『忘却の都市』 交差する未来へ
「……終わった、のか?」
静まり返る制御室。
都市の“心臓”が静止した今、悠人の問いは、壁にすら染み込んでいくようだった。
「ええ。終わったわ。システムは……完全に停止した」
工藤はそう答えたものの、その表情には安堵よりも張りつめた緊張の色が残っていた。
まるで、これから訪れる混乱の予兆を一人で抱きしめているかのように。
田中が、一歩前に出て悠人と怜奈に向き直る。
「君たちには本当に迷惑をかけた。 それでも、ここまで共にいてくれて——本当に感謝している」
その言葉と同時に、深く、丁寧に頭を下げた。
研究者としてではなく、一人の人間として。
その姿に、怜奈がそっと口を開いた。
「……先輩たちは、これから都市の中に?」
「ああ。先ほど言った通り、この薬を都市の住民に届けに行く。 幸い、研究員の半数以上が協力してくれる予定だ」
田中は頷きながらそう答えると、ふと視線を悠人に移す。
「君たちの離脱ルートは確保してある。 詳しくは上階の研究員に確認してくれ。話は通してある」
その言葉に呼応するように、工藤がひとつ頷き、内ポケットからICカードを取り出す。
カードは無言で差し出され、怜奈の手のひらにそっと収まった。
「これを上階の研究員に見せれば伝わるわ。」
そして——言葉が、少しだけ震える。
「怜奈……あなたは本当に、優しい子だった。今まで騙していて、ごめんなさい」
「そんな……私も、都市の中に——」
言いかけた言葉は、遮られる。
「あなたは駄目よ。あなたは本部に、素性も顔もすべて知られている。 この都市にいれば、また巻き込まれる可能性が高い」
「だから……ここでお別れ」
その一言と共に、工藤の瞳から一粒、涙がこぼれた。
それにつられるように、怜奈も涙を浮かべ、二人はそっと抱き合った。
言葉以上に、気持ちが通じたその一瞬—— 誰が見ても、姉妹のように見えた。
「……さあ、行きなさい。上階までの道、分かってるわよね?」
怜奈は涙を拭い、しっかりと頷いた。
田中は悠人に向き直る。
「悪いが、途中まで怜奈を送ってくれないか? 最後まで巻き込んでしまって、すまない」
「ええ……もちろん。構いません」
悠人がそう返したとき、不意に怜奈が笑った。
「ふふっ……田中先輩、今日ずっと謝ってばかりですよ。 私が都市に来てから一番“素直な先輩”を見た気がします」
すかさず、工藤が口をはさむ。
「ほんとよ。この男、何があっても非を認めなかったんだから。私だって、こんなに謝ってる樹を見るのは初めてよ」
「……あ、そういえば」
怜奈がすっと指を立てた。
「工藤先輩、いつの間にか“樹”って呼んでますよね。 もしかして……二人のときは、下の名前で呼び合ってるんですか?」
沈黙。
制御室に気まずい空気が立ち込める。
「神崎さん……」
悠人が小声で耳打ちした。
「そういうのは、分かってても“そっとしておく”のが……大人ってものですよ」




