俺が出来るのはこのぐらいだから
加藤さんが荷物を持ったのを見て、俺は自然と外に出ていた。最寄り駅まで送る。
俺のことが心配でついてきてくれたんだ。
それなのに、何もしてあげられなかったから、せめてこのぐらいはしたい。荷物も持とうとしたけど、断られてしまった。
荷物を持った加藤さんの後ろから、里桜と黎が眠たそうについてきた。
道の途中、加藤さんは申し訳なさそうに何度も「ここまでで大丈夫ですから」と言ってきたが、俺は「もう少しだから」とだけ返した。
改札の前で加藤さんが心配そうに言った。
「しばらく休みを取った方がいいですよ。精神的にも……肉体的にも……」
俺は頷くしかなかった。『大丈夫』と言えば余計に心配される。
「……本当に、ここまで送らなくても良かったのに」
「いや、俺が出来るのはこのぐらいだから」
加藤さんは小さく頭を下げ、改札の向こうへと消えていく。
俺は駅前で、やっと息をついた。
しばらくと言われても、一日あれば十分だと思っている。
もう傷も痛みも引いているのだから。
心配性というか、なんというか……。
家路を歩き出すと、昨夜の事がふと蘇る。
加藤さんは昨夜は泊まった。勿論、母さんと父さんの寝室に寝てもらった。なので、父さんが俺の寝室に転がり込んできた。
久しぶりに夜遅くまで二人でゲームしていた。
プレイしていたのがホラーゲームだったから、ある意味良かったのかもしれない。
「……今、無邪気にはしゃぐ足音が聞こえなかったか?」
「気のせいだろ」
「いや、あった。子供みたいな足音だった!」
あった。里桜だ。部屋の端から端まで、慌てたように走り回っている。
「うぉっ!? 重い!! なんだこれ?? 俺の頭どうなってる??」
父さんの頭の上がへこんだ。
黎だ。よじ登っている。しかも得意げに尻尾を振っている。
「今度は、肩が重い!? 怪奇現象か??」
「違う。それは思い込みだ」
黎が今度は肩に飛び乗っている。
父さんはコントローラーを握り直して、画面に向かって言った。
「なるほどな。没入感か。最近のゲームはすごいな」
違うんだ、父さん。すごいのはゲームじゃない。家にいる里桜と黎なんだ。
里桜は画面を睨んだまま、青ざめて立ち尽くしたり、また走り出したりを繰り返している。何かを追い払うような手つきまでしている。
黎は父さんの頭を拠点にしていた。父さんはその度に反応する。
「頭が重い」
「足音がする」
「今、後ろから人の気配がしただろ」
「コントローラーが勝手に動いた」
全部本当だ。
俺はヒヤヒヤしながらも、ついつい笑ってしまいそうになる。
視える側からしたら、ただ子供と小動物がはしゃいでいただけだ。
視えない側からしたら、深夜にホラーゲームをプレイしている最中、本物の怪奇現象が起きているように感じてしまう。
「……このゲーム、当たりだな。怖すぎる」
父さんは呟いた。
違う。ゲームは普通だ。家が普通じゃないんだ。
それでも父さんは満足そうだった。俺は「そんなこともあるかもな」と、頷くしかなかった。
否定したらしたで面倒そうだったからな。
「あ、あの……透和様」
家へ向かう道の途中で、里桜が小さな声で俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
「き、昨日は……透和様を守ろうとしたんですけど……こ、怖くてぇ」
なるほど。あれは見回りだったのか。ゾンビを本物だと思ったらしい。
「気持ちはありがたいんだけど、でもあれはゲームだ。まぁ、リアルだったから怖かったよな」
「はいぃ……すみません」
俺は里桜を見下ろして、優しく頭を撫でた。里桜は涙を流して謝ってくる。
悪気がないのはわかってる。そして、善意が空回るのもいつもの事だ。
「透和の言う通りだ! 結構リアルだったから、俺様も怖かったぜ!」
「いや、お前はもう少し反省しろよ」
俺の頭に乗っている黎が開き直ったように言うので、思わずツッコんでしまった。
全く……こいつらといると飽きないし、うじうじしている余裕がなくなる。
困ったものだ。
フッと笑った。
「おや、透和くんじゃないか? 久しぶりだねぇ」
懐かしい声に立ち止まった。ゆっくりとこっちに歩いてくるのは隣人のおばさんだった。
「お久しぶりですね。元気そうでなによりです」
ニコッと微笑むと、おばさんも笑う。
昨日、武器を向けてきた人と同じ顔。でも違うのは敵意ではなく好感だ。愛嬌の良い笑顔を俺に向けてくる。
何も無かったみたいに。
それで良かったと思う。何も知らない、忘れてしまった方が楽だ。
俺は手を振って別れた。里桜が俺の袖を小さく掴んでいる。
黎は黙って、おばさんの背中を見ていた。
頬に、ひんやりとしたものが触れた。
空を見上げると、いつの間にか雪が舞い始めていた。
「雪だ……」
俺は思わず声を漏らした。
「きれいですね! 透和様」
里桜も空を見ている。黎だけが、まだおばさんのいなくなった方を見ていた。




