数珠の持ち主
加藤さんがリビングを出て、空気が変わった。
部屋中がひんやり……いや、それ以上に冷たい。
暖房をつけているというのに、全く効果はない。
冷えすぎて、リビングが氷漬けになってるぐらいだ。
あまりにも寒くてソファから立ち上がり、自分の体を抱きしめた。
里桜も黎も同じだったようでブルブルと震えている。
碧生は何事もないように平然としていた。強い……。
「紬、寒い」
冷気の原因である紬に言うと、はっとしたような顔になる。
「あら……ごめんなさい」
紬は恥ずかしそうに頬に手を添えると、力を抑えたのか、リビング内が徐々に気温が上がっていく。
「加藤さんは、悪気はないんだ。ただ……なんというか」
「わかっているわ。人に悪意を向けられるのが……苦手なだけなの」
ふふっと笑っていたが、その目は少し寂しそうに見えた。
「さて、あの妖の話もしないとならないわね。それは碧生ちゃんが調べてたはずなんだけど……」
「……なんで俺が」
「? 話してください。もう少しで透和様が死ぬところでしたし」
碧生は舌打ちして嫌そうな顔をすると、里桜が彼を見たら、ビシッと姿勢を正した。
その顔からは大量な冷や汗が流れていた。
あんなにも荒々しい性格なのに、里桜の言葉には素直に聞くって……よっぽどなことがあったに違いない。
「あの妖は、元は人間だ。魚みたいな妖に変えられた。最初は自我もあったんだろうが、今は怪しい。人間を操って遊んでた。人間だった頃の欲がそのまま残っているんだろう」
遊ぶ……そうだ。あの妖はずっと遊ぼうと言っていたんだ。
「なんで俺を」
「妖が視える奴は少ない。嬉しかったんだろ。その感情が暴走してるんだろう」
俺は息を飲む。
碧生は俺を見たあと、深いため息をつく。
「ただ、強引に妖にさせられた人間の多くは、本能には逆らえない」
「本能?」
「霊力のある人間を喰いたくなるんだ。自分の力の一部にしようとする」
「で、でも、俺は霊力なんて……」
「視える時点で十分だ。しかも今は、前よりも強いんだろう。お前の大事なものを餌にしてまで誘き寄せるんだからな」
「──っ」
「私達はね、妖に変えられた人間の確保。元凶の退治に来たの。まぁ、逃げられちゃったけど」
「確保して、元に戻るのか?」
「……今、はるとが元に戻せる薬を作ってるわ」
「そっか。さっきみたいに、碧生の力でなんとかならないのか?」
「ならないわ。碧生ちゃんの能力は、本態回避なの。本来の姿に戻せるけど、人には効果ないのよ」
紬は、大きな窓の近くに行くと、外で拘束してある妖を見る。
「……例え、はるとの薬が完成したとしても、あの子はもう……確保対象じゃないわ」
「どういうことだよ」
「人を……食べてるからよ」
俺は息を飲んだ。
倉庫で見つけた数珠を思い出した。気にはしてなかったけど、今思えば明らかに不自然だ。
だって、俺の家族は数珠を持ってないし、興味もない。
まさか、その数珠の持ち主?
俺は、ポケットから数珠を取り出して紬に見せた。
「さっき倉庫で……」
言葉が続かない。
紬は、数珠を一目見ただけで、目を細めた。
「血がついてる……黒い珠に、濁った赤。匂いもする。その持ち主でしょうね」
俺は数珠を握ったまま、何も言えなかった。
数珠の持ち主って、誰だ? 俺の知り合いだったら、どうすればいい?
「安心していいんじゃないかしら。知り合いではなさそうだもの。あの子の体からは人の血の匂いがするけど、知り合いを殺したら操れない。死人を操る力はないみたいだからね」
「……そっか。なぁ、あの妖をどうするんだ?」
「残念だけど、殺すわ」
俺は下を向いた。確かに、あの妖には沢山怖い思いをさせられていた。
でも、ただ純粋に遊びたかっただけなんじゃないのか。
悪気はなかったんだ。なんだかモヤッとする。
「……優しいのね」
紬は俺を見て、柔らかく微笑んだ。




