ハッキリと視えるように
普通には入れない本殿の中に緋色に招き入れられ、足を踏み入れる。
ギシッと床が軋み、木の香りが満ちている。
神職の人ですら、特別なお祭りの時以外はほとんど入らないとされている本殿内に入るのは、なんだか不思議なものだ。
さらに奥の部屋まで進むと、光がほとんど無く、空気は冷たく、重い。静寂に包まれている空間。
正面には、閉じた厨子があり、その向こうには布に包まれた御神体がある。
御神体を守るように、二匹の獅子が現れた。
『緋色様。ここへは人間を易々とあげてはなりません』
『ここは神聖な場所。人間が踏み入れてはならない場所』
加藤さんは俺の後ろで小さく悲鳴をあげて「また新しいオーラが……」って、身を震わせている。
「硬苦しいのぅ。妾が許すのじゃ。ここの神社の掟は妾じゃなからな」
緋色は胸を張って言い切る。
俺様ルール過ぎて、呆れてしまう。
そんな二匹の獅子を無視した緋色は、厨子の真正面の床に胡座をかいて座った。
そんな横暴さはいつもの事なのか、二匹の獅子は呆れて見守っている。
これ以上は、注意しないみたいだ。
緋色は俺たちを指さして、自分の前の床を示しながら座るように促すので、渋々その床に座る。
「……緋色、見てほしいものがあるんだ」
俺は緋色に早速本題を口にした。
ハンカチで丁寧に包んだものを取り出し、緋色に見せた。
ゆっくりとハンカチを開いていくと、割れた眼鏡が現れた。
「ほぉ……妾に何を望むのじゃ?」
「この眼鏡は特別らしいんだ。だから、緋色の力で直せないかと」
「タダで?」
俺はぐっと押し黙る。緋色の事だからそう来ると思った。
「タダ……? まさか。直してくれた礼はする」
息を吐き、俺は自身の胸に手を当てる。
「俺の体を貸してやる。それで思う存分、酒を呑んでくれて構わない」
緋色はその言葉に反応して、前のめりになった。
「何!? 本当か!!!?」
呆れた舞が俺を見る。
「そんな安易な事言っていいの? 相手は神様なんでしょ。もっと神聖な何かの方がいいんじゃない?」
「いや、これでいい。緋色は……かなりの酒好きだからな。俺も初めは酷い目にあった」
「???」
舞は緋色の性格をよくわかってないから、首を傾げている。
大丈夫だ。緋色対策にウコンのサプリを飲むからな。これで二日酔いにはならないだろう。
「良いだろう」
緋色は、スっと立ち上がり、眼鏡に近付く。
「……守護の力が宿っておるのぅ」
「そうなんだ。この眼鏡のおかげで加藤さんは悪い妖に目をつけられることは無かったんだ。でも、俺が壊しちゃって……」
「確かに、妖が視える者は、襲われやすいからのぅ。最近は、人間が妖になると、噂されておる。妾は詳しくは知らぬが、魚系の妖の仕業だという。なんでも、探してる人間がいるらしくてな。お主らも気をつけるのじゃ」
魚系の……妖。
探してる……人間?
緋色は手をかざすと、ふわりと割れた眼鏡が浮き出した。
目を瞑ると、割れた眼鏡を光が包み込む。
光が無くなり、眼鏡は完全に元に戻っている。
緋色はその眼鏡を取ると、加藤さんの元に行き、しゃがみこんだ。
加藤さんの目の前に眼鏡を見せる。
「ひっ!!」
いきなり緋色が来たから驚いているのだろう。青ざめて、涙を浮かべながら俺の顔を伺っている。
俺は加藤さんを見て、ゆっくりと頷く。
加藤さんは緋色の顔を怯えながらも見ながらそっと、眼鏡を受け取る。
「傷が……綺麗になってる」
眼鏡を見た加藤さんは呟き、かける。
「……え」
加藤さんは目を丸くして、眼鏡を外して瞬きしてからまたかけ直す。
「加藤さん?」
「眼鏡をかけたらハッキリと姿が視えるんです。その……オーラじゃなく、ハッキリと」
「姿だけじゃないぞ。声も聞こえるじゃろう?」
緋色は満足したように笑った。
加藤さんは頷いた。
「何したんだ?」
「オーラしか視えないのは不便じゃからな。妾の力をほんの少しだけ眼鏡に込めたまでよ」
「それだけ?」
「最も、いずれは妾の力無しでも視えるようにはなるとは思うがな」
「これで眼鏡は元通りね。いつまでもメソメソされちゃ困るから、早めに直って良かったわ」
舞は安堵の息を漏らした。
「あの、私の姿も視えたりするんですか?」
里桜は立ち上がり、加藤さんの目の前まで歩いた。
「小さい子……あっ、もしかしてずっと橘さんが手を繋いでいた妖? こんな幼い子なのに、妖、なの?」
「怖くないですか?」
里桜は心配そうに加藤さんを見ると、ゆっくりと頷いた。
その仕草に安堵したのか、里桜は両手を広げた。
「私、座敷わらしなんです! 透和様を幸せにするのが私の役目! そして、嫁候補なんですから!!」
「え……橘さん、こんな小さな子を……」
「待て。気持ちはわかる。だから、そんな冷たい視線を送るのはやめてくれ。里桜が勝手に言ってるだけだから」
里桜の爆弾発言に、加藤さんは俺を冷めた目で見てきたので、訂正した。
しないと、俺がやばい人みたいになるからな。誤解されるのは嫌だ。
「ふわぁぁぁ……んぁ。もう話は終わりか?」
俺の頭の上で気持ちよさそうに寝ていた黎が目を覚ました。
大きな欠伸をした後、背伸びをする。
ピョンッと飛び下りた。
「!? こ、この子も……妖?」
「ん? なんだ。俺様の姿が視えるようになったのか?」
まだ寝ぼけているのか、おぼつかない足取りでぼーっと加藤さんを見上げている。
ゴクリッ。
と、唾を飲み込む音が聞こえた。
加藤さんは口元を抑えて「可愛い!! 何この子。え、リスみたい。触りたい!! モフりたい!!」と、頬を赤らめて呟いていた。
「どうじゃ。妖を視た感想は」
「!! えっと……あなたも含めて、想像していたのとは違ったので、正直驚いています」
緋色は満足そうに頷いた。
「…………なんで姿を表せるのに、私の目の前には来ないのよ」
舞はボソッと緋色に対する愚痴を呟いた。
その愚痴が届いていたようで、緋色は舞を見た。
「それは、呪いのことじゃな。妾は忠告はした。それに……なんとかなったのだから、もう良いじゃろう」
「なっ!? ふざけないでよ。こっちは死ぬところだったのよ!」
声が少し高くなる。普段の舞なら、もっと噛み付くはずなのに。
でも今は、何かを必死に押し殺しているように感じる。
「……神はきっかけを与えるだけで、頑張るのは己じゃよ」
「だからって、何も……分かりにくい忠告しなくても」
「すぐに分かったらそやつの為にはならんじゃろう」
舞はこれ以上何も言わずに俯いた。
唇を強く噛み締めている。
俺は少し間を置いてから、「緋色、そのぐらいに」と声をかけ、舞を見た。
「……わかってるわよ。でも、どうしようもないのよ」
舞は小さく、ほとんど聞き取れないくらいの声で呟いた。
その横顔を見ていると、これまでのことが頭を過ぎる。
はるとが勝手に刻印を刻んだことで、大蛇の呪いが少しでも軽くなっていたこと。
それでも、失った命は戻ってこないこと。
そして、その結果を今もずっと抱えていること。
全部、彼女の中で絡み合って──簡単にはほどけないんだろう。
……それを、素直に認めると、自分が壊れてしまうから。
だから、誰かのせいにする。緋色のせいにする。運命のせいにする。
そうやって自分を保っているんだ。
舞の気持ちは痛いほどよくわかる。俺だって、昔はそうだった。
里桜が死んだ時、全部自分のせいだって思い込みすぎて、心が凍りついてしまった。
誰かのせいに出来れば、少しは楽になれるかもしれない。でも、俺にはそれが出来なかった。
舞は、俺とは違う方法で必死に自分を保っている。
「……無理しなくていいぞ」
俺は静かに優しく言った。
舞は顔を上げなかったけど、肩がほんの少し、震えた気がした。
いつか、ちゃんと前を向いていける日が舞にも来るといいな。
舞の不運は、大蛇が原因なのですが、今はその大蛇がいません。
なので、責めたくても責められない相手になっているので、生きているはるとや緋色を責めてしまうんです。
舞自身、はるとや緋色のせいじゃないことはわかってるんですが、怒りが抑えられないんですよね。だから、思わず責めてしまうんです。




