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雪男の毛皮は重かった。


 トムとマリが手際よく解体しているのを見ながら、私は少し離れたところに座っていた。二人の動きは慣れていた。どちらが指示するわけでもなく、自然に役割が分かれている。トムが大きく裁ち、マリが丁寧に処理する。長い時間をかけて培われた呼吸だった。


「手伝おうか」と私は言った。

「いい」とマリが答えた。

「あんたは身体を休ませて」


 そういうわけで私は座ったまま眺めていた。

 雪男の毛皮は良質だとトムが言った。グランドフロストが来てからというもの、こういう大型の獣が各地に現れるようになった。雪男はその中でも比較的確認例が多い部類で、毛皮は防寒具として非常に高く売れる。ただし討伐には通常五、六人は必要で、二人でやるのは無謀に近い。


「じゃあなんでやったの?」と私は聞いた。

「毛皮が必要だったから」とトムは即答した。

「二人でやるのは無謀だと知っていて?」

「知っていて」

 マリが小さく息をついた。呆れているのか、慣れているのか、その両方か。

「いつもこうなの」とマリは言った。

「必要だと判断したら動く。後から考える」

「それで今まで生きてきた」とトムは言った。

「運がいいだけよ」

「運も実力のうちだ」

 二人のやり取りを聞きながら、私は思った。長い付き合いなのだろう、と。言葉が短くて、それでいて過不足がない。お互いの考えを半分くらい先読みしている、そういう間柄だった。


 作業が一段落すると、トムは毛皮を丁寧に畳み、荷に括りつけた。それから私の隣に腰を下ろして、遠くの雪原を眺めた。


「エル、歳いくつだ」

「うーん、わからないです。三十半ばくらいだと思いますが」

「俺より上だよな」トムは少し考えてから言った。

「なら敬語はやめてくれ。柄じゃない」

「…意外なところ気にするんですね」

「俺はそういうのが苦手でね」トムは笑った。

「年上の人間に畏まられると、どうも落ち着かない」

 マリがトムの反対側に座りながら言った。

「素直に受け入れておいて。こう見えて頑固だから」

「わかった」と私は言った。

「じゃあそうする」

 トムは満足そうに頷いた。それから、何かを決めたように口を開いた。

「少し長い話をしてもいいか」

「どうぞ」


 トムは雪原の先を見ながら、静かに話し始めた。

「俺はいま、仲間を集めている」

 軍団を作りたい、とトムは言った。

 大げさに聞こえるかもしれないが、と前置きしながら、それでもトムの声に照れはなかった。グランドフロストが来てから、この大陸の秩序は壊れた。人々は熱源を囲む都市に集まり、資源を奪い合い、強い者が弱い者を踏み台にする。使徒は太陽城と十二の砦を押さえ、誰も手が出せない。そういう世界になった。

「それを変えたい、ということか」と私は言った。

「ああ」

「具体的には」

「まず力をつける」トムは言った。

「戦えて、動けて、信頼できる人間を集める。それから勢力として認められるだけの規模にする。理想だけじゃ何もできない。現実を動かすには、それ相応の力がいる」

 マリが続けた。

「手当たり次第に集めるつもりはないわ。戦力だけじゃなくて、物資の管理も、他との交渉も、全部できるようにしていく。焦らず、でも確実に」

「マリが財布を握っている」とトムは言った。

「あなたが握ったら三日で空になるから」

「否定できない」


 私は二人を交互に見た。夢想家と現実家、と言ってしまえば簡単だが、それだけでもない気がした。トムの話には根拠があり、マリの補足には体温があった。どちらかが欠けたら成立しない、そういう均衡だった。


「なぜ太陽城を目指すの?」と私は聞いた。

 トムは少し間を置いた。

「火晶が戻れば、大地に熱が返ってくる」とトムは言った。

「それだけで、どれだけの人間が助かるか。俺はその絵が見たい」

「壮大だね」

「そうか?」トムは首を傾げた。

「俺にはそれが一番わかりやすい目標に見えるが」

 マリが穏やかに笑った。珍しい顔だと思った。それまでずっと冷静な目をしていたから。

「最初に聞いたときも同じことを思ったわ」とマリは言った。

「でも、トムの話を聞いていると、なんでだろうね。なぜかできる気がしてくる」

「不思議だね」と私は言った。

「不思議でしょう」とマリは言った。

 トムは二人のやり取りを聞きながら、特に気にした様子もなく立ち上がった。


「で、どうする、エル」とトムは言った。

「来るか」

 私は少し考えた。

 行き先もなかった。記憶もなかった。取り戻すべき過去がどこにあるのかも、まだわからなかった。ただ——こういう人間たちの傍にいることが、何か意味を持つような気がした。根拠はない。また勘だ。


「行くよ」と私は言った。

「どうせ他に行くところもないしね」

「そういう理由でも構わない」とトムは言った。

「人間、最初はそんなものだ」

 マリが立ち上がり、荷を背負った。トムがその様子を確認してから歩き始める。私はその後ろに続いた。


 三人の足跡が、また雪の上に刻まれていった。

 これが始まりだった。後に鉄の軍団と呼ばれることになる、その最初の三人の。このときの私には、もちろんそんなことはわからなかったけれど。

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