『忘却の都市』 もうひとつの戦場
「……っていうことがあったんですよ。それはもう、みんな大騒ぎで!」
場の空気は和やかにざわめき、笑いが幾度も生まれていた。
夏希たちが緊張の中、城戸と対峙しているその頃——
悠人はというと、完全に"溶け込んで"いた。
持ち前の陽気な性格と軽妙な語り口。
警戒心をそっと外していく愛想とノリ。
そして何より、彼自身が"何者でもない"と思わせる自然体が——
この機密性の高いこのエリアにおいてすら、強い説得力を持っていた。
職員たちも念のため、彼の身元を検索していたが、データベースには何もヒットしない。
犯罪歴ゼロ。 都市の外からやってきた"異分子"。
聞けば聞くほど、その語り口には"色"があった。
——彼の言葉を、誰も疑わなかった。
「やっぱり都市の中の生活って全然違うんですね……」
「本当にそんな虫いたんですか?」
「確認しに行きたいな……現地の文化に触れるのも大事なんじゃ……」
次第に、職員たちの間にざわめきが広がっていく。
「外部から来た人間をもっと監視するべきでは?」
「いや、現地で生活観察を行った方が精度が上がるんじゃ……?」
そんな意見が飛び交うほど——彼は"揺さぶっていた"。
そして、その空気が最高潮に達しかけたそのとき——
「はいはい、みんな。そろそろ仕事に戻りなさい。」
すっ、と空気の流れが止まる。
奥から現れたのは、長身でスタイルの整った大人の女性。
その場にいる誰よりも存在感のある声と、確かな抑制力を持っていた。
悠人は視線を向ける。
彼女は慣れたように彼らを一瞥すると、名残惜しそうな彼らをそれぞれの端末へと戻らせ——
何の躊躇もなく、悠人の正面に腰を下ろした。
「で、さっきの続きは?」
艶やかな黒髪をひとつにまとめた彼女は、ほほ笑みながら言う。
それを聞いた玲奈は、ふぅとひとつため息をついた。
「工藤先輩、絶対近くで話聞きたかっただけですよね……」




