『忘却の都市』 残響の鼓動
——何度目だろうか。
硬い床に、また背中を打ちつけていた。
呼吸が、浅い。肺に入る空気が鋭く刺さる。
夏希が上階の研究所へ戻ってから、それほど時間は経っていない。
だが神崎凛は、すでに何度も地面を這い、立ち上がり、また倒れていた。
彼を見下ろす城戸は——
明らかに、とどめを刺せる状況でありながら、あえて動かない。
「やれやれ……本当に、素晴らしい」
感嘆にも似た声音で、城戸はわずかに頷いた。
「これほどまでに私と渡り合えたのは……小林君以来だよ」
神崎は、地を押す掌に力を込める。
たしかに、肉体の反応速度は上がっている。
加速の感覚も、制御できる時間も、以前とは比べものにならない。
だがそれでも——
城戸の動きは読めず、間合いを見誤り、体勢を崩される。
力の差ではない。
——経験と技術の洗練度が違いすぎる。
彼自身は未だ、人を“倒すため”に身体を使ったことがない。
だが、城戸は何のためらいもなく、人を“倒すべき動き”を完璧にこなしてくる。
その差が、如実に結果に現れていた。
「……やはり君は惜しいな」
城戸は少し距離を取ると、深くため息をつくように言葉を続けた。
「記憶を部分的に消すことで、君にどんな副作用が出るかは、正直わからない。 ——だから、私としても本当はそんなことはしたくないんだ」
「……今からでも遅くない」
その目に、もはや敵意はなかった。あるのは、むしろ“勧誘”の色だった。
「“管理者”になりたまえ。君になら——任せられる」
神崎がわずかに眉をひそめる。
「そうすれば……君の妹にも、進藤君にも手は出さないと誓おう」
その言葉は、まるで慈悲を差し出すように、静かに、真っすぐに向けられていた。
けれど、その“優しさ”の奥に潜む冷たさを——神崎は、確かに感じ取っていた。




