『忘却の都市』 疑念と証明
夏希は数秒、迷いに身を預けた。
だがすぐにその迷いを振り切るように、ひとつ息を吸い込む。
——やるしかない。
足音を殺して個室の前まで移動し、静かにノックをした。
「……どなたですか?」
中から聞こえたのは、やや緊張を帯びた少女の声。
扉のロック音が響いた瞬間、夏希は一気に動いた。
ノブが回され、扉がわずかに開いたその隙を突いて、少女の手首をとり、素早く室内に滑り込む。
「えっ、ちょっ……!?」
背後からの拘束。虚を突かれた少女は小さく悲鳴を上げたが、口を押えられ声が出せない。
そしてそれをかき消すように夏希の低い声が続いた。
「お願い、騒がないで。話があるの。……落ち着いて、聞いてほしい」
その声音には、どこか必死さと痛みが滲んでいた。
最初は必死に抵抗していた少女の身体から、徐々に力が抜けていく。
やがて、抵抗が止まる。
手を放すと、少女はこちらをじっと見つめた。
——やはり。
夏希は確信する。 落ち着いた雰囲気、冷静な判断力、そして何より——あの目。
どこか、神崎と“似ている”。
「……あの、夏希さん?」
一瞬の出来事に呆けていた悠人が、ようやく言葉を取り戻したように困惑気味に声を上げる。
「これは……どういう状況なんでしょうか? それと……霧崎は……?」
その問いかけに、夏希は一度だけ深く息を吐いた。
「その前に、先に確認したいことがあるの」
視線を少女——怜奈に向ける。
「あなたの名前……『神崎怜奈』さん、で間違いない?」
怜奈の表情が、固まる。
「……はい。そうです」
少しの間を置いて、そう答えた彼女の声に嘘はなかった。
夏希は静かに頷く。
「ありがとう。……今から、あなたに見せたいものがあるの」
視線はまっすぐに怜奈を捉えていた。
「……信じられないかもしれない。でも、落ち着いてほしい」
その目の奥には、優しさと覚悟、そして——重たい真実が宿っていた。




