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8号砦が落ちたのは、9号砦の制圧から十日後のことだった。
今度はトムとカイトが先陣を切った。
後から聞いた話では、カイトが正面突破を提案したらしい。普通なら却下される話だ。相手は数百の使徒、正面から当たれる数ではない。だがトムは「やってみろ」と言ったらしい。
結果、カイトが正面から突っ込んで使徒の注意を全部引きつけ、その間にトムが側面から一気に切り込んで内部を制圧した。常識外れの作戦だったが、カイトがいたから成立した。制圧時間は9号砦の半分以下だった。
戦いを終えたカイトが最初に言ったのは「腹減りましたね」だったらしい。それを聞いたオセローが「英雄の一言がそれか」と言ったとポポスから聞いた。
12号砦はさらにその一週間後だった。
私が指揮を執った。パスカの初陣でもあった。
パスカの戦い方はトムともカイトとも違った。
無駄がなかった。余分な動きが一切なかった。使徒と向き合い、最短で仕留め、次へ進む。それだけだった。ただ——パスカの場合、その「最短」が常人の想像を超えていた。
後から隊員の一人が教えてくれた。
「パスカさん、使徒の頭を素手で割ってました」と隊員は言った。
「素手で」と私は繰り返した。
「握り潰す感じで。音がして、あとは……まあ」
隊員は言葉を濁した。それ以上聞かなかった。
別の場面では、使徒二体を同時に掴んで壁に叩きつけたらしい。一体ずつではなく、両手に一体ずつ持って、同時に。石造りの壁に激突した使徒は、それきり動かなかった。
セラフというカエルのペットを肩に乗せた女性が活躍したらしい。電光石火で側面と後方を固め、パスカが前を開ける。言葉は少なかったが、連携は密だった。
12号砦も落ちた。
パスカは制圧後、特に何も言わなかった。
セラフが「お疲れ様でした」と言い、パスカが小さく頷いた。それだけだったらしい。
三つの砦が次々と落ちたという知らせは、雪原を駆け抜けた。
入団希望者が殺到した。
一週間で三百人、二週間で五百人、一ヶ月が経つころには千人を超えていた。団員数は倍以上に膨れ上がった。
マリの執務室では、連日書類の山が積み上がっていた。
「物資が足りない」とマリはある朝、私に言った。目の下に隈があった。
「ちゃんと寝れてる?睡眠不足はお肌の大敵らしいよ」
「寝る時間があれば寝てるわ」恨めしそうにマリは言った。
「天幕が足りない。食料の備蓄が追いつかない。武器の分配も見直さないといけない。人が増えるのはいいことだけど——」
「嬉しい悲鳴ってやつだね」と私は言った。
「嬉しいのは最初だけよ」とマリは言った。
それでも、帳面を閉じるときの顔は悪くなかった。
トトスが人員の整理を手伝い、コモモが書類を捌き、オームが新入りの配置を仕切った。
組織が大きくなるにつれ、それぞれの役割が自然と明確になっていった。
9号砦の武器庫を整理していたとき、一本の槍が目に留まった。
長さといい、重さといい、妙に手に馴染んだ。ナイフは小回りが利くが、集団戦では間合いが足りないと感じていた。試しに振ってみると、しっくりきた。それ以来、これを使っている。
槍というのは面白い武器だ。間合いを制すれば、相手に触れさせずに仕留められる。私の戦い方に合っていた。
私はといえば、砦攻略の合間に偵察に出ていた。
拠点から半日ほど東に進んだあたり、地図に何も書かれていない一帯がある。雪原が続くだけに見えたが、何かある気がしていた。根拠はない。ただの勘だ。
オセローと、新入りの中から腕が立ちそうな二人を連れて出かけた。
雪原を進むにつれ、地形が変わってきた。平坦だった地面に起伏が現れ、岩盤が顔を出し始めた。さらに進むと、雪に半分埋もれた巨大な建造物が見えてきた。
「なんだ、あれ」とオセローが言った。
「製鉄所じゃないかな」と私は言った。
「グランドフロスト前の遺構だと思う。使えるかも」
近づいてみると、確かにそうだった。
巨大な炉の残骸、鉄を流し込むための型、搬出用の通路。全てが雪と氷に覆われているが、構造はほぼ原形を保っていた。
「これ、トムに報告したら喜ぶんじゃないか」とオセローが言った。
「絶対喜ぶ」と私は言った。
「中を見てから帰ろう」
内部を探索しながら奥へ進んだ。薄暗い通路に、松明の明かりが揺れる。
しばらく進んだところで、声が聞こえた。
人の声だ。
私は手で後ろに合図を送り、足を止めた。オセローたちも止まった。声はいくつかある。笑い声も混じっている。警戒している様子はない。
一旦引こうと指示を出そうとした矢先、角から人影が見えた。
十人前後の集団だった。みすぼらしい装備で、統一感もない。略奪で生き延びてきた類の連中に見えた。向こうもこちらを見て、一瞬固まった。
それから、武器を抜いた。
「なんだお前ら、どこから来た」と先頭の男が言った。
「ちょっとお散歩中でね」と私は言った。
「ここはあなたたちの拠点?」
「アンタいい槍持ってるな、置いていきな」
交渉の余地はなさそうだった。
戦闘は突然に、だ。
数は十対四。あっちが十、こっちが四。私が前に出て槍を構えた。数では不利だがこっちは私が訓練をつけている精鋭。捌ける数だ。
最初の三人は問題なかった。槍の間合いの外から踏み込ませず、突いて崩して、オセローが仕留める。連携が噛み合っていた。
だが残りが散開し始めた。七人が広がって包囲を作ろうとしている。新入りの二人が後退した。挟まれる。
まずい——
そのとき、製鉄所の奥から声が響いた。
「ほぉーっほっほっほっ!」
高笑いだった。
全員が動きを止めた。私も止まった。
奥の暗がりから、人影が歩いてきた。
奇妙な格好だった。派手な色の外套に、頭には鳥の羽根を何本も差した帽子。腰には大振りの刀。全体的にどこか時代がかった、芝居めいた出で立ちだった。
…なんだコイツは…。
男は製鉄所の中央に歩み出て、こちらを見渡した。
「喧嘩の最中に失礼いたす!」と男は言った。口調も変だ。「そこの槍の御仁に用がある、貴殿らは引いて下さらんか」
敵の先頭の男が「あ?」と言った。
「聞こえなかったでござるか」と男は言った。それから笑った。
「まあよい。邪魔立てするなら面倒だが…ご退場願おう」
男が7人に相対し剣を抜いた。
私はそれを見ていた。
見ていたが——何が起きたのか、正直よくわからなかった。
男が動いた。それだけはわかった。残像が見えた気がした。それだけだった。
気づいたときには、七人全員が床に転がっていた。
音すらほとんどしなかった。
私の体に、何かが走った。
身震い、と呼んでいいものかわからない。ただ、背筋の奥から来る感覚だった。この大陸を渡り歩いて、トムと戦い、パスカを見て、カイトの成長を目の当たりにしてきた。それでも——今のは別格だった。
本物だ、と私は思った。
男はこちらを振り返った。それから、私を見て、にやりとした。
「鉄の軍団の、エルという槍使いがいると聞いたでござる」と男は言った。
「そなたでござるか」
「そうだけど」と私は言った。
「あなたは?」
「ゴエモンでござる」と男は言った。帽子の羽根が揺れた。
「やはり其方であったか!拙者は強者を求めて旅する求道者。エル殿、会いたかったでござるよ」
「奇遇だね。こっちも探してた」
「ほぉーっほっほっほっ!」とゴエモンは笑った。
「そうかそうか! では遠慮なく——」
男が刀の柄に手をかけた。
「一騎打ちなどケチなことは言わんでござるよ。そこの者も含めて、全員まとめてかかってくるがよいでござる!」
オセローが私に耳打ちした。
「エル、これ、戦うのか?」
私は槍を構えながら、ゴエモンを見た。
楽しそうな顔をしていた。心の底から、戦いを楽しんでいる顔だった。
「……一回やってみよう」と私は言った。
「え、マジですか」
「勝てるとは思ってないけど」と私は言った。
「逃げたら何しに来たかわからないし」
ゴエモンが刀を抜いた。
製鉄所の薄暗い空間に、金属の音が響いた。




