勇者と聖女と俺の旅路(後半)
旅の途中、新しい仲間が加わった。赤毛の髪に大きなとんがり帽子、くりくりとした黄金の瞳が可愛らしい少女だ。
あれは兄さんと姉さんのスライム潰しを横目でみながら、食事の下拵えをしているときだった。慌てた様子の少女が俺たちの荷車に駆け寄ってきた。
「お兄様、お姉様、私をお助けください」
見ると彼女は大量のスケルトンを引き連れていた。
しかし、スケルトンなら安心だ。ゴースト同様、スケルトンも倒すときに血が出ない。血さえ見なければ無敵の兄さんにとって、スケルトンは得意を通り越して大好きと言って良いレベルの存在なのだ。
姉さんはスケルトン自体は大丈夫だが、一緒に出ることの多いゴーストがいつまでたっても無理らしい。
スケルトン相手に無双する兄さんを彼女はじっと見つめていた。料理の手を休めず、俺は彼女を観察する。華奢な体躯、旅慣れてるようにはどうしたって見えない装備……。
「なあ、お前どこから来たんだ?」
人の領地から遠く離れたこの地では、一般人の俺なんかだともはや戦闘で歯が立たない。冒険も後半になると俺は棍棒ではなく、姉さんの融通してくれるスライム液で戦っているくらいだ。
姉さんのスライム液の調合レベルはすでに神がかっており、少しでも触れればどんな魔物も一瞬で溶ける。姉さんは聖水と言いはっているが、万が一俺にかかっても恐ろしいことになるのは言うまでもない。
「え、えっとぉ……」
「おかしいだろ。この魔物ばかりでひとけもない土地で偶然俺らを見つけたと?」
「じ、実は貴方方を追って……」
「なぜ」
「……」
「なぜ」
彼女の金の瞳が揺れる。言いづらそうに迷う様子は庇護欲を誘う。だけど、こんな様子に騙される筈がない。
「あんた、何ができるの?」
「え?」
「ちょっとっ! 姉さんっ!?」
振り返るとスライムを片付け終えた姉さんが腕組みをして立っていた。初期の頃のスライムと見た目はそっくりなのに、えげつない毒をもち俺なんかがくらえば三日は生死の境をさまようようなヤバいやつだ。
そんなものを相変わらず踏みつけるだけで倒すのだからどうかしている。
思わず声の出た俺をキツイ目で睨み、姉さんは彼女に視線を動かした。
「……魔力さえ戻れば、極大魔法でも広範囲魔法でも」
「そう」
姉さんは荷車にどっかりと腰を下ろして脚を組んだ。
「この子にも食事を出してやりなさい」
「は」
「まともに戦えない人間をこんなところに放り出すなんて人道的におかしいわ」
「お姉様!」
まともに戦えない人間をこんなところまで引っ張り回すのはいいのにか!?
「兄さんも文句ないわよね?」
スケルトン軍団を倒し終えたらしい兄さんの顔つきからは、分厚い前髪越しでも拒否したい気持ちがありありと読み取れる。人見知りだもんな。
だけど、あのハリセンの一件以来、兄さんはこれまで以上に姉さんに頭が上がらない。
「……」
兄さんがすがるように俺の方へと顔を向けた。
「これからも聖水はいるわよね?」
スライム液がなければ、俺は戦えない。あまりの不条理に使命などない俺はこんな旅投げ出して帰りたくなった。それなのに、こんな奥地に来てしまえば戦力的に帰れない。詰んだ。
兄さんすまん。俺は無力だ。
俺の視線を受けて悲痛な面持ちで兄さんがうなずく。
「お兄様!」
この初対面のくせに馴れ馴れしくお兄様、お姉様呼びをしてくるこのかんじ。まさか、本当の妹だったりしないよな?
記憶にはまったくないけど、色々なとんでもをやらかすのが俺らの親だ。ありえないとは言い難い。
一晩休んで回復した彼女は有能だった。弱い魔物は広範囲魔法で一気に焼いて片付け、強い魔物はピンポイントに威力の高い魔法でドカンだ。
スライム液を駆使して、ちまちまと必死に戦っていた今までが嘘みたいだ。
「すごいな」
「お父様譲りで国一の魔力がありますから」
父親譲り……。ちょっと親近感がわく。
彼女の父は魔法使いなのかもしれない。詳しく聞いてみようとすると、訳ありなのだとはぐらかされてしまった。
我が家の訳あり姉を見ているせいで、不用意に突くとヤバいと警鐘が鳴る。
まる一日観察してみたが、普段の彼女は無邪気で明るく、生い立ちの不穏さなど露ほども感じない。だけど、本当に無邪気で明るい奴は、笑顔で地形の変わるような魔法を使いまくったりはしないものだ。
「……羨ましい」
目の前の草地を魔物ごと一瞬で焦土に変えた彼女を見て、兄さんが言った。確かに血は出ていないけど、勇者じゃなくて破壊神にでもなる気だろうか……?
「私、もう無理です。ちい兄様あとはよろしくお願いしますね」
……まじか。
繰り出す魔法が強力であればあるほど楽しいらしく、ペース配分など関係なく魔法をぶっ放すのが彼女の悪い癖だ。
これまでは毎回俺が出張っていたのだから順当なのだけど、さっきまでの明らかにオーバーキルだっただろ!?
姉さんが俺にスライム液を押し付けてくる。彼女はその隣に腰を下ろして、ひらひらと手を振った。
鬼畜っぷりが似ている……。みんな俺より明らかに強いんだから、いい加減なんとかしてくれ。
俺の内心を読み取ったのか、姉さんが俺の頬をぎゅねりと抓った。
魔物をスライム液で溶かし終え、ヘトヘトになって荷車へと戻ると、信じられない光景が俺を待っていた。
「……魔法……教え……て……ほしい」
兄さんが家族以外に話しかけるところを初めて見た。
まさか本気だとは思っていなかった。だって、引きこもっていてもまともに戦えなくても、剣の実力を衰えさせないだけの努力をしてきていただろう……?
彼女は思いの外喜び、それからずっと二人は魔法の修練に明け暮れるようになった。
俺もついでにみてもらったが、才能が欠片もないと早々に見切りをつけられた。なんで俺、こんなところにいるんだろうか。
兄さんの特性は非常に珍しいらしく、なかなか修練が実を結ばない。何日もかけて小さな雷の魔法が発動したときは、やったやったと二人で手を取り合って喜んでいた。
彼女と兄さんの魔法のおかげで旅が格段に楽になった。最初は疑ってしまったけれど、彼女はもう俺達の仲間だ。




