『忘却の都市』 迷宮の深淵
うずくまる霧崎を見つめながら、夏希は逡巡していた。
このまま進むべきか、それとも一度引き返すべきか——。
気になる点は多い。
だが、少なくとも小林副隊長の話が“真実”だったことは確認できた。
それだけでも十分な収穫だ。
いつになるかは分からないが、準備を整え、また戻ってこよう。
そう決断し、夏希はデバイスを起動させる。
霧崎を背負い、悠人に目線で合図を送る。
(……戻ろう。)
その意志を、静かに伝えた。
悠人は僅かに頷き、元の扉へと足を向けた——その時。
「……待て。」
かすれた声が、夏希の肩越しから響いた。
「戻るな……。」
その声は、霧崎のものだった。
夏希は息を詰める。
「霧崎、目が覚めたの? かなり辛そうだったけど、大丈夫?」
彼は、僅かに息を整えながら言葉を紡いだ。
「ああ……迷惑をかけた。すまない……」
「それより……今は戻るわけにはいかない。この下に——行かなくてはならない。」
その声には、掠れながらも確かな意志が宿っていた。
夏希は、一瞬だけ考えた後——霧崎を静かに背からおろす。
確かに、先ほどよりは顔色が良くなっている。
だが、それでも万全とは言い難い。
夏希は、僅かに目を細める。
「……でも、どうやって下に行くの? ここから降りられそうな場所なんて、見当たらないよ?」
その言葉の通り——
この空間には、地下へ繋がる道など見当たらなかった。
唯一可能性があるとすれば——先ほどの少女が通った扉。
そこを抜け、どこかへ続く道を探さなければならない。
だが——霧崎は、即答した。
「大丈夫だ……。下に降りる場所は分かる。」
悠人が、驚いたように霧崎を見た。
「は? お前、ここに来たの初めてだろ?」
霧崎は静かに視線を上げる。
「……いや、俺は知ってる。」
「ここから、どうやって下に行くのか——“知ってる”んだ。」
その言葉の響きに、夏希は僅かに息を詰めた。
霧崎の記憶が、彼を導いている。




