表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

8

本部が完成した。


 骨格だけだったあの建造物が、石と木材で肉付けされ、屋根を得て、窓を得て、どうにか建物と呼べる形になった。内部はまだ殺風景で、長机が一つと椅子が並んでいるだけだ。壁には地図が貼られている。


 私はその地図を眺めながら、思った。

 この地図、やけに詳しいな、と。

 グランドフロストが来てから、地形の多くは氷と雪に覆われた。かつての道も、町も、川も、何がどこにあるのか大半の人間は把握できなくなっている。それなのにこの地図には、砦の位置、旧交易路、川の流れ、地形の起伏まで細かく書き込まれていた。


 誰が作ったのか、私にはわからなかった。マリも同じだろうと思った。ただマリはそういうことを詮索しない。トムを信頼しているから。私にはそれが少し不思議だったが、二人の間にある何かは、外から見てもわかる種類のものだった。


 トムとマリが入ってきた。

「揃ってるな」とトムは言った。

 マリが椅子を引いて座った。私も座った。トムは地図の前に立ったまま全体を見渡した。


 それから、机の上に置いてあった鉄の留め具をふと手に取って、しばらく眺めた。

「そういえば」とトムは言った。

「この軍団、名前がないな」

「言われてみれば」と私は言った。

「鉄の軍団でいい」とトムは言った。

手の中の留め具をぽいと机に戻した。

 マリが帳面に何か書いた。私はしばらく待ったが、それ以上の説明はなかった。

「それだけ?」と私は聞いた。

「それだけだ」とトムは言った。

「さて、本題に入ろう」


「9号砦の話をする」

 地図の上で、トムの指が一点を示した。拠点から見て、北東の方角。天気のいい日には丘の上からうっすらとその輪郭が見える距離だ。


「使徒が占拠している十二の砦のうちの一つ。最も我々の拠点に近い」


「9号砦の使徒はどのくらいいるの?」と私は聞いた。

「500から1000の間と見ている」とトムは言った。

「全員が砦の内部に集中している。外には出てこない。砦そのものを要塞として守る構えだ」

「うちは何人で行くの?」

「精鋭を300から400」とマリは言った。

「正面から当たれる数じゃない。だから両面で行く」

「陽動と潜入を同時に」とトムは言った。

「正面から陽動をかけて使徒の注意を引きつけながら、旧搬入口から精鋭を潜入させて内部から崩す。一方だけでは成立しない作戦だ」

「陽動は囮になるってこと?」と私は言った。

「そうだ」とトムは言った。

「だから陽動隊も相当な手練れが要る」


「砦を落とす理由は二つある」とマリが続けた。

「武器と、溶鉱炉だ」

「武器はわかる」と私は言った。

「溶鉱炉は?」

「各砦には巨大な溶鉱炉が存在する」とトムは言った。

「十二の砦全ての溶鉱炉を稼働させることで、太陽城への進軍路が開ける。逆に言えば一つでも欠ければ進めない」

「なんで溶鉱炉が必要なの?」

「太陽城の周辺は、温度が低すぎる」とトムは言った。

「火晶が失われてから、太陽城を中心に異常な冷気が広がっている。普通に近づけば凍死する。溶鉱炉を順に稼働させながら進軍路の温度を上げていく。それが唯一の方法だ」

「つまり十二の砦を全部落とさないと、太陽城には辿り着けない」

「そういうことだ」

 なるほど、と私は思った。長い道のりだ。ただ、筋は通っている。

「使徒については何かわかってることは?」と私は続けた。

「ほとんどない」とトムは言った。

「感情がなく、言葉を持たない。一定の行動原理があるようだが、誰の意思で動いているのか——そもそも誰かの意思があるのかすら不明だ」

「気味が悪いね」

「ああ」とトムは言った。

「ただ、倒せる。それだけは確かだ」


「他の勢力の話もしておく」とトムは言った。

「白銀の月が現時点で最大の勢力だ」とマリが言った。「規模も組織力も我々より上。先月、11号砦を落としたという情報も入っている」

「早いね」と私は言った。

「向こうは我々より規模が大きい。当然といえば当然だ」とマリは言った。「ただ——こちらも動かないといけない理由が増えた。白銀に先を越され続ければ交渉の立場が変わる」


 マリが少し間を置いてから、トムに向けて言った。

「頂点の猫の王、あなたの旧知でしょ」

 トムは少し間を置いた。

「まあ……昔、ちょっとな」とトムは言った。それだけだった。

 マリはそれ以上聞かなかった。私も聞かなかった。

「次に奈落の蛇」とトムは言った。「自らをキングと名乗る男が頂点に立っている。強引な勧誘、時に脅迫まがいの手段で勢力を広げ、略奪と騙し討ちを繰り返す集団だ。関わり方には注意が要る」

「正面から来ない分、やりにくいね」と私は言った。

「ああ」とトムは言った。

「他には」とマリが帳面を見ながら言った。「朱雀団と灰狼連合が中規模の勢力として動いている。今のところ大局に影響するほどではないが、どちらに転ぶかはわからない」


「ゴエモンはどうするの?」と私は言った。

 マリが顔を上げた。

「ゴエモン?」

「知らない?」と私は言った。

「一匹狼で、すごく強いって話だよ。前線にいると名前をよく聞く。どこにも属さず気まぐれに動いてる、みたいな。トムも知ってるよね」

「ああ」とトムは言った。

「いずれスカウトしたいと思っている」

「できるの?」と私は聞いた。

「わからない。ただあれだけ強い人間を野放しにしておくのは惜しい」

「気まぐれな人らしいけど」

「気まぐれな人間ほど、うまくいけば面白い」とトムは言った。

 マリは帳面に書き留めながら、少し呆れたような顔をしていた。


「9号砦の時期はいつにする?」とマリが地図を指しながら言った。

「二ヶ月以内だ」とトムは言った。

「先手を打つ。私とマリが指揮を執る」

「先陣はカイトを出したい」と私は言った。

 マリが顔を上げた。

「カイトを? まだ若すぎるわ」

「若いけど、あいつは前に出した方が伸びる」と私は言った。

「訓練見てればわかるよ。体が勝手に最適解を探してる。あんな動き、教えてできるもんじゃない」

「伸びしろの話をしているんじゃない。実戦経験が——」

「私がついてる」と私は言った。

「それに——あいつは絶対化ける。近い将来、大陸で一番強くなるよ。私はそう思ってる」

 マリは少し黙った。

「根拠は」

「勘」と私は言った。

 マリがトムを見た。トムは少し考えてから、

「出そう」と言った。

「あなたまで」とマリは言った。

「エルの勘は当たる」とトムは言った。

「それにこういう場数は早い方がいい。後から取り返せないものがある」

 マリはしばらく二人を見ていた。それから静かに息をついた。

「……エル、信用していいんだよね」

「もちろん」と私は言った。


会議が終わった。


 私は最後に地図をもう一度眺めた。9号砦から始まり、十二の砦を経て、太陽城へ。その道のりが、地図の上では短く、実際には果てしなく遠かった。


 まあ、一つずつだ。

 私はそう思って椅子から立ち上がった。


 鉄の軍団。


 なんてことのない名前だと思った。でも、トムが決めた名前はなぜかしっくりくる。この男の言葉には、いつもそういうところがある。


 窓の外で、練兵所から訓練の声が聞こえた。カイトの「腹減ったー!」という声も混じっていた。

 あいつが先陣か。

 悪くない、と私は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ