『忘却の都市』 沈黙の連帯
「……これは?」
机の上に置かれたものを見つめながら、夏希が静かに問いかける。
「この研究所の責任者ICカードよ」
工藤は簡潔に、けれど重みを込めて言葉を返した。
「これがあれば……あなたの“目的の場所”に行ける。だけど、その前に……」
夏希が息を飲む間もなく、工藤は一歩、姿勢を正した。
そして、まっすぐに夏希の目を見据え——深く、深く頭を下げた。
「進藤夏希さん。……ごめんなさい」
声が震えていた。
堅い研究者の仮面が外れ、ひとりの人間として謝罪していた。
「本当は、私たちがもっと早く止めるべきだった。 この都市の異常に気づいていながら、研究という名のもとに見て見ぬふりをしていた。 もし、あの時に行動していれば……あなたや神崎凜君、そして怜奈を巻き込むことは、なかったかもしれない」
「謝って許される問題じゃないと分かってる。 それでも……本当に、ごめんなさい」
謝罪の言葉に、室内の空気が一瞬、張り詰めたまま静まり返る。
夏希も、悠人も、怜奈も——
どう反応すればいいか分からず、ただ戸惑いながら工藤を見つめていた。
やがて、工藤は静かに顔を上げる。
その目は、今までにないほど真剣だった。
「さっき言ったでしょ? 都市の影響の話。 あれはすべて私たち研究者の責任。人々を実験台にして、全てを“観察”していた。 誰かが苦しんでいるかもしれないって思っても、本気で止めようとしなかった」
「正直、今、あなたたちに罵倒されても仕方ないと覚悟してたわ」
一瞬、視線が夏希を捉える。
「でも、あなたはそれを“自分たちの代償”だって言った」
沈黙。
「あなたは……すごいわ」
工藤は、ようやく穏やかな笑顔を浮かべる。
「……私も協力するわ。いや、違うわね」
「協力してほしい。この都市のシステムを——一緒に止めてほしい」
言葉が、震えるように響いた。
だが、その響きは確かに、信頼と願いに満ちていた。




