『忘却の都市』 解放されし力
突然の衝撃——まるで建物そのものが一瞬軋んだような音が、空間を切り裂いた。
夏希の目の前。 瞬く間に迫っていたはずの城戸の動きが、何かによってせき止められていた。
気づけばその狭間に立っていたのは——。
「……え?」
何が起きたのか分からず、夏希は目を見開いた。
デバイスは確かに起動していた。だが視覚にも感覚にも、何も反応はなかった。
「……ほう」
少し距離を取って後退した城戸が、目を細める。
「進藤君の方が先と思っていたが……まさか君の方が“早い”とは。驚いたよ」
その口調に怒気はない。あるのは、静かな興奮——そして観察者としての研ぎ澄まされた好奇心。
「……やはり仮説は正しかったのかもしれんな」
独りごとのように呟きながら、ゆっくりと状況を整理するように言葉を紡いでいく。
「人工AIによって抑圧されていた記憶領域が解放されると、脳の可動範囲が拡大する。 結果として、強化デバイスによる身体応答速度も、飛躍的に向上する可能性がある」
「——君の場合は、妹に再会したことで加速度的に“記憶の統合”が進んだのかもしれないな」
神崎を見るその目は、まるで“実験の完成形”を確認する科学者のようだった。
その変化に神崎自身もまた、驚いていた。
「霧崎……今のは……?」
夏希の問いかけに、彼はわずかに息を吐き、困惑した表情を浮かべながら答える。
「……わからない。でも、瞬間的に……“動く必要がある”って思った。」
「気づいたら、勝手に身体が……いや、“考えるより先に届いた”って感じか。」
呟くその声には、明らかな戸惑いが混じっていた。
彼自身が、自分の変化に追いつけていなかった。
夏希が小さく息を呑んだ、その瞬間。
神崎は、まるで何かを思い出したように、彼女へと顔を向ける。
「……夏希」
静かな声で、彼は告げた。
「……俺の名前は、神崎だ。神崎凛。」
「すべて……思い出せた」
その目に宿る色は、もう迷いではなかった。




