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とある異世界の黙示録 -if瑠璃色の事件簿-  作者: 誠珠。
第一事件 消えた白い鳥

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6/28

消えた白い鳥:白い鳥の栞

 午後の教室は、昼食後の少し柔らかな空気に包まれていた。


 窓から差し込む光は明るく、外の中庭では風に揺れた木々の影が、ゆっくりと地面をなぞっている。


 初等部の教室には、修学旅行を控えた生徒たちが集まっていた。


 机の上には、しおりと筆記用具。

 前の黒板には、ユエの整った字で、


【修学旅行の事前授業】


 と書かれている。


 そして、その横には、いつもより少し背筋を伸ばしたアリスが立っていた。



「えーっと……今日は、旅の話をします!」



 生徒たちの目が、ぱっと輝く。


 アティも最前列に座り、わくわくした顔でアリスを見上げていた。

 その隣では、シオンが本ではなくノートを開いている。


 ユエは教室の後ろに立ち、穏やかな表情で様子を見守っていた。



「旅って聞くと、楽しいことがいっぱいあるよね。知らない景色を見ること。初めての食べ物を食べること。知らない言葉を聞くこと。朝起きたら、昨日と違う空気があること」



 アリスは、にこっと笑った。



「でも、知らない場所っていうのは、楽しいだけじゃありません」



 教室が少しだけ静かになる。


 アリスは明るい声のまま、けれど言葉を少しだけ丁寧に置いた。



「だから今日は、旅を楽しむために大事なことを話します。怖がるためじゃなくて、ちゃんと楽しんで、ちゃんと帰ってくるための話です」



 黒板に、アリスは大きく書いた。


【ひとりで動かない】



「まず一つ目。知らない場所では、ひとりで動かないこと!」



 生徒たちが一斉に頷く。



「道の向こうに面白そうなお店があっても、美味しそうなお店があっても、友達と一緒に行く。先生に言ってから行く。勝手に別行動しない。これ、大事です」



 アティが真剣な顔で手を挙げた。



「トイレに行く時も?」


「うん。近くでも、誰かに言ってから行くこと。できれば友達と一緒がいいわ!」



 シオンが静かに手を挙げる。



「もし、友達も一緒に迷った場合は、迷子が二人になりますか?」


「なるね!」


「二倍ですか?」


「人数は二倍だけど、不安は半分になるかもしれないね」



 シオンは少し考え、ノートに何かを書いた。

 


「迷子は増えるけれど、不安は割れるってことですね!」


「シオンちゃん、算数みたいになってる!」



 教室に小さな笑いが起きる。


 アリスも笑いながら、次の言葉を書いた。


【知らない人についていかない】



「二つ目。知らない人についていかないこと」



 教室の空気が、もう一度少しだけ引き締まる。



「道を聞かれた。落とし物を探してほしいって言われた。写真を撮ってほしいって頼まれた。そういうこと、あると思います」



 アリスは生徒たちを見回した。



「でも、その人と一緒にどこかへ行かないこと。もし困っている人がいたら、自分だけで助けようとしないで、近くのお店の人や先生、大人に伝えること」



 アティが小さく頷いた。



「親切にしたい時も、ひとりで行かないってことですか?」


「そう。親切は大事。でも、自分を危なくしてまでしなくていいの。これは私自身もあったことだから言えるんだけどね」



 アリスの声が、少しだけ優しくなる。



「相手に悪いかなって思わなくていいよ。変だなって思ったら、離れていい。怖いと思ったら、逃げていい。大きな声を出していい」



 ユエが後ろで静かに目を細めた。


 アリスは、明るく見えている。

 けれど、その言葉は軽くなかった。


 彼女は本当に色々な場所を歩いてきたのだと、聞いているだけで分かる。


 シオンがまた手を挙げた。



「よく、本にある物語では、森で知らない声に呼ばれると危ないことが多いです」


「うん! それはだいたい危ないわね!」


「街でも、森と同じですか?」


「すごくいい質問!」



 アリスはぱっと笑顔になる。



「街にも、森みたいに迷いやすい場所があります。裏通り、人が少ない道、似たようなお店が並んでる場所。だから、見通しのいい道を歩くこと。分からなくなったら、動き回らないで、決められた集合場所や、お店の人に助けを求めることが大事ね」



 アティはノートに一生懸命書き込んでいた。


 その横でシオンも、ゆっくり文字を書く。


【街にも森がある】


 アリスはそれを見て、少し笑った。



「ねぇ、シオンちゃんのノート、あとで見たいなぁ」


「物語風にまとめていますね」


「絶対かわいいやつだ!」



 授業は、思っていたよりもずっと賑やかだった。


 アリスは旅先の話を交えながら、子どもたちに分かりやすく説明していく。


 迷子になった時は、まず深呼吸。

 集合場所を覚えておく。

 知らない土地では、目印を三つ見つける。

 不安になったら早めに先生へ言う。

 食べ物は、知らないものを勝手に口にしない。



「特に食べ物はね!」



 アリスは力強く言った。



「見た目が普通でも、すっごく辛かったり、すっごく酸っぱかったり、食べた後にお腹がびっくりしたりすることがあります!」



 生徒たちがざわつく。



「だから、初めて食べるものは、ちゃんと先生やお店の人に聞くこと。勝手に食べないこと!」



 ユエが後ろから穏やかに頷いた。


 アリスはちらっとユエを見てから、少しだけ言葉を選ぶ。



「あと、土地によっては……えーっと……とても、個性的な食文化もあります」



 ユエの視線が、すっとアリスに向いた。


 アリスはすぐに笑顔を作る。



「でも今日は時間がないので、詳しくは話しません!」



 教室の後ろで、ユエが静かに微笑んだ。


 その微笑みを見て、アリスは心の中で小さく胸を撫で下ろした。


 危なかった。

 とても危なかった。


 言ったら多分、あとでものすんごく怒られる。


 授業の最後、アリスは黒板の前に立ち、生徒たちを見回した。



「最後に、旅は楽しいです。知らない場所へ行くのは、とっても素敵なことです」



 アティが、まっすぐアリスを見ている。


 シオンも、ノートから顔を上げていた。



「でも、楽しい旅にするためには、ちゃんと帰ってくることが一番大事です。みんなで行って、みんなで帰ってくる。面白かったねって言えるところまでが、旅です」



 アリスは明るく笑った。



「だから、いっぱい楽しんで、ちゃんと帰ってきてね!」



 教室に拍手が起きた。


 アティは誰よりも大きく手を叩いていた。



「アリスお姉ちゃん、すごい!」


「えへへ、先生っぽかった?」


「うん!」



 シオンも静かに頷く。



「旅人先生でした」


「それ、ちょっとかっこいい!」



 ユエが教室の後ろから歩いてくる。



「とても良い授業でした。ありがとうございます、アリスさん」


「ほんと? 虫料理の話、しなかったよ!」


「そこも含めて、ありがとうございます」


「そこ強調するんだね!?」



 ユエはにこりと笑うだけだった。


 授業が終わると、生徒たちは名残惜しそうにアリスへ質問をしながら教室を出ていった。


 アティとシオンも、放課後の準備があるため、一度教室へ戻ることになった。



「アリスお姉ちゃん、終わったら一緒に帰ろうね!」


「うん! 待ってる!」


「シオンも一緒に帰ろう?」


「はい。もちろんです」



 アティは嬉しそうに笑い、シオンと一緒に廊下の向こうへ歩いていった。


 その背中を見送って、アリスはふうっと息を吐く。



「緊張したぁ……」


「とても堂々としていましたよ」


「ユエ先生に見られてると、悪いことできない感じがするんだよねぇ」


「悪いことをしなければ大丈夫です」


「正論!」



 アリスが肩を落としかけた、その時だった。



「素敵な授業でしたよ、アリスさん」



 別の柔らかな声が、廊下に落ちた。


 アリスが振り向く。


 さっきまで誰もいなかったはずの廊下の先に、ひとりの女性が立っていた。


 長い白髪。

 静かに澄んだ青い瞳。

 年齢を感じさせない、穏やかで美しい佇まい。


 シエルだった。


 セレスティア総合学院の理事長。

 学院の生徒たちにとっては、優しくて、けれど少し不思議な存在でもある。


 理事長室にいたはずなのに、図書館で見たという生徒がいる。

 食堂にいたはずなのに、中庭でもすれ違ったという教師がいる。


 誰かが本当に困った時ほど、いつの間にか近くにいる。


 そんな噂が、学院にはいくつもあった。


 アリスも、もう慣れたと思っていた。


 けれど、やはり驚く。



「シエルさん、またいつの間に……」


「ちょうど通りかかっただけですよ」


「シエルさんの“ちょうど”って、だいたいちょうどじゃないんだよねぇ」



 シエルはくすりと笑った。


 ユエは驚くことなく、軽く頭を下げる。



「理事長」


「ユエ先生、準備をありがとうございました」


「いえ。アリスさんが引き受けてくださったおかげです」



 アリスは慌てて、抱えていた土産袋を探り始めた。



「あ、そうだ! シエルさんにもお土産があるの!」


「まあ、私にも?」


「うん! 先に送ったのとは別で、これは直接渡したくて」



 アリスは袋の中から、小さな包みを取り出した。


 薄い紙を開くと、中には白い鳥の形をした栞が入っていた。


 透けるような白い素材で作られた、小さな鳥。

 羽の部分には細かな模様が刻まれ、光にかざすと淡く輝く。



「これ、シエルさんに似合いそうだなって思って!」



 シエルは両手でそっと受け取った。


 その仕草は、とても丁寧だった。



「……とても綺麗ですね」



 青い瞳が、白い鳥を静かに映す。



「ありがとうございます、アリスさん。大切にします」


「よかったぁ!」



 アリスは嬉しそうに笑った。


 シエルは栞を見つめたまま、ぽつりと呟く。



「白い鳥は、遠くへ飛んでも、帰る場所を覚えているそうです」


「へぇ……素敵だね」


「はい。とても」



 その声は穏やかだった。


 けれど、どこか少しだけ深く響いた。


 アリスは首を傾げたが、シエルはもういつもの優しい微笑みに戻っていた。



「アティさんたちと一緒に帰るのですか?」


「うん! アッシュの家にまたしばらくお世話になろうかなって思って! もちろん、お土産もいっぱいよ!」


「それは、きっとアティさんも喜びますね」


「えへへ、そうだといいなぁ」



 シエルは白い鳥の栞を、手にしていたパンフレットへそっと挟んだ。


 学院案内のパンフレットだった。


 何気ない動作だった。


 けれど、その白い鳥は、青い表紙の中で静かに目立っていた。


 やがて放課後の鐘が鳴る。


 廊下の向こうから、アティとシオンが戻ってきた。



「アリスお姉ちゃん!」


「お待たせしました」


「全然待ってないよー!」



 アリスは大きく手を振る。


 シエルは二人へ優しく微笑んだ。



「気をつけて帰ってくださいね」


「はい!」


「はい。帰り道も冒険なので、気をつけます」


「ふふ。素敵ですね」



 シオンは少しだけ照れたように、本を抱え直した。


 アリスは大量の荷物を抱え直し、アティとシオンの間に並ぶ。



「じゃあ、帰ろっか!」


「うん!」



 三人は並んで歩き出した。


 アティは今日の授業の話を何度も楽しそうに振り返り、シオンはそれを物語の章題のようにまとめていく。



「知らない人についていかない」


「困ったらお店の人や先生に言う」


「街にも森がある」


「シオン、それ気に入ったんだね」


「はい。今日の名言です」



 アリスは笑いながら、袋を持ち直した。



「じゃあ、帰り道も安全第一で行こう!」


「おー!」


「安全第一の物語」



 三人の声は、夕方の学院の廊下に明るく響いた。


 シエルは、その背中を静かに見送っていた。


 手にしたパンフレットには、白い鳥の栞が挟まれている。


 遠くへ飛んでも、帰る場所を覚えている鳥。


 その小さな白い鳥は、静かにページの間で羽を休めていた。


 ◇


 学院を出る頃には、空の色が少しずつ夕方へ傾き始めていた。


 白い石造りの門を抜けると、昼間よりも柔らかい風が吹く。

 アリスは大量の土産袋を抱え直し、隣を歩くアティとシオンを見下ろした。



「二人とも、今日は授業お疲れさま!」


「アリスお姉ちゃんも、講義お疲れさま!」



 アティが嬉しそうに笑う。


 シオンは本を抱えたまま、静かに頷いた。



「授業、楽しかったです」


「ほんと? よかったぁ!」


「知らない場所では、親切と危ないことが似て見える時がある。そこが、少し印象に残りました」



 アリスは目を丸くした。



「シオンちゃん、ちゃんと大事なところ覚えてる!」


「はい。ノートにも書きました」


「えらい!」



 アティも笑って頷く。



「私も覚えてるよ。変だなって思ったら、相手に悪いかなって考える前に離れる!」


「そうそう! 二人ともばっちり!」



 三人の声が、夕方の通りに明るく響く。

 その間、アリスが見た町や文化、講義の時には聞けなかった話をたくさんした。


 学院からしばらく歩いたところに、大きなバス停があった。

 屋根つきの待合スペースには、同じ学院の生徒たちが数人並んでいる。


 シオンはそこで足を止めた。



「私は、ここからバスです」


「あ、そっか。シオンちゃんはこっち方面だもんね」



 アティが少しだけ名残惜しそうに言う。


 シオンは小さく頷いた。



「はい。また明日、学院で」


「うん! 明日またね!」


「アリスさんも、今日はありがとうございました」


「こちらこそ! また旅の話しようね!」


「はい。あ、でも次は、虫ではない話でお願いします」


「シオンちゃんまで!?」



 アリスが思わず声を上げると、アティがくすくす笑った。


 シオンは真面目な顔のまま、少しだけ首を傾げる。



「ユエ先生が止める話なので、たぶん食後には向かないと思いました」


「うっ……正しい……」



 アリスは何も言い返せず、肩を落とした。


 その時、バスがゆっくりと停留所へ入ってくる。


 シオンは本を抱え直した。



「では、私はここで」


「気をつけてね、シオンちゃん!」


「はい。アリスさんも、荷物を落とさないように気をつけてください」


「そこは荷物なんだね?!」



 アティがまた笑う。


 シオンは小さく手を振り、バスへ乗り込んだ。


 窓際の席に座ると、もう一度こちらへ手を振る。

 アティとアリスも大きく手を振り返した。


 バスが走り出し、シオンの姿が少しずつ遠ざかっていく。



「シオンちゃん、可愛いねぇ」


「うん。時々すごく真面目に面白いこと言うんだよ」


「分かる!」



 アリスは嬉しそうに笑うと、改めて荷物を抱え直した。



「じゃあ、私たちも帰ろっか」


「うん!」



 そこからアッシュの家までは、歩いて帰れる距離だった。


 通りには学生や仕事帰りの人たちが行き交い、店先には夕食の準備を始める匂いが漂っている。


 アリスはその匂いに一瞬だけ反応しかけたが、すぐに首を振った。



「だめだめ。今日はまずアッシュの家に荷物置かせてもらうんだから」


「アリスお姉ちゃん、またたくさん持ってきたね」


「うん! 今回は早めに帰ってこられたからね。予定より乗り継ぎがうまくいって、ちょうどユエ先生から講義のお願いも来たし!」



 アリスは肩の袋を揺らしながら、得意げに胸を張る。



「それに、アッシュの家に置いてるものも確認したかったしね」


「アリスお姉ちゃんの部屋、たまにお父さんが換気してるよ」


「えっ、ほんと?」


「うん。アリスお姉ちゃんが急に帰ってきてもいいようにって」



 アリスは一瞬だけ目を丸くした。


 それから、嬉しそうに頬を緩める。



「そっかぁ。アッシュ、そういうところあるよねぇ」



 アリスはほとんど旅をしている。


 自分の家を借りても、帰る頃には季節が変わっていることも珍しくない。

 だから、戻ってきた時だけ、アッシュの家の空いている部屋を使わせてもらっていた。


 その代わり、アリスは帰ってきている間、アティと一緒に過ごしたり、アッシュが忙しい時に家のことを少し手伝ったりする。


 誰かの代わりではない。

 ただ、一人で抱え込みすぎないために、少しずつできた形だった。


 そんな話をしているうちに、見慣れた家が見えてきた。


 白い壁と、淡い木目の扉。

 庭先には小さな花壇があり、窓辺には黒猫のクロが丸くなっている。


 アティが門を開けると、クロは窓辺から顔を上げた。



「ただいま、クロ!」



 窓の向こうで、クロが短く鳴く。


 アリスがぱっと手を振った。



「クロぉー! ただいまー!」



 クロは一度だけ尾を揺らし、ゆっくりと窓辺から降りていった。


 玄関を開けると、家の中は静かだった。


 どうやらアッシュはまだ帰っていない。


 けれど、冷たさはない。

 朝にアティが整えた空気がそのまま残っているような、柔らかい静けさだった。



「お邪魔しまーす……じゃなくて、ただいま、かな?」



 アリスが少し迷うように言う。


 アティは靴を脱ぎながら、にこっと笑った。



「ただいまでいいよ」


「そっか。じゃあ、ただいま!」



 アリスは笑って中に入った。


 荷物を一度玄関脇に置き、肩をぐるぐる回す。



「ふぅ。さすがにちょっと重かったぁ」


「ちょっと?」



 アティが土産袋の山を見る。



「……アリスお姉ちゃん、それ、ほとんど引っ越しだよ」


「お土産だよ!」


「お土産って、こんなに山になるんだね」


「なるよ! 世界は広いから!」


「そっかぁ……世界って重いんだね」


「アティまで!?」



 アティは楽しそうに笑いながら、リビングの方へ歩いていく。


 アリスもその後を追いかけようとして、ふと足を止めた。


 リビングの棚。


 そこには、写真立てが置かれている。


 海を背景に、銀色の髪の女性が優しく笑っていた。

 翡翠色の瞳を細め、隣にいる幼いアティを見つめている写真。


 レイチェル。


 アティの母であり、アッシュの妻だった人。


 アリスはその写真の前に立つと、先ほどまでの賑やかな表情を少しだけ柔らかくした。


 そして、両手をそっと合わせる。



「ただいま、レイチェルさん」



 声は明るい。

 けれど、ふざけてはいなかった。



「今回も、ちょっとお邪魔します。お土産いっぱい持ってきたから、アティとアッシュにもちゃんと渡すね」



 アティも隣に立ち、同じように手を合わせる。



「ただいま、お母さん。今日はアリスお姉ちゃんが先生してくれたんだよ。すごく楽しかった」



 アリスは写真に向かって、少しだけ笑った。



「それとね、レイチェルさん。今回の旅先でちょっと変わった名物もあったんだけど……ユエ先生に止められたから、講義では話さなかったよ。えらいでしょ?」



 アティが小さく吹き出した。



「アリスお姉ちゃん、それお母さんに報告すること?」


「だって、頑張ったもん!」



 写真の中のレイチェルは、変わらず優しく笑っている。


 その笑顔を見ていると、本当に『よく頑張ったね』と言ってくれているような気がした。


 アリスはもう一度、静かに頭を下げた。



「また少しの間、ここにいさせてね」



 アティはアリスの手をきゅっと握る。



「アリスお姉ちゃんが帰ってくると、家がにぎやかになるね」


「ほんと? うるさくない?」


「うん。楽しい」



 アリスの顔が、一気に緩んだ。



「もー、アティ可愛い!」


「わっ」



 アリスはアティをぎゅっと抱きしめる。


 リビングに、アティの笑い声がふわりと広がった。


 その静かな棚の上で、海を背景に笑うレイチェルの写真だけが、変わらず優しく二人を見守っていた。

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