今は、苦手だ。
雪が溶け、寒かった気温が少しだけ上がる。
俺は、カレンダーを見て、小さくため息をついた。
四月……。春の季節だ。
春は、嫌なことを思い出す。
「もう春なんですねぇ!! お花見したいです!」
「花見って……ダメだ」
「えぇ……なんでですかぁ!?」
「人が多い中、お前らと一緒にいたら、不審者扱いされるだろ。妖は普通の人には見えないんだから」
「むぅ……」
俺の気持ちを知らずに、里桜は花見に行きたいと言い出した。
去年の春は、行く暇なんて無かった。
──そうか。里桜が座敷わらしとして来てからもう一年になるのか。
長いようで短い。
俺は、頬を膨らませて拗ねている里桜の頭を優しく撫でる。
「外での花見は無理だけど、家で花見っぽいことはするか?」
「え!? 良いんですか??」
「良いよ。折角だしな」
俺の提案に目を輝かせて「やったー」と大喜びしている里桜を見て、微笑ましい気持ちになった。
黎が俺の肩に乗ってきた。
「外の花見なら出来るぞ。妖がいるアパートの敷地に桜の木が植えられているからな。毎年、アパートの住人で集まって花見してるんだ。混ぜてもらおう」
「良いのか?」
「おう! きっと快く迎えてくれる。管理人は、ちょっと変わり者だけど、優しい妖だしな」
「ということは……外での花見出来るんです?」
「そうみたいだ。一応舞に連絡しとくか」
俺が会ってきた妖は大体変わり者だった気がするけど、そこは黙っておくことにした。
里桜も黎も楽しそうだから良かった。
俺は、二人の笑顔を見ながら、目を伏せた。
春の訪れが胸の奥を締め付ける。
「楽しんでるところ悪いが」
自分でも、さっきまでの声より少し低いのがわかった。
「付き合ってほしい場所があるんだけど、いいか?」
里桜と黎はお互いに顔を見合せた後、俺を見て、頷いた。
俺はほっと息を吐いた。
◇◇◇
俺は、里桜と黎を連れて昔住んでたアパートの前にいた。
外壁を見上げた里桜が、懐かしそうに目を細めた。
「このアパート……」
「昔、飼っていた猫と一緒に暮らしていたアパート。工事して火事の痕跡はないけど、毎年春になると、来たくなるんだ」
愛猫と暮らしていたアパート。座敷わらしの里桜の転生前の姿。
「私、ここにいますよ?」
里桜は心配そうに俺を見上げてきた。
「ああ。そうだな」
俺は見上げてくる里桜の頭に手を置いた。
「ここにいるのは、知ってるよ」
一瞬、里桜が愛猫と重なった。
いるんだ、ここに。座敷わらしとして……。
「……いるよな」
俺は、小さく呟いてから、言い直した。
「今は、里桜がここにいる。それだけで十分だ」
里桜と俺の会話を聞いていた黎が首を傾げて、聞いてきた。
「里桜と関係あるのか?」
「ああ、そうか。黎には言ってなかったよな。里桜は俺が飼っていた猫の生まれ変わりなんだよ」
「猫?」
黎は里桜の頭に飛び乗った。
「なら、里桜が一緒で正解だな」
里桜が小さく笑った。
携帯の通知が鳴ったので、何気なく見ると、舞からだった。
『花見するなら、甘い物を持ってきなさいよ』
俺は、クスッと笑った。
アパートから目を離して、二人に背を向ける。
「……帰るぞ。それから、ちょっと寄るところがあるからな」
春が嫌い。それは、過去の話。
今は、苦手だ。
そう思うのは、多分……。
ひとりで飲み込まなくていい、とわかったからかもしれない。




