ああいう終わり方はさせない。
「優しいのね」という一言が、少し引っかかった。
殺すと決まっているのに、あの妖はただ遊びたかっただけなのかもしれないのに。という考えが残ってる。
それを優しいという一言で片付けても良いものなのか……?
でも、放置は出来ない。拘束はいつまで持つか分からないし、また誰かを操ったらと考えると、いても立っていられない。
「俺も、一緒に行ってもいいか」
「危険よ。今度こそ、死ぬかもしれないじゃない」
「奴が狙ってるのは、俺だろ……だったら、囮になる」
「その体で?」
「死なない!! 絶対に邪魔はしないから。はるとの薬が効いてきたみたいでさ、なんとか動ける」
はるとの薬が効いてきたのか、背中の痛みが鈍い疼きに変わっていた。大丈夫だ、歩ける。
走れるほどじゃないが、外までは出られる。万能過ぎて、逆に怖いが。
「それに、紬は強いだろ。俺に何かある前に……なんとかしてくれるだろ?」
紬は困った顔になったが、俺の真剣な表情を見て、固まった後、ため息をついた。
「期待されるのは苦手なんだけどなぁ」
その顔は困ったというよりもちょっとだけ嬉しそうな顔だった。
「大丈夫です! 私もついてますので!! 透和様を守りします!」
里桜が胸を叩いて、意気込んでいる。
碧生はもう行く気満々で、もう窓の外を見ている。
外に出て、拘束している妖の近くまで来た。
加藤さんは、家に残している。紬が加藤さんのことを気になってしまって戦闘どころではないと思ったからだ。
里桜は小さな手で俺の手を心配そうに握る。
黎も俺の肩に乗ってゆらゆらと尻尾を揺らしていた。
前には、碧生と紬がいる。
妖は、岩に縛られながらも暴れている。ビシッとヒビが入る。
「岩が破られる!!」
拘束が解かれた瞬間、舌が弾けるように伸びた。刺さっていたナイフが弾き飛ばされ、地面に転がる。
自由になった舌は、碧生の喉を狙っていた。
「うぜぇ」
碧生は軽く舌打ちして、顔を僅かに逸らすと、鉤爪で舌を掴んだ。
掴んだだけでは止まらない。舌の表面に並んだ刃が、碧生の掌を浅く裂く。
血が垂れる。
「……っ。クソ野郎が」
掴んだまま、横に振り切る。
舌が引きちぎれるような音を立てて伸び、妖の体が地面を削って引きずられた。
それでも、その妖は口が笑っている。目も鼻もないのに、とても楽しそうだった。
「態度と言葉遣いが全然違うんだよなぁ」
「口の悪さはいつものことですよ。でも、私の言う事はなんでも聞くんです」
俺の呟きに里桜は小さく笑った。
戦闘の最中だというのに、その声だけは落ち着いている。
──そうか。いつもの事か。
里桜にだけ、忠誠を誓ってるって感じか?
二本目の舌が、今度は紬の足下を狙う。地面を削り、石を弾く。
「動きを止めるわ」
紬が指先を下ろした瞬間、足元から白い霜が走る。
舌が凍り、表面の刃がカチッと、音を立てて止まる。
それでも妖は止まらない。凍った舌を自ら引きちぎり、残った根元からまた伸ばす。
新しい舌は、先が三又だった。
その一本が俺目掛けて伸びてきた。結構な距離があるはずなので舌は届くことはないと思っていた。
でも、俺の予想を超えていた。その舌が伸びてきたのだ。ろくろ首のように。
まずい。いくらはるとの薬で動けるようになったからといって、走ることは出来ない。
ぎゅっと里桜の手を強く握った。
「透和様には触れさせません!」
里桜が一歩前に出ると、黎が里桜の頭に飛び乗った。
里桜は両手を広げると、黎がしっぽを前に構える。
パシィィィンッ。
舌が弾かれた。
弾き方が強い。強すぎた。
舌だけじゃなく、足元の石まで一緒に弾いて、破片が俺の頬をかすめる。
「──っ!! ごめんなさい!!!」
消えてはいない。弾かれた舌は空中でうねり、すぐに向きを変える。先が地面を削り、石を弾いて、またこちらへ来る。
その隙に、別の一本が横から滑り込んでいた。
「──っ!」
里桜が歯を食いしばり、もう一度両手を押し出す。
黎のしっぽが光る。
光ったのは前だけだった。横からの舌に、しっぽがほんの一瞬遅れる。
里桜が慌てて向きを変えた拍子に、黎が頭の上でズレた。
辛うじて受け止める。弾き返す力は、さっきよりも弱い。
「俺様は妖力は低いけど、防御にはちょっと自信あるんだぜ!」
「今、ズレましたよね……。私の妖力を少しわけてるだけなんですから、勝手に力を入れないでください。今は防御を持たせるので精一杯なんですから」
「悪ぃって! 透和にかっこいい所を見せようとしただけだろ」
里桜は返事をせず、頬を膨らませたまま前を向いている。腕が、細かく震えている。
二人とも力が入りすぎている。守りたい気持ちが先に出て、配分が雑になっているんだ。
「おい。ちっこいの。お前は、そのまま防御しとけよ。余計なことはすんな」
碧生は黎をちらりと見て、すぐに里桜の方へ顔を向けた。
「里桜様はそのままで。防御はお任せします。すぐに終わらせますんで!」
そう言って踏み込み、拳を振り下ろす。
口は相変わらず悪い。なのに、里桜がいると、ちゃんと優先順位が変わる。
鉤爪が光に反射する。
その直前、妖は目がないはずなのに、見た。俺だけじゃない。里桜や黎にもだ。
──あそ、ぼぅ?
鉤爪が、首から肩へ走った。
次が胸。その次が腹へ……。
斬り方は、雑に見えて、急所を潰していた。
バラバラっと破片が周囲に落ちる。血は固まっていて、飛び散ることはなかった。
あの妖は、最後まで遊びたかったんだ。それがどんなに残酷で、人間には拷問にしか感じられなくても。
──妖になるって、そういうことなんだな。
人としての常識が無くなって、妖基準にしか考えられなくなる。いや、妖になったからこそ、ほんの少しのかすり傷でも鈍くなっていたのだろう。
「透和様……」
「あ、ああ、大丈夫だ。心配するな」
「私は、あの妖みたいにはなりませんよ? なりませんからね」
「俺様も! 自我を失ったりしないぜ」
俺が暗い顔をしているせいで、二人が気を使ってくれた。
「うん。知ってるよ」
知ってる。だからこそ、だ。
あの妖を殺したのは正しかった。
ああいう終わり方はさせない。
「……私は透和様を、妖にさせない為に来たのもありますので」
◇◇◇
【紬視点】
透和と里桜や黎のやり取りを聞いていた私は、微笑んだ。
碧生ちゃんは嫌そうな顔をして舌打ちした。
「チッ。気持ち悪ぃ。人間と仲良くして」
「あら、良いじゃない。あの子たちが望んでるんだから」
「だからだよ。人間と妖の寿命は違うんだ。どうせすぐに人間は死ぬ。仲良くしたってあっという間なんだよ」
「心配?」
「なんでそうなるんだよ。俺はただ……」
碧生ちゃんは顔を赤くして狼狽えている。
可愛い。これだから、碧生ちゃんはからかいがいがあるのよね。
私は、クスクス笑った後、今度は本音で言った。
「ええ。碧生ちゃんの言う通りね。寿命は違う。透和も、里桜も、黎も、その差からは逃げられないわ」
「……だからといって、人間に優しくても酷なだけだ。人の良い顔をして近づいて、最後は裏切りやがる。人を好きになっても、残るのは妖だけだろうが」
「そうかしら? 私はそうは思わないわ。昔、人に優しくされたことがあるの。嫌なところも沢山見た。でも……どうしてかその優しさが頭から離れないの。これって執着なのかしら」
「……俺が知るかよ」
「消えないものは、消えないものよね。あの子たちは、きっとその優しさが好きなのよ。好きだから、一緒に生きていく道を選んでいる。望んだ以上、終わりが来ても、途中を空にはできない」
碧生ちゃんは黙った。否定はしなかった。
楽な道を選ぶのは簡単なこと。でも、それをあの子たちは選ばなかった。
それだけの事よ。
「透和」
名前を呼ぶと、透和はビクッと肩を震わせて、私を見た。
「私達はもう帰るわ。操られていた人達は元に戻ってるはずよ」
「本当か!?」
「えぇ」
私は透和と里桜、黎に手を振って碧生ちゃんの元に駆け寄った。
辺りが濃い霧に包まれ、建物全体が見えなくなった。
霧が晴れてくると、かくりよにいた。




