女って、わからない
その日の朝、俺は里桜と黎に「ちょっと実家に寄ってくるだけだから、留守番しててくれ」と伝えた。
……つもりだった。
電車に乗った瞬間、隣に座っていたのは里桜で、頭には黎が乗っていた。
「なんでついてきたんだよ」
「透和様が心配だからです。あんなにも思い詰めた顔をされては、ひとりで行かせられませんので!」
「俺様も付き合うぜ。退屈だしな」
結局、追い返すことも出来ずに連れてくることになった。
そもそも、ついてくるなと言って追い返してもこっそりとついてくるだろう。そういうところ、里桜は頑固だからな。
電車を乗り継ぎ、最後はバスを降りてから、キャリーケースを引いて田んぼ道を歩くこと三十分。
都会の騒がしさが嘘のように、冷たい風が刈り取られた後の田んぼを吹き抜け、枯れ草の乾いた音だけが響いている。
「久しぶりだな。ここに来るの」
田んぼ道を進んだ先にある古風な家を眺めながら、俺は呟いた。
……やっぱり、田舎の空気は美味しい。
自然が豊かで、都会には無い楽しさがある。
小さい頃は、カブトムシを捕まえに森に入ってたな。
セミのぬけがらとか、よく集めてたっけ。
昔の事を思い出しながらも、俺はため息をつく。
「……で、なんでついてきたんだ?」
「!? な、なんでわかっ……」
「あれでバレてないと思うのは無理があるだろう」
後ろで数メートル離れた場所から加藤さんはこそこそと後をついて来ていた。
田舎なのもあって、隠れる場所はどこにもないから普通に後を追っていた。
それで、バレないと思ってるなら、どんだけ俺は鈍感だと思われてたんだろう……。
キャリーケースの上に乗って足をブラブラさせていた里桜は、棒付きキャンディーをぺろぺろと舐めながらも口を開く。
「いいじゃないですか。多い方が楽しいですし!」
俺は苦笑した。
里桜は、よっぽど飴が気に入ったらしくて、ねだって来るようになった。
そうだよな。猫の時に飴は与えてなかったからな。誤嚥になる可能性があったし、なによりも砂糖による負担もあるから、絶対に与えないようにしていた。
今は、妖になって、その心配は無くなった。
「良いなぁ!! そのキャンディー! 俺様にもくれ!」
「嫌ですよぉ! 」
俺の肩に乗っていた黎は里桜の持っている棒付きキャンディーに気付いて、羨ましそうにしていた。
里桜は、キャンディーを隠そうとしたが、黎は里桜に近付く。
取られると思った里桜は、キャリーケースから飛び降り、走り出した。黎も里桜を追って走る。
「あんまり遠くに行くなよー」
「「はーい」」
二人は声を揃えて返事をする。
心配だけど、ずっと部屋にこもって、俺の付き添いで外に行くのも、窮屈さはあるだろう。
たまには自由に遊ばせるのも良いかもしれない。
「良いんですか? ついてもらった方が……」
加藤さんは心配そうに俺に聞いてきた。
俺は、実家を見上げる。
「いいんだ。何があるか分からないし、それに……巻き込んで、傷付けられたらって思うと怖いんだ」
里桜と黎には、実家に行くとしか伝えてない。
今回の相手は……あの大蛇よりもかなりグロい見た目をしているし、もし里桜が……あいつに喰われたりしたら……って考えただけでも恐ろしい。
「加藤さんはなんで俺達の後をついてったの?」
「あ、そ……それは、私も力になりたかったし。それに……橘さんのオーラがよろしくない色なんです。だから心配で……」
「舞はなんて?」
「面倒事はごめんだから、行きたければ勝手に行けばいいと……」
なんとも舞らしい。
加藤さんは人間が妖になる事件が落ち着くまで舞のアパートに住まわせたいのだが、今住んでるアパートが気に入ってるらしいから、拒否された。
加藤さん曰く、魔除けのアイテムが大量にあるから大丈夫だと言い切ってるのだが、怪しいんだよな。
本当にそのアイテムは効果があるのだろうか。
そもそも、
「加藤さんは、俺のことが嫌いなんだと思ってたんだけど……」
「きら……っ!? 違います。私、オーラ視えるから、私が橘さんのオーラをなんとかしようと……陰ながら見守っていたんです」
陰ながら……ああ、仕事中睨みながらこっちを見ているのは、本人からしたら見守ってたんだな。
てっきり、嫌われてるんだとばかり。
「優しいんだな。ありがとう」
「!? い、今頃気付いたんですか? 私はとっても優しいんですからね!」
加藤さんは眼鏡をかけ直してから、胸を張った。若干頬が赤くなっている。
“優しい”って言葉に慣れてないんだな。
さて、
俺は気持ちを切り替えて、家の鍵を開けて、中に入る。
加藤さんも中に入って小さく「お邪魔します」と呟いていた。
「た、ただいま。父さん、母さんいる?」
俺の声が聞こえたのか、リビングから物音がした。
玄関まで来たのは、母さんだった。
相変わらず年齢を感じさせない、整った輪郭。少しうねったくせっ毛。
これで五十六歳なんだよな。
目尻に細かい皺を寄せて、優しく微笑む。
「あら、おかえりなさい。どうしたの? 連絡もしないで」
「ごめん。ちょっと確認したいことが……」
「まぁまぁまぁ、もしかして後ろにいるのって彼女? あらまぁ。可愛らしくて良い子そうねぇ」
「かの……、えっと、」
「違うよ。ただの仕事仲間だよ。俺は彼女いない」
誤解は早めに解こうと思って訂正した。
加藤さんの表情が一瞬、固まった気がした。
眼鏡の奥がほんの少しだけ、揺れたように見えた。
「そうなの? でもせっかく来たんだから、ゆっくりしていきなさいね」
「は、はい……」
母さんはそう言うなり、リビングに戻る。
──良かった。普段通りだ。
いつもの母さんでほっとして、胸を撫で下ろした。
とりあえず、母さんが無事そうで安心した。
俺も靴を脱いで歩き出した。
加藤さんは靴を脱いだ後、丁寧に並べてから少し遅れてついてくる。
俺は、加藤さんに小さく「母さんが、ごめんな」と、言うと、彼女は俺を軽く睨んだ。
「別に。謝る必要ないじゃないですか」
「何怒ってんだよ」
「怒ってませんから。……ただ、仕事仲間って、あんなに即答しなくたって良いと思います」
フンッと鼻を鳴らして、加藤さんは早足で俺を抜かし、リビングに入っていく。
俺はわけがわからずに首を傾げた。
さっきまで機嫌よかったのに……。
「女って、わからない……」




