『忘却の都市』 揺れる瞳の奥で
張り詰めた静寂を破ったのは、夏希の一歩だった。
先程までの夏希の動きを思い出し、神崎は制止の声を出しかけたがすぐに杞憂に終わる。
閃光のような加速。
その速度はかつて見たものとは別次元に達していた。
呼吸すら追いつかない。
夏希の軌道は、まるで空間を裂くように鋭く、迷いがなかった。
だが——城戸も即座に反応する。その動きに、一切の無駄がない。
互いの動きが交錯した瞬間、空間が撓むような衝撃が走った。
一拍遅れて、床に散った塵が舞い上がる。
速さでは、確かに夏希が上回っていた。
だが城戸は、そのすべてを見切り、一撃ごとに、正確に、冷静に捌いていく。
経験と技量。 それは、紙一重の攻防に“厚み”という名の絶対的な差を刻み込んでいた。
そして——
わずかに、夏希のスピードが鈍った一瞬。
城戸の拳が、鋭く振るわれる。 狙いは、急所。
迷いのない殺気が、空気を裂いた。
だが——その間合いに、別の影が滑り込む。
「……っ!」
神崎だった。 身を捻りながら、寸前で体を差し込み、城戸の拳を受け流す。
衝撃が神崎の肩を打ち抜くが、彼は一歩も退かない。
無言のうちに呼吸を合わせ、再び動き出す二人。
言葉を交わさずとも、互いに補い合い、城戸の動きに喰らいついていく。
初めてとは思えないほどの連携。意図はない。
だが、“信頼”がそこにあった。
——そして、しばし交わされた連続の攻防が、流れるように終息し、三人の距離が再び開く。
その空白に、夏希の声が投げかけられた。
「……城戸隊長。あなたは、この都市の平和のために動いているんですか?」
問いかけに、返答はなかった。
それでも夏希は、言葉を止めなかった。
「何があって、あなたがこの都市に来たのかは分かりません。 私たち以上の過去が、あなたにこの道を選ばせたのかもしれません」
「でも……」
静かに、真っ直ぐに。
「誰かの意思を、記憶ごと捻じ曲げて“管理”することを正義とするのは—— それはあなたが正そうとしている人と同じ事をしているんじゃないでしょうか。」
沈黙。
城戸の顔に感情は宿らなかった。
だが——
その瞳の奥で、確かにわずかな揺らぎが走ったのを、二人は見逃さなかった。




