『忘却の都市』 記憶の扉
「……嘘だろ、そんなのありかよ……」
沈黙の時間を破ったのは、悠人の呆然とした声だった。
怜奈は何も言えず、ただ静かに俯いていた。
……夏希は、すべてを語った。
神崎からエレベーターに向かう直前に託された数枚の資料。
自分の過去、そして——城戸隊長から告げられた真実。
悠人も、少なからずこの都市の異常性について聞かされてはいた。
だが、こうして改めて直面した“現実”は、想像以上に重く、深かった。
そして怜奈にとっては——そのすべてが初耳だった。
何よりも衝撃だったのは、“自身の兄が存在していたという事実。
しかも、その兄がこの都市にいて、都市警備隊に所属しているということ。
——何一つ、思い出せなかった。
話を聞いても、それが本当に自分の物語だとは思えず、どこか他人事のように感じてしまう。
まるで、自分に兄など最初からいなかったかのように。
けれども、目の前で話していた『進藤夏希』さん。
その目は、言葉は、体温は——とても“嘘”でできているとは思えなかった。
これまで教えられてきた都市警備隊のイメージ。
“都市外部で殺人を犯した者が、徹底的な更生指導の末に監視され、罪を償う手段として従事させられる、いわば『刑罰としての職業』。
彼女はその像を、静かに、しかし確実に打ち砕いてくる。
そして夏希が、頭を下げながら振り絞るように言った。
「お願い。……少しでも、何か知っていることがあれば教えてほしいの」
「私は、城戸隊長の言うことがすべて間違いだとは思っていない。 でも……このやり方が“正しい”とも、思えないの」
その言葉は、まっすぐだった。
——重ねる罪の上に築かれた秩序。
——忘却という名の救いと管理。
怜奈は、ゆっくりと顔を上げた。
揺れていた瞳に、わずかな覚悟が宿る。
「……分かりました。できる限り、協力します」
その返答は、小さくても——確かな決意だった。




