『忘却の都市』 拒絶の声
夏希の声が、空間の温度を変えた。
ずっと沈黙を守っていた彼女の声は、静かだったが、芯があった。
城戸がゆるやかに彼女へと視線を向けると、夏希は一歩前に出る。
「……本気で言ってるんですか?」
その声は、いつもの彼女とはどこか違っていた。
静かだが、鋭く冷えていた。
城戸は眉ひとつ動かさず頷く。
「もちろんだとも。私は、冗談でこんな提案をしているわけではない。」
夏希は視線を逸らさず、まっすぐに返す。
「“資格がある”って……つまり、被験者として記録され、操作されてきた私たちに—— 今度は“管理する側に回れ”ってことですか?」
淡々と投げかけられた言葉の奥に、怒りとも戸惑いともつかない感情が潜んでいた。
「私はあの日、父親を殺しました。 あれは……ああするしかなかったって、今でも思ってます。」
「でも、それが“適性”だなんて評価されて、次は都市の管理者になれって…… そんなの、納得できるわけがない。」
神崎も、夏希の言葉に続く。
「……俺も、妹を救うために二人の人間を殺した。でも、それが“正しい犯罪”だからって、誰かをコントロールする側になれって言われても—— そんな理屈、受け入れられるわけがない。」
その言葉に、城戸はふっと短く息を吐いた。
「……なるほど。やはり君たちはまだ“内側”に立っていない。」
その言葉には、どこか哀しさのような響きがあった。
「君たちが拒絶するのも、理解できなくはない。 だが、なぜそれを“拒絶できる”のか——考えたことはあるかね?」
神崎と夏希は言葉を失う。
「それは、君たちが真っ当な人間だからだ。だが世の中には、自分の罪にさえ気づかず、生まれてから死ぬまで他人を蝕み続ける者がいる。そんな者が、"普通の顔をして"この世界で暮らしている。」
言葉に力がこもる。
「君たちは、“わざと”誰かを傷つけたわけじゃない。君たちの罪は、“誰かを守った結果”だ。 理不尽な暴力に晒され、出口のない中で、その手に刃を握らざるを得なかった。」
城戸の声が、わずかに揺れる。
「そういう者にしか分からない責務がある。管理とは、命令することではない。“境界を決める”ことだ。 線のこちらとあちら、どちらに人を立たせるか。——それを判断できるのは、善悪の両方を知る者だけだ。」
そう言い切る城戸の目は揺ぎ無い意志が込められていた。




