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天幕が、どこまでも並んでいた。


 丘の上から見下ろすと、その広がりがよくわかった。白い雪原の上に、無数の天幕が整然と、しかし有機的に広がっている。炊事の煙が何本も立ち上り、人の声と足音が絶えない。中央には今まさに建造中の本部がある。その隣では練兵所の骨格が組み上がりつつあり、少し離れた場所には木材と石炭の加工場が稼働し始めていた。


 街と呼んでいい規模だった。

 三ヶ月前、私はトムとマリの二人と雪原を歩いていた。人は来ては去り、去っては来た。それでも気づけば千を超えていた。我ながら、よくわからない。


振り返ると、あっという間だった気もするし、長かった気もする。

 サーベルタイガーを倒した後、私たちはトトスの集落の四十人を連れて雪原を進んだ。トムには最初から目的地があったらしい。森を抜けた先の、風が遮られる開けた土地。そこに拠点を作ると、トムは言った。なぜそこなのか、私には教えてくれなかった。

 ただ、着いてみると納得した。

 三方を緩やかな丘に囲まれ、中央に平地が広がっている。近くに川があり、森の端が燃料を供給してくれる。守りやすく、住みやすい。それだけではない気がした。トムがこの場所を選んだのには、もっと深い理由があるような気がした。でも聞いても教えてくれないので、今は保留にしていた。

 拠点の建設が始まると、人が集まり始めた。

 噂というのは速い。雪原にも情報は流れる。サーベルタイガーを討伐した集団がいる、拠点を作っている、食料がある、安全らしい——そういう話が広まるのに、時間はかからなかった。小さな集団が次々とやってきた。合わない者は去り、新しい者が来た。それを繰り返しながら、いつの間にか千を超えていた。


 頼もしい仲間も、その過程で揃っていった。


 パスカは最初から別格だった。加入した翌週、単独で偵察に出たパスカが、雪男を一頭引きずって帰ってきた。普通は五、六人がかりの獲物だ。血も浴びておらず、息も乱れていなかった。周囲が騒然とする中、パスカは「邪魔だったから」とだけ言って天幕に入った。それ以来、誰もパスカの強さを疑わなくなった。

 

オームは手堅い男だった。練兵所の責任者を任されている彼は周囲の信頼を着実に積み上げていた。まだ目立つ存在ではないが、いなければ困る、そういう人間だった。


 カイトは近隣の集落が開いた穴釣り大会で拾った。私が寄り道しようとトムにねだったのがきっかけだ。大会ではトムが優勝、カイトが二位。釣り好きで飯好きの若者で、帰り際に自分から「入れてもらえますか」と言ってきた。訓練で見せる動きが別人のようで、トムと私が顔を見合わせたのを覚えている。本人はまったく自覚していないが、そういう人間だった。


 千人を超えた拠点は賑やかに見えて、実は静かだった。

千人いても、お互いをよく知らない。どこから来たのか、何ができるのか、どんな人間なのか。トムのカリスマ性に惹かれて集まってきた人間たちが、しかしそのトムとは直接話せる機会もなく、天幕の中でじっとしている。そういう空気が、拠点のあちこちに漂っていた。


 だから私が動いた。

 特に深い理由はない。ただ、黙って座っているのが苦手だというのと、話しかけた方が絶対に面白いとわかっていたからだ。


「おーい、そこの二人! 新入り?」

 加工場の近くで、天幕の前に座ってぼんやりしていた男二人に声をかけた。二人とも、きょとんとした顔でこちらを見た。


「え、あ、はい」と片方が言った。

「いつ来たの?」

「三日前です」

「どこから来たの?」

「東の方の……小さい集落で」

「へえ! 東の方って今どんな感じ? 雪の量とか、獣の出方とか」


 最初は戸惑っていた二人が、気づけばよく喋っていた。人間というのは、話を聞いてもらえると嬉しいものらしい。当たり前だが、それを実行している人間が少ない。


 別の日、練兵所の脇でなにやら興奮しているのはポポスという男だ。

「ポポス! 訓練どうだった?」

「エルさん! いやもう、カイトさんが凄すぎてですね!昨日の模擬戦、見ました?」

「見た見た。あれは驚いたね」

「でしょ! あの年であんな動きができるって、絶対天才ですって」

「まあ、そうかもね」と私は言った。

「でも本人は腹が減ったしか言ってなかったけど」

「それがまたええんですわ」とポポスは言った。

「天才はそんなもんですよ」

 なるほど、と私は思った。この男意外に見る目があるのかもしれない。


 その日の夕方、練兵所の入り口で難しい顔をしているのはオセローという男。

「オセロー、そんな顔してどうしたの」

「エル」とオセローは言った。顔が上がった。

「俺、昨日パスカさんに手合わせ頼んだんだよ」

「うん」

「一秒で終わった」

「そりゃそうじゃない?」

「わかってた。わかってたけど、一秒はきつい」

オセローは腕を組んだ。

「でも諦めないぞ。俺はいつかあの人を超える」

「応援してるよ」と私は言った。

「ほんとか!」とオセローは言った。嬉しそうだった。単純な男だが、嫌いではない。こういう人間が組織の空気を作る。


 翌朝、書類を抱えてやってきたのはコモモだ。書類がコモモを抱えてやってきた、と言った方が的確かもしない、書類が多すぎてコモモの顔が見えない。


「エルさん、昨日の偵察の報告書、確認いただけますか」

「いいけど、コモモ、敬語やめない? 堅苦しいの苦手なんだよね私」

「す、すみません……でも、なかなか難しくて」

「まあいいよ、無理しなくて」と私は言った。「どれ、見せて」

 受け取って、ざっと読んだ。

「特に問題ないと思うよ。よく書けてる」

「ありがとうございます」とコモモは言った。それから少し躊躇して、「あの、一つ聞いていいですか」と続けた。

「どうぞ」

「エルさんは、この軍団がどこまで大きくなると思いますか」

 私は少し考えた。

「さあ」と私は言った。

「でもトムが言うには、太陽城を落とせるくらいまで、らしい」

 コモモは目を丸くした。

「太陽城を……」

「信じる?」

 コモモはしばらく考えた。

「……信じます」と言った。

「なんとなくですが」

「なんとなくで十分だよ」と私は言った。

「私もそんなもんだから」

 コモモは少し表情が緩んだ。書類を抱え直して、軽くなった足取りで歩いていった。

 私はその後ろ姿を見ながら思った。

 居場所というのは、誰かが作るものじゃなくて、気づいたらできているものだ。ただ、そのきっかけは誰かが作らないといけない。

 私はそれが好きだし、得意らしかった。記憶はなくても、そういうことだけはわかった。


夜、本部の建設現場の前でトムが立っていた。

 完成すれば、この拠点の中心になる場所だ。まだ骨格しかないが、それでも存在感があった。トムはその骨格を、黙って見上げていた。


「感慨深い?」と私は隣に立ちながら言った。

「まあな」とトムは言った。

「やっとここまで来た」

「最初からここに来るつもりだったくせに」

 トムは少し笑った。それだけで、肯定したも同然だった。


「なんでここなの」と私は聞いた。

 トムは少し間を置いた。

「いつか話す」と言った。

「ふーん。そういうこと多いね、あなた」

「そうか」

「そうだよ」

 トムは骨格を見上げたまま、少し笑った。

「急がない、と言ってくれると助かる」

「急がないよ」と私は言った。「どうせそのうちわかるんでしょ」


 風が吹いた。建設中の骨格が、軋む音を立てた。千を超えた人々の天幕から、灯りが漏れていた。練兵所では遅くまで訓練の声がしていた。加工場の煙が、暗い空に細く上っていた。


「大きくなったね」と私は言った。

「まだ足りない」とトムは言った。

「どのくらいになれば足りるの?」

「太陽城を落とせるくらい」

 さらっと言った。あまりにさらっと言うので、私は少し笑った。

「そりゃ大変だ」

「そうでもないかもしれないぞ」とトムは言った。根拠もなさそうなのに、確信のある口調だった。


 まったく、と私は思った。この男はいつもこうだ。根拠がないのに確信がある。それが外れたためしがない。


 だからたちが悪い。

 だから、千を超えた人間がついてくる。

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