噛み付いた理由
敷地に出ると、俺は小さくため息をついた。
舞と黎は未だに鬼ごっこしている。というよりも、黎は舞をからかって遊んでるが、舞は本気で怒ってるようだ。
目が怖い。
里桜は、他の妖達と仲良く話している。俺に気付いたのか、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「透和様!!」
「里桜。これから、少し出掛けてくるけど、すぐに帰ってくるから、待っててな」
里桜の頭をくしゃっと撫でると、彼女は不機嫌に頬を膨らませた。
「私も……行ってはダメですか?」
「ダメじゃないけど……退屈だと思う」
「構いません! 私も行きます!!」
チラッと花見の準備をしている妖達を見ると、皆手を振っていた。
まるで「行ってらっしゃい」と言っているように。
「わかった。そのかわり、大人しくしとくんだぞ」
里桜は目をキラキラさせて、頷いた。
◇
骸から、フィギュアの特徴……というか、なんのアニメでどんなキャラなのかを聞いてメモしといて良かったと思う。
俺、アニメとか見ない方だし、人気なんだって言われても、正直よく分からない。
店員に特徴を話したら、教えてくれた。
フィギュアを買って、戻る途中で、里桜が足を止めていることに気づいた。
「里桜? 何やってんだ。早く行くぞ」
声をかけても里桜は返事をしない。俺の方を向かずに、横を向いたまま動かなかった。
首を傾げて、彼女の視線の先を追う。
視線の先は、動物病院だった。
「……あぁ」
小さく息を吐く。ここは、俺たちにとっては少しだけ、思い入れがある場所だった。
「懐かしいな。ここ」
「はい」
「俺が弱ってる子猫を見つけて動物病院まで運んだんだよな」
弱ってる子猫は、俺が飼うことになる子猫。その当時は、アパートがペット禁止だったから、里親探して引き取って貰ったんだよな。
その後から、逃げ出したかと思ったら、傷だらけでまたこの動物病院に運ばれて、飼い主に噛み付いて捨てられて……施設に預けられて、たまたま散歩にきた公園でイベント開催中に見つけたんだよな。
丁度、アパート契約が切れるから、そのタイミングでペット可のアパートに引っ越して、俺が育てることになった。
──ただ、気になることがある。
「……なぁ、里桜はどう思ってたんだ」
「何がですか?」
「里親、だよ。噛み付いたんだろ?」
「私が猫だった頃、言葉が通じないのもあり、自分の都合のいいように解釈されてました。「にゃー」と鳴けば可愛い。癒されるって……私の気持ちをまるで理解してくれない。分かろうとしてくれなかったんです」
「それで、イラついて噛み付いたと?」
「違いますよ」
里桜は俺を見上げ、じっと見た。
「いえ、違くはないのかもしれませんね。最初に拾われた時から透和様と過ごしたいと思ったんですから」
「それは、ごめん。気付かなかった」
「気付かなくて当然です。だって、言葉が通じませんから……だから、私は噛み付いたんです。わかってほしかったから。悪あがきだったんです」
里桜は自分の腕をぎゅっと抱きしめ、目を伏せた。
「甘噛みだったんです。でも、それがいけなかったんでしょうね」
俺は、小さく息を吐いた。あの時、里親に出したのは、俺の住んでるアパートがペット禁止だったのもある。
何よりも「俺よりも幸せにしてくれる」だろうと思ったんだ。話した時は、ちゃんとしていたし、変なところなんてなかったら。
結果として、里桜を傷つけていた。
「里桜は、今俺と過ごしててどうなんだ?」
「どう、と……言いますと?」
「ほら、色々あるだろ? 楽しいか。退屈じゃないか、迷惑じゃないか」
里桜は少し驚いて俺を見た。
「楽しいですよ。でも、わかってるんです」
「何を?」
「透和様は、私のことを『可哀想だから』助けてくれただけだって。本当は、私なんか要らないんじゃないかって」
里桜は、自分の指を握った。
「里親のところでも同じでした。鳴いても、甘えても私の気持ちは届かないんです。ただ、『可愛い』か『めんどくさい』か、どっちかしか見てもらえませんでした」
里桜の声は段々と弱々しく震えていく。
「……『噛み付く子は育てられない』って言われ『大人しい子かと思って引き取ったのに、最初から飼うんじゃなかった』と吐き捨てるようにも言われ、捨てられました」
俺は、その言葉を知っていた。病院内で言われ、それを獣医が聞いていたんだから。
里桜を引き取ったのは、たまたまだったんだ。
里親に捨てられて、施設に入れられて……その後、イベントでまた里桜に会ってなければ……引き取ろうと決心なんてしなかった。
今も、里親と仲良く暮らしているんだろうと勝手に思っていただろう。
里桜はゆっくりと息を吐いた。
「私は、今も……同じことが怖いんです。迷惑をかけすぎて、また『要らない』って思われるのが。だから、迷惑でもいいから、傍にいさせてください。猫だった頃は、それすらも言えなかった……」
猫を飼っていて、思ったのは、言葉が通じなくても仕草や表情でなんとなくわかってくるものだ。
相手を、どう見るか、どう思うかで……多分変わってくる。
俺は、里桜の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「な、なんですか!?」
「言えなくて当然だ。一緒にいたいって思うのは、俺も同じだ。楽しいんだよ。とっても……迷惑がなんだよ。迷惑かけてこその里桜じゃないか」
俺は里桜を抱き上げた。
「わっ!? と、透和様? いいんですか?」
「何が?」
「だって、私の姿は他の人には見られないから、不審がられてしまいます」
俺は、構わず歩き出した。
「良いんだよ。里桜を抱き上げて歩きたい気分なの、俺は」
「え……でも……」
里桜はまだ少し困った顔をしていたが、小さく息を吐いた。
俺の首に腕を回してきた。
「……嬉しい」
声は小さかった。でも、はっきりと聞こえた。
普段から周りを気にしている俺が突然そんな行動に出たことに驚いていたが、離れることはしなかった。




