『忘却の都市』 目を覚ます声
「そんな……」
夏希の口から、かすれたような声が漏れた。
ただでさえ重い決意を握りしめてここまで来たのに、今さら突きつけられる“さらなる選択”。
システムの停止がもたらす悲劇。
命ではなく、心を——人間性を、奪いかねない暴走。
必死に積み上げてきた確信が、足元から崩れ落ちていく感覚。
——まるで、振り出しに戻されたようだった。
そのとき。
沈黙を裂くように、静かに、けれども真っ直ぐな声が落ちる。
「……工藤先輩は」
視線の先にいたのは、玲奈だった。
「このシステムが、本当に“正しい”と思ってるんですか?」
その声には怒気はない。冷静とも少し違う。
ただ、まるで目を覚まさせようとするような、優しさに近い強さが宿っていた。
工藤の眉が、わずかにひそめられる。
「……玲奈」
沈痛な表情で見つめる視線を、玲奈は真正面から受け止める。
「私は……今まで何も知らなかった。いや、知らなかったではすまされないかもしれません。」
「都市の住民を監視する立場として、何の疑問も持たず、ただ平和な場所で都市のみんなを見ていた。」
言葉は、静かだったが確かだった。
「……そんな私が、こんなこと言う資格ないかもしれません。 でも、やっぱり——思うんです」
「人工的に作られた平和。果たしてそれは、本当に“正しい”んでしょうか?」
言葉はなおも続く。
「罪は、犯した本人が自らの意思で後悔しながら償っていくべきだと思います。 そうでなければ、被害に遭われた方も報われないんじゃないでしょうか。」
「ただ人工AIによって人格を矯正され、この都市に縛り付けられて生かされていく…… それは、やっぱり間違っていると思います。」
玲奈はわずかに視線を落とし、そして工藤のほうへ目を向ける。
「……誰かが、責任を背負ってでも止めてあげないといけないって。そう……思います」
その言葉が、深くこの部屋の空気に染み渡った。
反論でも、同意でもない。
ただ、芯に触れる“問い”として——静かに突き刺さった。




