『忘却の都市』 引き裂かれた繋がり
夏希は驚きと困惑の中で震えていた。
思考が追いつかない。
そんな彼女の様子を静かに見ていた神崎が、穏やかに言葉を紡ぐ。
「前に、例の場所で言っただろ。自分の名前ですら、確信が持てないって」
——確かに。夏希は思い出した。
あの場所で彼は確かにそう言っていた。
そこに、城戸が割って入る。
「ちょっと安直すぎたかな。『霧崎』という名前には、記憶に霧がかかっているという意味を込めたつもりだったんだよ」
「君の場合、さすがに妹と同姓だと、彼女が違和感を抱く可能性があったからね。」
——その言葉に、神崎の目が鋭くなる。
「……妹……怜奈には……何をさせてる?」
少し怒気を帯びた声が、研ぎ澄まされて響く。
だが城戸は、あくまで冷静だった。
「特に何も。彼女には都市内の“監視員”という名目で、日常的なモニタリングをしてもらっているだけだ。それと月に一度の“定期健診”。脳波の検査だよ。一応、君の妹は事故に巻き込まれたということになっているからね。」
軽く言い流そうとするその態度に、神崎の拳がわずかに握られる。
城戸はそんな感情に気づいているのか、いないのか—— わずかに目を細めて続けた。
「人間というのは、実に不思議なものだ。 強いショックや、思い出したくない記憶があると……脳が記憶自体を閉じてしまう。まるでその存在が、最初から“なかったかのように”」
「彼女には、君の動向を部分的に監視させてある。だが——彼女は、まったく思い出そうとしない」
神崎の唇が、ゆっくりと震える。
——覚えてもらえていない。
血の繋がった唯一の存在。 あの夜、命をかけて守った妹に——
自分の存在が届いていない。
その現実が、胸に突き刺さる。
城戸は淡々と続けた。
「まあ……皮肉なものだな。 結果的にそれが、今この都市で最も重要な研究に繋がっているのだから」
「“記憶の選択的消去”。人工AIによる外部からの抑制。この相互作用こそ、我々が追い求めてきたシステム統合の完成形だ。君と彼女——つまり神崎凛と神崎怜奈。その記憶の断絶が証明したんだ」
城戸の口調に、情はない。
「……さあ、おしゃべりはここまでにしよう」




