倉庫の記憶
俺は、目を覚まして起き上がる。
辺りは真っ暗闇だが、すぐに暗闇に慣れて薄らと視界が見える。
──まだ夜が明けてないのか。
ズボンのポケットからスマホの画面で時間を確認すると、画面の明かりが眩しかったが、目を凝らして見ると時刻は午前二時だった。
スマホの明かりでみんなが起きてしまうと思い、急いでズボンのポケットにしまい直す。
薄暗い部屋を目を凝らして見渡すと、床には酒瓶が転がっている。
舞や加藤さん、里桜と黎、それから緋色が雑魚寝していた。
サプリを飲んだから、二日酔いは回避したようで安堵した。
──それにしても……。
「神聖な領域なんじゃなかったのかよ。ここ」
本殿内の奥の部屋では、酒を飲み散らかし、数人が雑魚寝している。
神である緋色なんて、よだれを垂らして大の字でいびきかきながら寝てるし、神聖な空間さが全く無くなっている。
そんな緋色の眷属になってしまった獅子の二匹には同情する。
外の空気を吸ってこようと俺は立ち上がる。
皆を起こさないようにとそっと出る。
『出ない方がいい』
『今はまだ、外には出てはいけない』
後ろから呼び止められ、振り向く。
獅子二匹がいた。
「出ちゃいけないって、深夜だからか?」
『それもある』
『……今の時間は丑三つ時になる。最も邪悪な者が動き出す時間でもある』
「心配してくれるのか?」
『勘違いするな。緋色様が世話になった恩もあるから、一応忠告しようと思っただけだ』
『どう受け取っても構わぬ。それでも、外に行くなら気をつけよ』
そう言って、獅子二匹は消えていった。
俺は、頭をかいて、悩んだ。
外の空気を吸いに行くだけだし、問題は無いと思う。
それに、外でも神社の境内にいるんだから……大丈夫と信じたいが……。
人間が妖になる事件が増えてるって聞く。
どうするかな。
まぁ、少しだったら大丈夫だろう。
外に出ると、大きく背伸びをした。
深夜なのもあって、周りは静まり返り、真っ暗だ。
中に入ろうとしたら、突然背後に人の気配がした。
勢いよく振り向いても誰もいない。気のせいだろうと思ってたら、急に携帯から着信が鳴る。
今は、深夜だぞ。こんな時間に電話ってかかるのか?
疑問と、さっきの獅子二匹の忠告を思い出して、冷や汗が流れる。
携帯を見ると、母親だった。
だけど、安心するにはまだ早い。深夜なのに親から電話が来るのはおかしなことだ。
特に母親は相手の事を考えられる人。連絡来ても、メールだ。
着信拒否にしようとしたら、強制的に繋がった。
は?
なんでだよ。意味わかんない。
でももし、重要な内容だったら大変だ。もしかしたら、なにかあったのかもしれない。
「は、はい……」
俺は意を決して、通話に出る。
『透和? ごめんなさいね。こんな夜遅くに』
通話越しの母は、いつもの穏やかな口調。本人だ。
「母さん、どうしたの? こんな夜中に」
『あんた、もうそろそろ誕生日でしょ。帰ってくるの?』
「そうしようかと思ってる。一人暮らししてからずっと実家に帰ってなかったからな」
『そうなのね。気をつけていらっしゃいね』
「え、それだけ?」
『ええ、そうよ』
深夜に通話した内容がそれだけなら、メールでも良かったはずだ。ましてや、母はそんなことでは電話はかけてこないのを知っている。
だったら……今、通話しているのは誰だ?
「……お前、誰だ」
『母さんよ。自分の母親の声も忘れちゃったの?』
「母さんは……夜中に電話なんてかけてこないんだよ」
『…………』
急に沈黙が流れた。冷たい風が異様な不気味さを感じて、怖くなる。
『クスクス。ねぇ──また遊ぼう』
電話越しの声は、母親の声とは違って、幼くも無邪気さがある。
口を開こうとした瞬間、プツンっと通話が切れた。
すぐに母親からメールが届き、写真が送られてきた。
見ると、実家の倉庫だった。
あの声……聞き覚えがあった。でも、よく思い出せない。
ふと、一清の言葉を思い出す。
──倉庫小屋の友達の話してたじゃん。叱られた時に小屋に入れられる時に決まって話しかけてくる少年の話。小屋の外で話しかけられるから、姿が見えないけど、話し相手になってくれてるって。
ドクンッ。
胸が大きく高鳴った。頭を抱える。
脳内にある映像が流れる。
男の子が誕生日プレゼントを渡してくれるって約束したあの日、倉庫にこもっていると、いつものように声がかけられ、俺は嬉しくなって迷わずに倉庫の扉を開けたんだ。
そしたら、俺が見たのは、人ではなかった。
皮膚が半透明で、中の筋や血管が透けて見える。ところどころに人間の顔や手が埋もれている。
人の形はしているが、目や鼻が無く、口から出ている舌は長くて先が別れていて、刃物のようなものが舌に張り付いている。
初めて見る異様な姿に、恐怖で身動き取れなかった。
あれは、何? 人というよりも……まるで化け物だ。
「あそ、ぼ……?」
そう言った化け物は、舌を器用に動かして、俺を縛り上げる。
ギリッと縛られていて、舌が刃がむき出しになっているのもあり、締め付けられる度に刃が肉に食い込んで、小さな悲鳴をあげる。
人を丸呑み出来るぐらいに大きく開いた口が俺の身体を飲み込もうとしていた。
その瞬間、人の声がした。
その声に驚いたのか、化け物は俺を投げ、どこかに走り去っていった。
俺は、倉庫の物が散乱してある場所にぶつかった。衝撃で詰めてあった物が落ちて……俺は気がついたら病院にいたんだ。
……あんな体験は恐怖そのものだった。だから、俺は忘れる為に実家を離れたんだ。
その時の化け物は、今思えば妖だったんだろう。
そんな危険な妖がいるのに、俺は……あまりの怖さに……。
母さんと、父さんは無事なのか?
……最後に連絡したのはいつだ?
メールの履歴を確認するが、俺が一人暮らしをした当日で終わっていた。
そういえば、忙しかったり、色々ありすぎて、連絡もしてなければ実家にも顔を出していなかった……。
「……二匹がせっかく忠告したのに、のぅ」
「緋色! もしかして、知ってたのか?」
背後から声がして、振り向くと緋色が気だるそうにしていた。
「知らぬ。だが、なにかが起こりそうな気がしてるのじゃよ」
「俺……実家に行かないと、母さんと父さんが心配だ」
「人間のお前が行っても何も出来んじゃろう。どうするのじゃ」
「分からない。分からないけど……行かないと」
「ならば、これを持っていくと良い。きっと役に立つじゃろう」
そう言って、渡されたのは厄除けのお守りだった。
「その守りは妾の念が込められておる。危険から守ってくれるじゃろう」
「緋色……」
「妾はお前が気に入っておる。じゃから、死なれたら困るのじゃ」
「ありがとう」
妖相手に何が出来るんだろう……。戦ったとしても、人間だからすぐに殺られるだろう。
でも……、それでも行かないと。俺が撒いたタネでもあるんだから。




