『忘却の都市』 静かな決断
「……すごい」
思わず洩れた怜奈の声は、畏怖にも似た感嘆だった。
目の前に広がるのは、まるで司令艦の中枢のような巨大なモニタールーム。
壁一面に映し出される無数の名前。
一つ一つが、この都市に暮らす人々のデータを示していた。
田中の言った通り、ここへ至る道に邪魔はなかった。
誰とも会わず、誰にも止められず——静かに、制御室へと辿り着けた。
怜奈は指定された席に腰を下ろし、田中たちの指示に従って端末を操作を始める。
指先はかすかに震えていたが、その手には確かな覚悟が宿っていた。
すると、不意に悠人が声をあげる。
「あの......システムが停止した後、田中さんたちはどうされるんですか?」
田中はゆっくりと頷き、真っすぐに答えた。
「私と工藤は、都市の安定化に全力を尽くす。 この混乱を少しでも和らげるために、準備はしてきた」
そう言って、懐から小さな袋を取り出す。 中には白く丸い錠剤がいくつも入っていた。
「それは……?」
「脳への負担を軽減するための薬だ。 完全ではないが、多少なりともその負担を和らげることができるはずだ。 どれだけの時間がかかるか分からないが、数は十分に用意してある」
田中の表情には、一切の曖昧さがなかった。
「私は、死ぬまで——この都市で犯した罪と向き合い、償っていくつもりだ」
——そしてその言葉に、まるで呼応するかのように。
怜奈の操作する端末から、機械的なアナウンスが室内に響き渡った。
『システムコード:0000。システム停止プログラム。 実行には、研究所セキュリティレベル5以上の権限を持つ人物2名以上の認証が必要です』
その声に応えるように——
田中と工藤が、静かに怜奈の端末の前へと歩み出た。




