勇者と聖女と俺の選択
ついに俺ら四人は魔王城にたどり着いた。なぜか魔物にまったく遭遇しない不気味な城を進み、息を止めるようにして玉座の間らしき大きな扉を開ける。
「お父様!」
途端に我らが仲間が駆け出して、牛のような角を持った魔王の胸に飛び込んだ。はらりととんがりぼうしが落ち、魔王によく似た角が彼女の頭にも見えた。
「お父様、王女を城に返してあげて。人質なら替わりに勇者が良い」
なんでも子供のときからずっと一緒に育った姫を奪おうとする勇者一味がいると聞いた仲間、改め魔王の娘は単身滅ぼしてやろうと俺たちのもとを目指したらしい。
しかし、城育ちの世間知らずのこと、極大魔法を連発するうちにあっという間に膨大な魔力が尽きてしまったのだという。確かに、同行している間もやたらと魔力切れを起こしていたし、納得だ。
しかも、魔力切れを起こしたタイミングで大量の野良スケルトンに襲われ困っていたところを兄さんに助けられて気に入ってしまったらしい。
魔王の娘は兄さんをうっとりと見やる。兄さんは嫌そうにぶるりと首をすくめた。その兄さんに魔王の娘は続けた。
「私なら貴方を一生働かせることなく、部屋から出さず、守り抜くことができます。それ以上なにかお望みが……?」
我が兄ながら望みが残念だ。兄はしばらく悩んでこくりとうなずき、魔王の娘の手をとった。魔王はあんぐりと口を開け、吠えた。
「イヤだ! 娘は渡したくない」
「そんなこと言うならお父様のこと嫌いになるから。一生パパなんて呼んであげない」
こうして無事に姫を王国に取り戻すことができた。替わりに大切な兄を魔王のもとに残して。
勇者の剣が魔王の手に渡るのは流石によくないだろうと、扱えもしない剣と持ち主のいなくなった壊れたハリセン、そして姫を荷車に載せてロバは進んでいく。
姫がどんな様子だったのか俺は知らない。お貴族様相手だと、許可なく話しかけたり、目を合わすだけで無礼になると王都で聞いたのだ。なので、荷車の一番良い場所を譲ったあとは、必要以上に声もかけずできるだけ覗かないようにしていた。
流石の姉さんも姫に場所を譲って俺の隣を歩いている。俺は姫に聞こえないように声を潜めると姉さんに話しかけた。
「なぁ、本当にこれでよかったのかな」
「あいつがこれで良いって言うんだから良いんでしょ。ほらとっとと帰ってこの剣と杖を売っぱらうわよ」
やっぱりというか、予想通りのあっさりとした返事。姉さんはこう言うが、ほとんど姿も見せないような兄でも俺にとっては大切な兄さんなのだ。
旅の途中、俺のことを気遣ってくれていたことだって知っている。魔物が多く出た日は食事作りを替わってくれたし、忍び込んだ納屋では寝心地の良さそうなところを譲ってくれた。
「なぁ」
「ああもう、うるさいな」
姉さんはそれきり黙ってしまった。
王都に戻ると、早速勇者の凱旋パレードが催された。兄さんが立つべき場所に聖剣を持った俺が立って、その次に聖杖を持った姉さんが続く。最初から兄さんなんていなかったように。視界の端の輿の上から姫が手を振ると、見物人たちがわあと歓声をあげた。
謁見の間で王は上機嫌だった。傍らには一人娘の姫。初めてくらいにまともに見る姫は俺より少し歳上らしい。きらびやかな衣装をまとい、夢見るように遠くを見つめていた。
「この度の働きご苦労であった。姫を無事に取り返したこと褒めて遣わす。約束通り、褒美として勇者の剣と聖女の杖を正式に下賜しよう」
俺と姉さんは何も言わずに頭を下げた。それを見て側近の一人が口を開く。
「いやあ、先代勇者が私も物語みたいに恋愛を楽しみたいから冒険を辞めるなんて言い出したときはどうなることかと思いましたが」
「そうそう、魔王城まで行ったものの戦いもせず帰ったと言うではないですか」
なんだそれ。初耳だ。続くように側近たちが口々に話し出す。
「なんでも、魔王城に着いたときには、パーティメンバーの戦士・神官・盗賊とそれぞれ恋愛関係の泥沼、ついでにそのうちの誰かの子供を身籠っていたとか」
「あとになって、別に私じゃなくても誰だって剣を振れたんでしょ、とか言いだしたときは耳を疑いましたよ」
「いやあ、本当に良かった」
嫌な予感がして恐る恐る尋ねる。
「恐れながら、その勇者の名前は」
王様は無慈悲に言った。
「知らなかったのかね。そなたらの母君じゃよ」
どういうことだよ。一言問い詰めてやらないと気がすまない。姉さんと俺はロバがひく幌付き荷車と一緒に懐かしい実家に帰った。
すると、そこには……。
「……ずいぶん遅かったな」
「実家の料理じゃないと嫌だと勇者が言いだして、な」
玄関でひょっこり出てきたのは、魔王のもとに置いてきたはずの兄さんと魔王の娘。
「魔王のもとでのびのび育って成人してから姫とか無理よ」
当たり前のように居間でくつろぐのは、せっかく魔王から奪い返してきた姫。生まれたばかりで攫われて、成人するまで魔王のもとで育ってしまっていたらしい。
それもこれも全部、勇者の役目を放り出した母さんが悪いのだ。
「母さん! 酷いじゃないか」
俺だって怒るのだ。例え母さんが我が家のルールブックであろうとも。俺の替わりに台所に立つ母に詰め寄るとこともなげに母は言った。
「うーん、それなら貴方は幸せじゃないの?」
俺はぐうと詰まった。
「幸せだけど、さ!」
それから色々なことがあった。家出姫を追って騎士がやってきたり、娘を愛する魔王がこんなへんぴな村までちょくちょく顔を出すようになってしまったり。
凱旋式で不在だった兄の代わりに国民には俺が勇者だと周知されてしまっているから、めんどくさい挑戦者なんかもやってくる。
教会が姉さんを聖女として祀りあげようとしてきたり、姫の婚約騒動に巻き込まれたり。
なんだよ、貴族生活なんて無理だから勇者様に嫁ぎますって。真勇者の兄さんには一応魔王の娘がいるし、計らずも偽勇者になってしまった俺だって厄介事はごめんだ。
一応姫は返してもらったとはいえ、国の間に和解が成立したわけではない。王国勢と魔王勢が出会わないようひやひやしたり、一触即発の空気になったり。
マイペースな俺の家族プラスアルファの面々はどんなときでも変わらないからそれはそれは大変だったわけで。
他にも話し切れないくらいたくさんのことがあったんだ。
勇者の剣と聖女の杖はお金に替えた。身につけていた革の鎧はもうボロボロだったけれど、後世のために展示したいという話を受けて博物館に寄贈した。
荷車は父さんが木こりの仕事で切った木を運ぶのに大活躍だった。そうして寿命がきた荷車は、ロバと同じくらいの時期に天国に旅立った。
当時の冒険を知るのはこの壊れたハリセンだけ。
だから、じいちゃんはな、このハリセンだけは捨てたくないのだよ。
「えー、ウソばっかり」
俺の膝で兄の孫が笑う。その頭には小さな角。この笑顔を守るために莫大なお金もほとんど使ってしまった。
貧乏くじをひいたかなとは思うものの、それでも俺はたしかに幸せなのだ。
※改稿で文字数が増えたため、最終話を二話に分割しました。
お読みいただき、ありがとうございました!