消えた白い鳥:映画の音
昼を少し過ぎても、署内の空気は落ち着かなかった。
朝から続く聞き込みの報告。
巡回強化の連絡。
学校側へ出す注意喚起文の確認。
保護者から入る問い合わせ。
机の上には資料と端末が並び、誰かが受話器を置いたと思えば、すぐに別の電話が鳴る。
ルーカスは椅子の背にもたれ、軽く肩を回していた。
「……目が痛い」
「無理せずに休憩した方がいいよ」
アッシュが資料から顔を上げて言う。
ルーカスは苦笑した。
「アウロラフラムさんに言われると、説得力があるような、ないような……」
「んー、まぁ僕も休憩に出るところだからさ」
「それ、休憩じゃなくて外回りじゃないですか?」
「少し現場を見るだけだよ」
「それを休憩とは言わないですからね」
横の席では、クレアが注意喚起文の修正をしていた。
彼女の前にも、空になった紙コップが二つ並んでいる。
「リュミエール大市場の方、まだ薄いですね」
「うん。薄い。でも、気にはなるんだよね」
「市場側も巡回に入れますか?」
「入れる。ただし、明日は修学旅行の団体もあるから、不安を煽りすぎないように程度に」
「分かりました」
アッシュは頷き、手元のスマホへ視線を落とした。
グレンからの返信は、まだない。
昨夜送ったmineは未読のままだった。
この時間になれば、何かしら返ってくると思っていた。
短い一文でも。
既読だけでも。
それがない。
アッシュはほんの少しだけ眉を下げた。
心配していないわけではない。
けれど、グレンが簡単にどうにかなるとも思っていない。
問題は、グレンが返事をしないほど深く探っている可能性があることだ。
「……まぁ、電話くらいは、しておこうかな」
小さく呟き、アッシュは通話ボタンを押した。
一回。
二回。
三回。
数コールの後、通話が繋がった。
その瞬間。
『ぎゃああああああああああああッ!!』
男の悲鳴が、スマホ越しに漏れた。
アッシュは無言でスマホを耳から少し離す。
「……」
近くにいたルーカスが固まった。
クレアもペンを止める。
「え、アウロラフラムさん……今の、何ですか?」
「ん〜、さぁ」
アッシュは困ったように笑った。
あまり聞きたくない種類の声だった。
少なくとも、警察署内で堂々と聞こえていい音ではない。
ルーカスが青い顔で小声になる。
「まさか、その例の協力者さん……その、向こう側の人に何かされてるとかじゃないですよね?」
アッシュは一瞬だけ考えた。
悲鳴。
グレンの未読。
電話越しに聞こえた、尋常ではない声。
どう答えようかと悩むアッシュ。
けれど、すぐにルーカスは首を横に振る。
「いやいや、アウロラフラムさんに限って、そんな人となんて、それはまずないっすよね……」
「……じゃあ、今の悲鳴は?」
「そこが問題なんじゃね?」
周りのざわつきにアッシュは小さく息を吐き、スマホを耳に戻した。
「えーと……取り込み中?」
『別に。今終わったところだ』
返ってきたグレンの声は、いつも通り淡々としていた。
けれど、その背後ではまだ、男の荒い息と、押し殺しきれない呻き声が続いている。
『も、もう……やめ……ほんとに、もう……っ』
『黙れ』
短い声。
それだけで、電話の向こうの男がひゅっと息を呑んだ。
アッシュは軽く額に手を当てる。
「はぁ……ねぇ、君さ」
『何だ』
「あまりやり過ぎないようにね。一応、僕は警察官だから」
電話の向こうで、グレンが鼻で笑った。
『何の話だ』
「今の悲鳴の話かな」
『映画だ』
「映画」
『音量を間違えた』
「ずいぶん臨場感のある映画だね」
『趣味が悪いんだ』
「君が?」
『作った奴が』
アッシュは苦笑した。
ルーカスが隣で『今のは絶対違う……』という顔をしている。
クレアは聞かなかったことにしようとしているのか、ものすごく真剣に書類へ視線を落としていた。
アッシュは声を落ち着ける。
「まぁ君がそう言うならそれでいいや。で、終わったなら、今、時間あるかい? 少し話をしたいからね」
『今か』
「できれば。リュミエール大市場の件もあるし、君に確認したいことがいくつかある」
向こうで何かが軋んだ。
鎖か、金具か。
その後、男の短い悲鳴がまた聞こえる。
『ひっ、あ、ぁ……ッ!』
グレンは少し黙った。
そして、いつも通りの声で答えた。
『分かった。いつもの場所で待ってろ』
「分かった」
『遅れるな』
「そっちこそ、映画は早めに終わらせてきてね」
『善処する』
「それ、絶対に終わらせない時の言い方だよ」
『切るぞ』
「はいはい。またあとで」
アッシュは通話を切った。
スマホの画面が暗くなる。
署内の一角が、妙に静かだった。
ルーカスが恐る恐る聞く。
「……例の協力者さん、映画見てたんですか?」
「本人はそう言っていたね」
「信じてます?」
「警察官としては、信じていないかな」
「ですよね。悲鳴、リアル過ぎますって」
「でも、友人としては……まあ、あれくらいならいつものことかなって」
「いつものことなんですか?」
ルーカスの声が裏返る。
クレアが小さく息を吐いた。
「ろくな協力者じゃない、という課長の推測は当たっていたんですね」
「けど、頼りにはなるよ」
「そこは否定しないんですね」
「うん」
アッシュは鞄を持つ。
「課長には、外で確認してくると伝えておくよ。ルーカスは市場周辺の相談記録をもう一度時系列で並べて。クレアは注意喚起文、学院向けと保護者向けで少し文面を分けてくれるかな」
「了解です」
「分かりました」
「それと、今の電話のことは」
アッシュは少しだけ笑う。
「聞かなかったことにしてくれると助かるかな」
ルーカスは引きつった顔で頷いた。
「……俺、聞きたくなかったです」
「あはは、僕もそう思う」
アッシュは穏やかな顔のまま、署の出口へ向かった。
ただ、その瑠璃色の瞳の奥には、少しだけ鋭い光が戻っていた。
グレンが電話に出た。
そして、あの状態で会う時間を作ると言った。
つまり、何かしら掴んでいる。
それがいい知らせかどうかは、まだ分からない。
◇ ◇ ◇
アッシュとの通話が切れる。
スマホの画面が暗くなったのを確認してから、グレンはそれを内ポケットへしまった。
薄暗い倉庫の中には、鉄と血の匂いがこびりついている。
床には水が撒かれていた。
赤く濁ったそれが、足元に薄く広がり、靴裏が踏むたびにぬちゃりと嫌な音を立てる。
天井から伸びる太い鎖。
その先に、半裸の男が吊り下げられていた。
両腕は上へ引き上げられ、足先はかろうじて床に触れる程度。
背中には、分厚い石の重しが乗せられている。
男はもう、まともに顔を上げることもできていなかった。
汗で髪は額に張りつき、唇は紫がかり、焦点の合わない目が小刻みに揺れている。
息を吸うたび、喉からひゅう、と細い音が漏れた。
密輸と裏の売買に関わっていた売人。
数日かけてようやく捕まえた、外から流れてきた荷の受け渡し役。
ただし、上の名前は知らない。
組織の全体も知らない。
使い捨てにされるための、トカゲの尻尾。
だからといって、グレンは終わらせなかった。
何も知らない人間でも、見たものはある。
聞いた音がある。
嗅いだ匂いがある。
気づいた違和感がある。
情報だと思っていないだけで、情報は残っている。
そして、何より。
この男は、違和感に気づいていながら運んだ。
中身を知らないふりをして。
自分だけは関係ない顔をして。
金を受け取った。
グレンは椅子に腰を下ろした。
黒いコートは肩に羽織ったまま。
赤いマフラーだけが、薄暗い倉庫の中でやけに鮮やかだった。
黄金色の瞳は、冷えきっている。
怒鳴らない。
荒げない。
だからこそ、余計に怖い。
壁際に控えている部下たちも、誰一人として軽口を叩かなかった。
久々の、ボス直々の尋問。
それも、子どもが関わっているかもしれない案件。
空気が違う。
容赦がない。
普段なら見慣れているはずの者たちでさえ、喉の奥に重いものを飲み込んでいた。
「で」
グレンは静かに言った。
「私の時間も、そろそろ限界なんだが……まだか?」
「も、もう……言った……」
男の声は、ほとんど息だった。
「ぜんぶ……言った……ほんとに、知らねぇ……俺は、ただ……運んだだけで……」
「それは聞いた」
グレンは淡々と返す。
「荷を受け取り、指定された場所へ運び、金を受け取った。上の名前は知らない。端末は使い捨て。指示は暗号化された短文。貴様はただの受け渡し役」
男は必死に頷く。
「そ、そう……そうだ……! だから、もう……」
「だから何だ」
男の唇が止まった。
グレンは少しだけ首を傾げる。
「貴様が尻尾なら、尻尾らしく切られて終わればいいとでも?」
「ひ……」
「だが、尻尾にも神経は残っている」
グレンは机に置かれた写真を一枚取った。
薄暗い搬入口。
大型の箱。
黒い手袋。
わずかに写り込んだ靴の先。
「靴音は聞いた。声も聞いた。箱を持った時の重さも覚えている。相手が立っていた距離も、荷を渡す時に触れた手袋の質も、貴様の身体は覚えている」
「わ、分かんねぇ……ほんとに、分かんねぇんだ……」
「知らないのではない」
グレンの指が、写真の端を軽く叩く。
「情報だと思っていないだけだ」
部下の一人が、ごく小さく息を呑んだ。
グレンは男を見上げる。
「訛りは」
「……っ」
「訛りは」
男は震えたまま答えない。
恐怖で口が動かないのか。
隠しているのか。
グレンは視線だけで部下へ合図した。
背中の重しが、ほんの少しだけ沈む。
「ぎ、ぁ……ッ!」
男の身体が跳ねる。
悲鳴は途中でかすれ、喉の奥で潰れたような音に変わった。
部下の一人が思わず顔を背ける。
グレンはそちらを見ずに言った。
「その声、耳障りだな」
声はひどく冷たかった。
「黙らせておけ」
「……はい、ボス」
部下が男の口元に布を押し当てる。
完全には塞がない。
息はできる。
ただ、声だけが潰れる。
男は布越しに呻き、涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を必死に振った。
しばらく間を置いたあと、グレンはもう一度問う。
「訛りは」
布が外される。
男は泣きながら、絶え絶えに答えた。
「こ、この辺じゃ……なかった……」
「どこだ」
「分か、らねぇ……でも、言葉の……切り方が、変で……こっちの言葉は、喋ってた……でも、時々、音が……引っかかるみたいな……」
「海外か」
「た、たぶん……たぶん、そう……」
男は吊られたまま、壊れたように頷いた。
「そいつら、こっちの連中じゃない……俺も、最初は、ただの密輸だと……でも、途中から、変だって……」
「何が」
「荷が……軽すぎた……」
グレンの瞳が、わずかに細くなる。
「箱の大きさのわりに……軽かった……金属でも、薬でもねぇ……中身が詰まってる感じじゃ……でも、扱いだけは、妙に慎重で……絶対に中を見るなって……」
「見たのか」
「見てねぇ! 本当に、見てねぇ……!」
「なら、なぜ変だと思った」
男の喉が鳴る。
呼吸が荒くなる。
言えば終わる。
言っても終わらない。
そう分かっている顔だった。
「……音が、した」
倉庫の空気が止まった。
「一度だけ……箱の中から、小さい音が……」
グレンの表情は変わらない。
だが、部下たちの背筋がわずかに伸びた。
「声か」
「違う! たぶん、違う! 物がずれた音かもしれねぇし、動物かもしれねぇ! 俺は見てない! 見てないんだ!」
「子どもの声か」
「違うって言ってるだろ! 声じゃ——」
男はそこで、はっと口を閉じた。
グレンは立ち上がる。
ゆっくりと。
その動きだけで、男の顔から血の気が引いた。
「貴様」
声は低かった。
「今、否定するために思い出したな」
「ちが……」
「なら、その荷をどこへ運んだ」
「し、知らねぇ……途中で、引き渡した……旧市場通りの裏手だ……そこから先は、別の車が……!」
「車種」
「黒いバン……いや、濃い灰色だったかも……ナンバーは、見てない……見ようとしたら、後ろの男に睨まれて……」
「時間」
「三日前の夜……日付が、変わる少し前……」
「目印」
「古い看板……もう閉まってる布屋の裏……赤い鳥の絵が、描いてある看板……!」
グレンは視線だけで部下へ合図した。
部下がすぐに記録を取る。
男は荒い息を繰り返しながら、泣きそうな顔でグレンを見る。
「言った……言っただろ……? もう、下ろしてくれ……俺、ほんとに……それ以上は……」
グレンは男を見上げた。
黄金色の瞳には、温度がなかった。
「まだだ」
「なんでだよ……! もう喋っただろ……!」
男の声が裏返る。
喋った。
だから終わる。
だから助かる。
その浅い希望に縋っている顔だった。
グレンは内ポケットから煙草を取り出した。
薄暗い倉庫の中で、ライターの火が一瞬だけ灯る。
煙草の先が赤く染まり、細い煙が上がった。
グレンはゆっくりと煙を吐く。
それから、ひどく静かな声で言った。
「そもそも、貴様は何を勘違いしている」
こつん、と靴音が響く。
グレンが一歩近づいた。
男の身体が、鎖の中でびくりと震える。
「喋ったら解放する。そんなことを、誰が言った?」
「ひ……」
「貴様が運んでいたものが人であれば、同じように箱に詰められた人間はどうなる」
こつん。
また一歩。
「ましてやそれが小さな子だ。その子はどうなる」
男の呼吸が乱れる。
グレンは煙草を指に挟んだまま、顔色ひとつ変えない。
「素直に言うことを聞いたら、帰れるのか。怖い相手に逆らわなければ、助かるのか。黙って運ばれれば、誰かが見逃してくれるのか」
グレンの声が、さらに低くなる。
「……違うだろう」
次の瞬間。
グレンの腕が振り下ろされた。
がん、と鈍い音が倉庫に響く。
男の背中に乗せられた重しが、さらに沈んだ。
「——っ、ぁ、あああああッ!!」
潰れた悲鳴が漏れる。
部下の一人が、本気で顔を引きつらせた。
だが、誰も止めない。
止められない。
今のグレンの目を見れば、分かる。
これは怒りではない。
裁きですらない。
ただ、目の前の下劣な男から、必要なものを最後の一滴まで絞り出すための作業だった。
グレンは男の耳元へ、ゆっくり身を屈める。
「貴様が欲しがっているものは、許しではない」
煙草の煙が、男の頬をかすめた。
「逃げ道だ」
男は涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に首を振る。
「ち、違……俺は、俺はただ……!」
「ただ金が欲しかった。だから見なかったことにした。音がしても、変だと思っても、箱の中を確かめなかった。自分さえ無事ならいいと思った」
グレンの瞳が、ぎらりと光る。
「そういう下劣な命に、私が何を払うと思う?」
男の唇が震える。
声はもう出ない。
グレンは淡々と続けた。
「理解できないなら、理解しなくていい」
そして、吐き捨てるように言う。
「その命で償えるだけの情報を絞り出せ」
倉庫の空気が凍る。
「言っただろ。貴様が運んだもの。見た人間。聞いた声。嗅いだ匂い。触れた箱の重さ。靴音。車の揺れ。引き渡した場所。渡した相手の息遣い。それらは情報になる」
グレンは煙草を灰皿へ押しつけた。
じゅ、と小さな音がする。
「全部吐け」
男はがくがくと震えた。
グレンは最後に、ほんの少しだけ口元を歪める。
笑みではない。
もっと冷たいものだった。
「そうすれば、死ぬその瞬間だけは楽にしてやる」
「……っ」
男の目から、最後の希望が抜け落ちた。
喋れば助かる。
そんな逃げ道は、最初からなかった。
助かるかどうかではない。
どれだけ吐けるか。
どれだけ役に立てるか。
どれだけ、己が見て見ぬふりをしたものに対して、最後に支払えるか。
グレンはもう一度、男を見下ろす。
「さて」
声は静かだった。
「次は、車の中で聞いた音からだ」
男はしばらく声にならない息を漏らしていた。
やがて、壊れたように口を開く。
「……音……車の、中で……箱が、揺れて……っ、でも……声じゃ、なくて……たぶん……手、か……足が……当たった、みたいな……」
部下の一人が、記録する手を止めかけた。
顔色が悪い。
グレンは見向きもしない。
「続けろ」
「一回だけ……小さく、鳴った……声、みたいな……口、塞がれてたみたいな……っ、でも、俺は、見てない……見てないんだ……!」
「引き渡しの時、誰かが箱を確認したか」
「した……黒い手袋の男が……箱を叩いた……二回……それで、中から……また、音が……」
「合図か」
「分からねぇ……けど、そいつ……笑ってた……」
男の声が震える。
「気持ち悪い笑い方だった……まるで、中身が何か知ってて……楽しんでるみたいな……」
倉庫内に、低い沈黙が落ちた。
部下たちの顔にも、はっきりと嫌悪が浮かぶ。
グレンは、静かに男を見つめた。
「特徴」
「顔は……見てない……でも、右手に……指輪……黒い石みたいな……あと、靴音が……硬かった。金属が入ってるみたいな音で……歩くたび、カツ、って……」
「声」
「低い……加工されてたかもしれない。でも……一言だけ……」
男は涙を流しながら、かすれた声で続けた。
「『商品は無事か』って……」
その瞬間。
グレンの黄金色の瞳が、完全に冷えた。
部下たちが、誰からともなく息を潜める。
グレンは男へ背を向けた。
「下ろせ」
「はい」
「死なれると困る。医者を呼べ。喋れる状態に戻したら、もう一度聞く」
部下の一人が、思わず声を漏らした。
「……まだ聞くんですか」
その瞬間、倉庫の空気が凍った。
グレンがゆっくりと振り向く。
部下の顔が強張る。
「何か問題があるか」
「……いえ」
「こいつはまだ、思い出していない」
男が床へ下ろされながら、震えた。
「もう……もう、やめてくれ……」
グレンは男を見ない。
興味がないように、視線を外す。
「自分が運んだものの重さを、まだ理解していない」
部下たちはそれ以上何も言わなかった。
男が鎖から下ろされ、床に崩れ落ちる。
かすれた呻き声が漏れた。
グレンは内ポケットからスマホを取り出し、部下に命じる。
「ナギへ繋げ」
「はい」
「旧市場通りの赤い鳥の看板を探せ。三日前の夜、日付が変わる前後の映像を全部洗え」
「了解です」
「リュミエール大市場周辺も、同型のバンを拾え。黒、濃灰色、ナンバー不明。見つからなくても構わん。消え方を見ろ」
「はい」
「それと追加で黒い石の指輪をした人物。外の人間の出入り。該当しそうな売買記録を全部出せ」
「了解しました」
グレンは黒いコートを整える。
リュミエール大市場。
旧市場通り。
赤い鳥の看板。
外の訛り。
軽すぎる荷。
箱の中の音。
黒い石の指輪。
金属音のする靴。
加工された声。
商品。
繋がった、とはまだ言えない。
けれど、点の置き方が気に入らない。
「これから出る」
「どちらへ」
「黒猫と会う」
部下が少しだけ目を伏せた。
「今からですか」
「ああ」
グレンは倉庫の出口へ向かう。
背後では、売人が床の上で震えている。
助かったわけではないと分かっているのだろう。
グレンは振り返らない。
扉が開く。
外の光が差し込んだ。
黄金色の瞳は、まだ冷えたままだった。




