女王陛下! だいじょうぶですか、イリス陛下っ!」
あわてて女性、というよりは少女が走り寄って来る。彼女こそ、源大朗がガラスの向こうに見た人影だった。
そして、
「ぅう、うー! 無礼者! さっさとどかんか、このっ!」
源大朗の下敷きになって声を上げるのは、少女よりも幼い、となれば幼女。歳にして五、六歳ほどの子どもだ。
身長もそうで、源大朗の腰上あたりまでしかない。扉の真ん前に立っていたのだが、見えずに共倒れになったのだ。
それにしても、
「まぁまぁ、ケガはありませんか? あの、女王、さま?」
ラウネアがすぐに、いまは源大朗によって引っ張り起こされた幼女=イリスの服の汚れを払い、顔をハンカチで拭う。
キアは無言で救急箱を持って来ていた。
「よい。どこもケガしておらぬ。それよりおまえ」
「おま、え……、オレのことか」
「そうじゃ! いつまでわらわの手を握っておる! いいかげんにそのいかつい手を離せ! というのじゃ」
源大朗、倒れる際、とっさにイリスの手を握って抱き留め、かばっていた。そのため、イリスにケガはなかったのだ。
「ははは、こりゃ失礼したな。それで、どこの幼稚園の……、ん? その耳、おまえ、エルフか」
エルフに特徴的な尖った耳の形。
言われてみれば、透けるような金色の髪や白い肌。薄く輝く緑の目も。それは、かいがいしくイリスを介抱する少女も同じだった。
「まぁ、エルフのお姫さまだったんですね! とってもかわいらしい(はーと)」
ラウネアがしゃがみ込み、微笑みながらイリスの髪に触れようとした。ドレスの襟元を整えよう、とも。
しかしイリスは、
「バカにするでない! わらわは姫などではない!」
パシッ! ラウネアの手を弾く。驚くラウネアや、その背後、キアたちに、
「そのとおりです」
メイド姿の少女がイリスの前に跪き、その手を取ってかしずく。
「こにおわすは、西の森と湖の国、その女王、イリスⅦ世陛下にあらせられます。わたしはヨハンナ、陛下にお仕えする者」
源大朗たちに向き直って告げた。
「ほーぉ」
「まぁ! ほんとうのエルフの女王さまなのですねっ」
「……」
驚いて、あるいは関心してか、見つめる夷やの面々を前に、幼女は、ふんっ! とかぶりを振って長い金色の髪を揺らすと、
「イリス、と呼ぶが良いぞ。許す!」
自信満々に胸を張る。そこへ、きゅるるる~……、小さな音がどこからともなく。
「!」
とたん、お腹を押さえて赤面するイリス。
「だいじょうぶ、ですか?」
気遣うラウネアに、
「だ、大事ない! ちょっと、腹の虫の居所が悪いだけじゃ! ……そ、そう言うのであろう。こっちの世界では」
なおも虚勢を張るイリスと、
「申しわけございません、イリスさま。いま、しばらく……」
頭を垂れるヨハンナ。
「大事ない、と申しておろう! ヨハンナ、そなたも気にするで……」
ぐぅぅぅ~! まえよりもさらに大きく響く音。もうまぎれもなく、イリスの小さな痩せっぽちのお腹から鳴っているのは誰にもわかった。
「いま、なにかお持ちしますね」
ラウネアが夷やの店内に急ぎ戻る。それまで黙っていたキアが、イリスの前に進み出た。
「な、なんじゃ。……おぬし、ネコ族か」
いまはもう隠していないシッポが、制服のスカートから覗いている。それを見たイリスが言った。
キアはそれには答えず、
「……食べる?」
まだ肩に下げたままのバッグから、小さな箱に入ったお菓子を取り出す。蓋は開いているが、中の菓子は小分けになっていて半分以上が入っていた。
「いい、のか」
イリスの目の色が変わる。まだ手はがまんしているが、もう表情はお菓子に集中していて他が見えないほど。
「いいよ」
キアが箱ごとイリスに握らせると、
「そう、か。せっかくじゃ。もらってやろう」
そう言いながら、人前で食べるのがはばかられるのか、イリスはなかなか手を付けない。キアが、もう一度手に取ると袋を破いて
「はい」
「う、うむ」
「あーん」
「バカにするでない! わらわは……、あーん」
けっきょくイリスは口を開けて、キアがチョコ菓子を放り込む。
「んぐっ……、んぐんぐ」
「イリスさま……」
「案ずるな、ヨハンナ。毒など入っておらぬ」
「もうひとつ」
「うむ……、あーん」
夢中で菓子を平らげていくイリスを、笑って眺めていた源大朗。
「よく食べるな、女王さま。よほど腹空かせてたか。こりゃあ、いろいろありそうだ。さーて。話を聞かせてもらおうか。さ、奥へ入った入った!」
明日も更新予定です。




