↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一夜熱  作者: 古江 門
第一部 真由

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/41

第五話 二 返事

 どれほど経ったのだろうか。


 山の上から、鳥の声がした。


 黒かった窓に、木々の先が浮かび始めている。


 最初の光が、部屋の奥へ差した。


 真由の胸の奥で、何かが一度動いた。


 しばらくして、もう一度。


 喉が開いた。


 空気が流れ込む。


 真由の身体が大きく反った。


 肺が膨らみ、内側が擦れるように痛んだ。


 もう一度息を吸う。


「真由」


 悠介の声がした。


 先ほどまで言葉の間にあった、長い空白がなくなっていた。


 真由は瞬きをした。


「聞こえる?」


 唇を動かす。


「うん」


 掠れた声が出た。


 悠介が息を吐いた。


 その胸が上下している。


 頬にも薄く色が戻っていた。


「大丈夫?」


「分からない」


 真由は自分の胸へ手を当てた。


 鼓動がある。


 遅かったが、指の下で動いていた。


「私、どうなってた?」


 悠介はすぐには答えなかった。


「途中から、俺もよく覚えてない」


「名前を呼ばれてた気がする」


「真由の?」


「うん」


 悠介は喉へ手を当てた。


「呼んでたのかもしれない。声が出しにくい」


 真由は、まだつかんでいた悠介の服から指を離した。


 夜の記憶をたどろうとする。


 水が口へ入った。


 悠介の声がした。


 誰かに身体を抱き起こされた。


 その程度しか残っていなかった。


 順番も分からない。


 夢の中で見たことのように、思い出そうとするたび形が崩れた。


 宮内が壁へ手をつき、立ち上がった。


 真由の前へ膝をつき、手首へ指を置く。


 聴診器を胸へ当てた。


「脈は遅いですが、保たれています。呼吸もあります」


「昨夜、何があったんですか」


 宮内の手が止まった。


「真由さんの熱が上がり、反応が弱くなりました」


「水を飲んだのは覚えています」


 真由は部屋の隅にある桶を見た。


「誰が飲ませたんでしょう」


 奈緒も桶へ目を向けた。


「私が持ってきたのかもしれません」


「覚えていないんですか」


「途中から、あまり」


 奈緒は濡れた袖を見た。


「先生を呼びに行ったところまでは覚えています」


 宮内も鞄へ道具を戻しながら言った。


「私も、診察したことは覚えています。ただ、そのあとのことは断片的です」


「私もです」


 真由は悠介の服を見た。


 自分が握っていた場所に、皺が残っている。


「悠介の声だけ、少し覚えています」


 奈緒が桶を持ち上げた。


「置いていってください」


 真由が言った。


 奈緒が立ち止まる。


「喉が渇いているので」


「持ってきた水もあるよ」


 悠介がボトルを取った。


 真由は一口含んだ。


 強い苦みが、舌の上へ広がる。


「やっぱり変な味がする」


 飲み込めず、ボトルを悠介へ返した。


 奈緒が桶を部屋の隅へ戻した。


「少しずつ飲んでください」


「ありがとうございます」


 奈緒と宮内が帰ったあと、悠介が布団のそばへ座った。


「帰れるかな」


 真由が聞いた。


「役場の人は、七時半に来るって言ってた」


「今、何時?」


「もうすぐ七時」


 悠介は玄関に並んだ鞄を見た。


「帰ったら、病院へ行こう」


「うん」


 真由は桶へ手を伸ばした。


 器で水をすくい、一口飲む。


 冷たさが喉へ落ちた。


 もう一杯すくった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。