『忘却の都市』 静寂の裏で
エレベーターの扉が開いた瞬間、夏希は身を縮めるようにして周囲を見渡した。
幸いなことに、周囲に人影はない。
足音を忍ばせるようにして物陰へ移動し、一息つく。
——さらに下の研究所へ行けるルートを探してくれ。
神崎の言葉が脳裏に響く。
だが、見渡す限り手掛かりらしいものは何もない。
別のエレベーターも見当たらず、移動用のハッチや扉も目に入らない。
(……誰か、研究員を捕まえて情報を引き出すしかないか)
そう考えた矢先だった。
近くの個室の扉の向こうから、微かに会話の声が聞こえた。
男女の声。
声に神経を尖らせる。
——声の主は......早川悠人。そして、先ほど危うく見つかりかけた少女の声。
夏希はじっと耳を傾ける。
話の内容は——神崎凛のこと。
それが明白になった瞬間、胸の奥に冷たいものが流れ込んだ。
裏切ったのか—— そう思いかけた自分に、夏希は舌打ちする。
(違う……裏切ったというのは違う)
——彼はただ巻き込まれただけだ。 この都市に入り、私たちと偶然交差した。
助かるには、そうするしかなかったのだ。
一瞬でも「裏切り」と感じた自分が、恥ずかしくなる。
その感情を押し込めながら、耳を澄ます。
(今は、情報だ。どこまで洩れているか……)
だが、返ってきたのは予想外の“温度”だった。
真剣な密談というよりは、あまりにも自然すぎるやり取り。
まるで旧友同士が世間話をしているかのような——そんな、穏やかな会話だった。
「へぇ……意外ですね。そんな感じなんですか。てっきり都市警備隊の人たちって、もっと怖いイメージだったんですけど」
「いや、すごくいいやつなんですよ。神崎さんも……ぜひ一度、都市に来て実際に喋ってみてください」
その言葉に、夏希の視界が揺らいだ。
——神崎さん。
先ほどの神崎の告白。 怜奈という名前。そして“妹”。
夏希の中で、数珠のように繋がる思考。
そして——たどり着く。
(……まさか)
(あの子が——神崎の妹?)




