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トムは主だった別勢力に手紙を送っていた。

グランドフロスト後、大陸に住まう勢力のトップと話をしたいと前々から会談を計画しており、拠点が落ち着いて来た今、行動に移したのであった。


 返事が来たのは十二の勢力。白銀の月、奈落の蛇、零度の楽園、天使の冠、朱雀団、灰狼連合、それに小さな集団がいくつか。断ってきたのは二つ、返事すらなかったのが三つ。


 会議の場所は中立地帯に設けられた。どの勢力の拠点でもない、雪原のただ中にある廃屋だった。かつては何かの集会所だったのか、中央に大きな円卓がある。埃を払い、松明を立て、どうにか人が集まれる場所にした。


 トムとマリが鉄の軍団を代表して座った。


人が集まるのには少し時間がかかった。

 その間、卓を囲む者たちは互いに探り合うような視線を交わしていた。同じ場所に集まってはいるが、信頼しているわけではない。当然だ。雪原では誰もが誰かと争いながら生きてきた。


 トムは急がなかった。

 隣の席のレンに、軽く話しかけた。朱雀団のまとめ役で、愛想の良さそうな四十がらみの男だ。この場の緊張に少し慣れていない顔をしていた。


「遠くから来たのか」とトムは言った。

「ええ、1週間ほどかかりました」とレンは言った。

「雪が深くて」

「この時期は特にきつい」とトムは言った。

「来てくれて助かった」

 レンの肩が、わずかに下がった。


全員が揃ったところで、トムが立ち上がって一度全体を見渡した。


 白銀の月——猫の王と呼ばれる女性が中央近くに座っていた。猫の耳を模した頭飾り、白銀の外套。年は三十前後か。気だるげな表情をしているが、目だけは鋭い。


 奈落の蛇——怪しげなローブに身を包んだ男、エッセルとマックスという大男が並んでいた。エッセルは細身で穏やかな顔をしているが、目が笑っていない。その隣のマックスは、クマの毛皮をそのまま纏ったような巨漢で、座っているだけで圧があった。リーダーの男は来てないようだ。


 零度の楽園——参謀風の男と落ち着いた雰囲気の女が二人で座っていた。静かで、よく場を見ていた。


 天使の冠——若い男が一人で座っていた。ライという名だった。装備は質素で、争いを好まない人間の目をしていた。静かにトムを見ていた。


 朱雀団のレン、灰狼連合の老将、それにいくつかの集団が、円卓の外縁を埋めていた。


 猫の王がトムを見て、薄く笑った。

「久しぶりね」

「ああ」

「随分と大きくなったじゃない。三つも砦を落として」猫の王は指先で卓を軽く叩いた。

「昔のあなたからは想像もできないわ」

「お互い様だ」とトムは言った。

 猫の王は笑みを深めた。


「皆、今回の呼びかけに応えてくれて感謝する。今はこんな状況だ、今日を生きるのに必死だろう…。だがだからこそみなで力を合わせたいと思っている」


「まず現状を共有したい」とトムは言った。

「この場にいる全員、現状を聞かせてくれ。もちろん言える範囲で構わない。困っていることがあれば助け合いたい。まず俺から言おう」


 トムは地図を卓の上に広げた。

「鉄の軍団は9、8、12号砦を制圧している。溶鉱炉も三つ稼働した。ただ——1から4号砦は太陽城に近い位置にあり、使徒の数も段違いに多い。今の鉄の戦力では、単独での攻略はまだ厳しい」


 正直な言葉だった。卓を囲む者たちが、わずかに表情を動かした。


「白銀の月」とトムは猫の王を見た。

「白銀の月は11号砦を制圧した。ただ消耗が激しかった」と猫の王は言った。「使徒は数だけでなく、一体一体の質が高い。力押しには限界がある——それは認めざるを得ないわ」


「奈落の蛇」

「7号砦を制圧しました」とエッセルは静かに言った。「ただ、正直に言えば——運が良かった部分もある。次は同じようにはいかないでしょう」


「零度の楽園」

「砦はまだ落としていません」と参謀風の男は言った。「ただ、各砦の情報収集は進めている」


「朱雀団」

「砦攻略には至っていません」とレンは言った。「補給路の確保で精一杯ですよ。どこもそうでしょう?」


「灰狼連合」

 老将はしばらく黙っていた。

「砦は落としていない。なんとか生きとる。それだけだ」


 天使の冠のライが、静かに続けた。

「我々も砦攻略には至っていません。だが——この場に集まった意味は、砦の数を競うことではないはずです。砦のことより、私たちは仲間が明日を迎えられるよう日々努力しています」


 小さな集団の代表たちが、それぞれに短く状況を述べた。物資が足りない、人手が足りない、移動が困難だ——切迫した言葉が続いた。

 全員が言い終わったところで、沈黙が落ちた。


「聞いてわかった通り」とトムは言った。「単独で太陽城を目指せる勢力は、今この場に一つもない」

 誰も反論しなかった。

「だから話をする」とトムは続けた。「まず——太陽城と火晶の話をさせてくれ。知っている者もいるだろうが、確認のために」


 トムは地図の中央、太陽城の位置に指を置いた。

「太陽城には火晶がある。正確には——正統な王が玉座に座ることで、火晶が現れる。火晶は太陽の力の結晶だ。それが失われたからこそ、この大陸は凍りついた。グランドフロストの根本原因はそこにある」


 卓を囲む者たちが静かに聞いていた。知っていた者も、知らなかった者も。

「火晶が戻れば、大地に熱が返る。川が溶け、土が生き返る。今みたいに毎日死に物狂いで生き延びなくてもいい世界になる。俺はその世界を取り戻したい」


 しばらく誰も言葉を発しなかった。


 朱雀団のレンが静かに言った。

「……本当に、そんなことができるんですか」

「できる」とトムは言った。迷いがなかった。

「砦を一つずつ落とし、溶鉱炉を稼働させながら太陽城へ向かう。道筋はある。問題は、それを誰がやるかだ」


「あなたがやると言いたいわけね」と猫の王は言った。

「鉄の軍団が中心になって進むのが最善だ」とトムは言った。

「それは自惚れで言っているんじゃない。現時点で最も砦を落とし、最も前に進んでいる。それが理由だ。誰かが中心にならなければ、この大陸はまとまらない。俺はそれをやる」


「なるほど」とエッセルは言った。 穏やかな声だった。

「つまり——鉄の軍団が旗振り役になり、我々はそれに従えと」

「従えとは言っていない」

「でも、そういう構造でしょう」とエッセルは言った。

「砦を最も多く落とした勢力が中心になって指揮を執る。残りはそれに協力する。言葉を変えれば、序列を作るということだ」

「序列じゃない」とトムは言った。

「役割分担だ。鉄が先陣を切り、他の勢力が補給や情報で支える。太陽城を取り戻した後は、全員が対等な立場で話し合える席を設ける」

「対等な席」とエッセルは繰り返した。

笑みが浮かんだ。温度がなかった。


「太陽城を鉄が落とした後で、対等な交渉ができると本気でお思いですか。砦を落とした者が玉座の前に立つ。そういうことでしょう」

 猫の王が静かに言った。


「そこが問題なのよ、トム。火晶が現れるのは正統な王が玉座に座ったとき——あなた自身がそう言った。では正統な王とは誰のことかしら。鉄の軍団が太陽城を取り戻したとして、玉座に座るのは誰?」


「それは太陽城を落としてから話すことだ」とトムは言った。


「落としてからでは遅いのよ」と猫の王は言った。声は穏やかだったが、目が変わっていた。

「白銀の月はそれにふさわしい者を擁している。今この場で、そのことだけは言っておきたいわ」

 マリが静かに口を開いた。

「統治の話は後回しにすべきだ。今は太陽城を取り戻すことが先決で——」

「後回しにできない話もある」と猫の王はマリを遮った。穏やかに、しかし明確に。


「一つ、この場で確認しておきたいことがある」と猫の王は続けた。「雪原の東側に、大型の閉鎖兵器工場跡がある。グランドフロスト以前の遺構で、大量の武器と設備が眠っているとされている場所だ」

 卓を囲む者たちがざわめいた。

「白銀の月はその場所をすでに把握している」と猫の王は続けた。「そして——この情報は、他にも漏れていると見ている。だからこの場で言う。あそこに手を出すつもりなら、白銀の月は黙っていない」

 静かな釘の刺し方だった。笑みを浮かべたまま、しかし一切の妥協がない目をしていた。


「あそこには俺たちも目をつけていた」とトムは言った。「だから提案する。共同で探索しよう。白銀と鉄で、対等に」

「随分と限定的な提案ですね」とエッセルが静かに割り込んだ。

「白銀と鉄だけで決めるというのは、残りの勢力を最初から除外しているということでは?」

「では全員で探索すればいい」とトムは言った。

「全員で探索する」とエッセルは言った。

「つまり誰も管理できない。それは略奪合戦になるだけでしょう」

 マックスが立ち上がった。体格だけで、場の空気が変わった。

「あそこは奈落のものだ」とマックスは言った。低く、地鳴りのような声だった。「先に目をつけた者のものだ」

「それを言うなら白銀が先よ」と猫の王は言った。笑みが消えていた。

「証明できますか」とエッセルは猫の王に向かって静かに言った。

 険悪な空気が、卓全体に広がった。


そこに、灰狼連合の老将が立ち上がった。

「待て」


 全員が老将を見た。

「ちょっと待ってくれ。兵器工場の話なんてどうでもいい」と老将は言った。声に怒気が混じっていた。

「そもそもだ。なぜ俺たちは鉄の軍団に呼ばれて、ここに集まっているんだ」

「話し合いの場を設けたかったからだ」とトムは言った。

「話し合いの場を、鉄が設ける」と老将は言った。

「鉄が場所を決め、鉄が議題を決め、鉄が仕切る。これのどこが対等な話し合いだ。砦を三つ落としたからといって、この大陸の盟主にでもなったつもりか」

「そのつもりはない」

「そう見える」と老将は言った。

「俺たちを下に見ているんじゃないのか。最初からそういう会議だったんじゃないのか」

 卓を囲む者たちの中に、老将の言葉に頷く者がいた。小さな集団の代表たちだ。不満が、言葉になる前からそこにあったのだろう。

「おっしゃる通りですね」とエッセルが静かに乗った。

「この会議の構造そのものが、すでに鉄の軍団の優位を前提としている。それに気づかないふりをして話し合いを続けるのは——誠実さに欠けるのではないですか」

 ライが静かに手を挙げた。

「一ついいですか」とライは言った。

「砦を落とし、溶鉱炉を稼働させ、太陽城を目指す。それは私たち全員が目指すべきことのはずです。鉄の軍団がそれを最も進めているのは事実で、それを批判するのはおかしいと思います」

「綺麗事だ」と老将は言った。

「そうかもしれません」とライは言った。

「でも、火晶が戻れば全員が助かる。それを忘れて権力争いをしている場合ではないはずです」

 誰も答えなかった。

 その沈黙が、何よりも雄弁だった。


トムはしばらく黙っていた。

 全員を見渡した。猫の王の冷えた笑み。エッセルの静かな毒。マックスの圧。老将の怒り。レンの不安。ライの静かな目。

 マリがトムを一瞥した。トムは小さく首を振った。

 それで十分だった。

 トムは椅子から立ち上がった。

「わかった」とトムは言った。

「協力は諦める。各自、好きに動けばいい」

 エッセルが眉を上げた。猫の王の笑みが、わずかに揺れた。

「ただ」とトムは続けた。声が変わっていた。低く、静かで、しかし全員に届く声だった。


「太陽城を取るのは俺たちだ。それだけは言っておく」

 誰も答えなかった。


「後で後悔してももう遅い」


 トムはそれだけ言って、外套を手に取った。

マリが静かに立ち上がり、後に続いた。



廃屋を出ると、雪原の冷気が顔を打った。

 マリが隣を歩きながら、静かに言った。

「最後の一言、余計だったかもしれないわ」

「わかってる」とトムは言った。

「後悔してる?」

 トムは少し間を置いた。

「してない」と言った。「ただ——言わなければよかったとは思う」

「それを後悔というのよ」とマリは言った。

 トムは答えなかった。しばらく歩いてから、立ち止まった。

「エルを呼び戻す」とトムは言った。

「戦える者は外にに出ている者も全員、今すぐ拠点に集結させる」

「理由は」とマリは言った。

「兵器工場だ」とトムは言った。

「白銀も奈落も、すぐに動くだろう。俺たちも動く」

 マリは頷き、足を速めた。


 雪原の先、廃屋の灯りがまだ見えていた。中では各勢力が、それぞれに何かを話し合っているのだろう。


 種を蒔いた。

 いい種なのか悪い種なのか——それはまだわからなかった。ただ、動かなければならない夜になった。それだけは確かだった。

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