あの子? ……どの子?
お菓子を買い込んで舞のアパートの敷地内に入ると、廃墟のはずの建物に色が戻ったように景色が変わっていた。
何回も経験しているが、変な感じがする。最初来た時は、暗かったから、ここが廃墟だったって気付かなかったしなぁ。
──黎が言っていたのは、これか。思ってたよりもしっかりしてるな。
敷地内を見回していると、大きな桜の木が目に入った。
その桜の木を妖達は取り囲んでいる。
レジャーシートの上にお酒やら料理を並べて、今から宴でもするのかと思わせられるほどだ。
妖達に指示をしている舞は、俺達に気付いて近寄ってきた。
「…………」
眉間に皺を寄せてくるものだから、怒られるのかと思い、身構えていたら瓶ビールを渡された。
「ん」
「???」
「何? いらないの?」
「貰っていいのか?」
俺が受け取ろうか迷っていたら、黎が俺の頭から身を乗り出して瓶ビールに触れようと手を伸ばすと、舞に手を弾かれていた。
里桜は、桜の木の下にいる妖達と楽しそうに話している。
「はぁ……そうだ。あんた、暇でしょ。管理人呼んできてよ。一階の突き当たりの部屋にいるはずよ」
黎の手を叩いた舞は、俺を見るなり、呆れたようにため息をついた。
その目は『飼い主なら、ちゃんと躾なさいよ』とでも言っているようだった。
舞に手を叩かれた黎は頬を膨らませて、俺の頭から飛び降り、瓶ビールをしっぽで器用に奪うと、そのまま走っていく。
「あっ!? ちょっ……待ちなさいよ!! あんたにはあげてないんだから!」
舞は黎の後を追ってしまい、取り残された俺は、息を吐く。
困ったように頭を搔く。
ーー舞にも、聞きたいことはあったんだけど、また今度にしようか。
◇◇◇
舞が言っていた、一階の突き当たり。
一体、どんな妖がいるのか……少しだけ不安がある。
紬みたいに穏やかさがあれば良いのだが、碧生のように人をおもちゃ扱いするような感じだったら……。
いや、もしそうだったら、舞が黙ってない。
大きく深呼吸してから、チャイムを鳴らす。
…………
………………
……………………???
あれ?
もう一度、チャイムを鳴らす。
何も無い。無反応だ。留守か?
仕方ない。舞に報告しとくか。
後ろを向くと、ガチャっと音が聞こえ、振り向いた。
扉が少しだけ開いたかと思ったが、次の瞬間ーー。
骨の手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。
その手は、肉はついていない。骨だけだった。
「んなっ!?」
叫ぼうとしたが、その前に強引に引っ張られ、部屋の中に引きずり込まれた。
つまずいた俺は、前のめりに倒れ込んだ。
「ムッフー! 人間だ。しかも男だぁ。待っていたんだよぉ。キミを」
「いったた……」
起き上がって、前を向くと、しましま模様のワイシャツと、ジーパン。黒縁メガネと緑色のバンダナを頭に巻いていて、鼻周りのそばかすが目立っている。
ぽっちゃりしている男は、俺と視線を合わせると、僅かに瞳が揺れた。
「お願いがあるんだ!」
その男は、膝をついて、頭を擦り付けた。
「お願い? いや、俺は……花見をするから呼びに来ただけで」
「実は、限定フィギュアが欲しいんだ!! そこでだ。僕は、人には視えない。フィギュアが買えないんだ!! こんな惨いことはあってはならないだろう」
俺の話を一切聞かずに勝手に話を進めてくる。
顔を上げ、グイッと顔を近付けられる。驚いた俺は、後ずさる。
男は、鼻息を荒くした。
「限定の、あの子だよ!! わかる? あの子の事!」
「いや、分からな……」
あの子? ……どの子?
「ほら、指先とか髪の毛の流れとかすごく繊細なんだよ!! 特に今回のは表情がいい。口元のちょっとした開き具合と、目のハイライトの位置が絶妙なんだぁ」
「え、ちょっと待って……」
「スカートの内側のシワもちゃんと表現されてるんだ!布が重なってる感じがまた……」
分からない。全く分からない。
これは……オタク男子だ。フィギュアに興味ないから、そういうの言われてもさっぱりだ。
一方的に話していて、俺の話、聞かないし。困ったなぁ。
部屋の中を見ても、オタク感がある。
カーテンは半分しか開いてなく、室内は薄暗い。
壁には、アニメのポスターが貼られ、フィギュアは透明ケースに入れられている。
特に気に入っているであろうフィギュアの一体だけが、机の正面に置かれていた。
パソコンで、さっきまで何やら検索していたのだろう。
画面がついている。
俺が部屋内を見ていたら、視線に気付いたか、男は嬉しそうな顔になって、机に置いてあるフィギュアを持ち上げて、俺の前まで来て、説明した。
「もしかして、わかるのか? そうなんだろ!!! 右腕の角度が絶妙なんだぁ。指の第二関節のシワもちゃんと入っててさぁ。素晴らしいんだ」
男はムッフーと鼻息を荒くして、フィギュアに頬擦りした。
俺は、見てはいけないものを見てしまった気がして、目を逸らした。
部屋を見てたのは、そういう意味じゃなくて、物珍しかったからなんだよなぁと思ったけど、口には出さないようにしとこう。
「その……視えないのに、よく集めたよな」
「ん? ああ、これか。かくりよで人間の物を扱う店で買ってるんだ」
「人間の……物」
紬を見ていて思ったけど、昔に嫌なことがあっても、好きな物は好きとはっきりしている点から、そういう店もあっても不思議じゃない。
「今回欲しいのは、人間の店舗限定だから、頼んでるんだ」
「……フィギュア買ってきたら、花見に参加するのか?」
「花見? ああ、もうそんな時期かぁ。あれ、もしかしてここに来たのは、フィギュアの話をしたいからじゃないのか?」
「違う。舞から呼んでくるように頼まれたんだよ」
「そういうことかぁ! それなら早く言ってくれよ」
いや、言ったんだけど、聞く耳持ってくれなかったじゃねぇか。
それにしても、俺を引っ張った手は、骨だった。それなのに、この男の手は、骨じゃない。
「さっきの……俺を引っ張った手は骨だった気がするんだが」
「んぁ? ああ、あれは本当の手だ。普段は隠してるけどな。そういえば自己紹介がまだだった。俺は、このアパートの管理人。がしゃどくろの骸という。好きに呼んでくれ」
がしゃどくろ……。それなら、納得だな。
「俺は、橘 透和だ」
俺は、手を伸ばすと、骸は照れくさそうにその手を握る。
握手、普通にされた……意外と礼儀正しい、のか?




