『忘却の都市』 代理者の影
ふっと、城戸の表情が緩んだ。
張り詰めていた空気が、ほんの一瞬だけほどける。
彼はまるで昔馴染みに語りかけるような、穏やかな調子で言った。
「そこで君たちに、提案がある。」
突然の言葉だった。
場違いとも思えるその響きに、神崎の背に緊張が走る。
だが城戸は気にも留めず、続けた。
「そんなに警戒しなくていい。私は、君たちにこれ以上何かをしようとは思っていない。」
一歩、彼は前へと踏み出す。
「むしろ……君たちには、私の跡を継いでもらいたいんだ。」
城戸は静かに言葉を重ねていく。
「私もね、もう若くはない。この仕事を続けられても……あと四、五年が限界だろう。 だからこそ、次の“管理者”としての役割を、君たちに託したい。」
まるで当然のような口ぶりだった。
「君たちには、その資格がある。」
その言葉とともに、城戸はふたりを真正面から見据えた。
冗談を言っているようには見えない。
その視線に宿っていたのは、純然たる真剣さだった。
「……資格、とは……?」
神崎の思考は混乱を極めていた。
その問いに、城戸は迷いなく応じる。
「君たちの犯罪——つまり殺人は、自己防衛、あるいは他者を救うためのものだった。 罪を犯す者がいなければ、君たちが誰かを手にかけることもなかった。それは、自ら罪を選んだ者たちとは、大きく異なる。」
彼の声は淡々としていたが、言葉の温度は冷ややかではなかった。
「……君たちの“先輩”という表現が適切かは分からないが、被験者番号4から7番。彼らは全員、自らの欲望で人を殺めた者たちだ。 その者たちには、資格はない。」
意外すぎる発言に、神崎はわずかに身じろぎする。
脳裏に浮かぶのは、あの隊長室で対面した都市警備隊の面々。
あのときに感じた、どこか人間離れした冷たさ。
都市そのものと同化したような、機械的な振る舞い。
「彼らは——人工AIの影響を特に強く受けている。 私もすべての仕組みを把握しているわけではないが、 どうやら“罪の重さ”に応じてAIの侵食度合いが変わるらしい。」
城戸の言葉は続く。
「自ら進んで罪を犯した者——そういった者たちは、ほとんどAIに浸食され、自我を保てなくなる。君たちがそうでなかったのは……その罪が、“必要なもの”だったからだ。」
神崎の脳裏に、ひとつの答えが落ちていく。
かつて感じた“違和感”の正体。
それは、都市の選別基準——そして、人の内側に刻まれた「選ばれる理由」。
そのとき。
沈黙を破るように、もう一人の声が響いた。
「……ちょっと、待って。」
これまで沈黙を守っていた夏希が、ようやく声を発した。




