黎明の黎だ。
まだ夜の冷たさが残る午前六時半。
もふもふなのにやけにちょっと重たい何かが俺の顔に乗っかってきた。
そのもふもふは顔面に張り付くようにしてしがみついているのもあり、息苦しくて持ち上げた。
見ると、リスが丸々太ったような妖が気持ち良さそうに吐息を立てて寝ていた。
起こさないように優しく俺の隣に置くと、「むにゃぁ」と尻尾をふらふらと左右に振ってから気持ち良さそうに丸まった。
……そうか。昨日、あのまま。
俺は記憶を遡って、もふもふが誰なのかを思い出した。
妖を見ながらそんなことを考えていたら、目覚まし時計が鳴り響き、止めると大きな欠伸が出た。
昨日……、色々ありすぎて疲れたから、そのまま寝ちゃったんだよな。
里桜もまだぐっすりと寝ているし、起きる前にシャワーでも浴びよう。
◇◇◇
シャワーを済まして、髪もしっかり乾かした。
その後、朝食にハムエッグと味噌汁が丁度出来上がった頃に里桜が起きてきて、その五分後にリスが丸々太ったような妖も起きてきた。
テーブルを囲むようにそれぞれ座る。
「んで。お前の名前、なんて言うの?」
「お、俺様か!?」
ハムエッグの下に敷いてあるレタスを美味しそうに食べていた時に急に話を振ったせいで、妖は動揺して声が裏返っていた。
「うん。だって、今のままだとなんて呼べばいいのか分からないだろ」
「名前……そんなものはない。俺様のようなちっぽけな妖には名前なんて存在しない」
「透和様。その……妖は上位種にならないと名前を授けられないんです。下位種の妖は元々名前なんてありません」
「上位……? 下位……?」
「妖力が強いか強くないかの違いです」
「なるほど……」
俺は、納得して味噌汁を啜った。
あれ……。だったらおかしくないか?
「はるとは、妖力が弱いんだよな。それなのに名前があるけど」
「……誰かに名前をつけて貰ったんでしょう。それも、妖の上位種……もしくは、妖が視える人間に」
「下位種同士はダメなのか?」
「名前をつけるということは、その者との縁を繋ぐことです」
「???」
わけがわからず首を傾げた。何せ、質問に答えてないのだ。わかるはずがない。
「弱い妖同士で名前をつけ合ってしまうと、死んじゃうんだ」
「どういうことだ?」
「名前をつけるってことは、ただの呼び名じゃねぇ。その者の『精神』に自分の妖力を少し刻み込む事。縁を繋ぐってのはそういうことだ」
俺は目を丸くした。
驚いて固まっている俺を見ながらも妖は続ける。
「強い妖なら、自分の妖力を少し削って刻んでも、すぐに回復する。人間の場合も同じだ。ただ、人間が使うのは妖力じゃなくて霊力や霊感の方だ。念の強ささえあれば、妖力とは質が違うが、十分に精神へ刻み込める」
「……それで、弱い妖同士だと?」
「両方とも妖力の総量が少ない。お互いの精神から削り取った分を補おうとするけど、補うだけの妖力が無いんだ。結果、繋がった途端に互いの妖力を吸い合い始め、干からびて消える」
俺は、想像して身震いした。
「……まるで、共食いだな」
「似たようなもんだ。だから名前をつけられるのは、妖力に余裕がある上位種か、十分な霊力や霊感を持つ人間だけなんだ」
知らなかった。いや、考えたこともなかった。
そもそも名前をつけるのが命懸けなんて思わないし。
あっ、だったら……。
「里桜も上位種になるのか? 福の神だしな」
「あっ、私は尊種です。神でもあり、妖でもありますので」
「ハーフみたいなものか?」
「そんなところです!」
里桜は満面の笑みで頷いた。
なら、里桜が名前つけてもいいのか……。
いや、でも。俺がつけるべきか。里桜に負担をかけたくないからな。
副作用なんてものがあったら、大変だ。
「なぁ。俺が名前つけようか?」
「!? ほ、ホントか?? いいのか??」
「うん。お前が良いなら」
リスが丸々太ったような妖は目を大きく見開いて前のめりになった。尻尾をふりふりしながら、目がキラキラ光っていた。
反対するかなと思って、様子見で里桜をチラッと見ると、彼女は、目をキラキラさせていた。
「透和様のつける名前は、良いものばっかりだと思います!! 私の里桜って名前も透和様がつけてくださったんですよ!」
えっへん! っと、無い胸を張ってドヤっている。
リスが丸々太ったような妖は、「おおーっ!!」と、感動したように声を上げていた。
昨日の事が嘘のように仲良くなってるのを見ると、なんとも複雑な気持ちになる。
気持ちを切り替えて、名前決めるとするか。
「黎なんてどうだ?」
「れい……?」
「うん。きみの名前、どうだ?」
妖は目を丸くした。
「朝、まだ夜の冷たさが残ってる時間に、俺の顔の上に乗っかってきただろ。あの時、窓から少しだけ夜明けの光が差し込んでて…もふもふした体が、ぼんやりと光って見えたんだ。ーー黎明の黎だ。暗い夜が終わって、これから朝が始まる。そんな、最初の光みたいな名前だな。それに……その俺様な喋り方や下位種の妖だと思われないような堂々とした振る舞いは、威厳があって……ちょっと気高くて、でも、俺の顔の上では無邪気に寝てた。……ちょうどいい名前だと思ったんだが……」
俺が提案した名前とその由来を真剣に聞き入ってから、尻尾を床に叩きつけ、そのままピョンピョンっと飛び跳ねる。
「な、な名前なんて初めて貰ったぜ!! いやっほー!!! お前、いい奴だな!! 俺様、何があってもお前に一生ついていく!!」
「お……おおぅ」
テンションがいきなり上がったので、ついていけずにたじろいでしまったが、喜んでくれたなら、良かった。
でもな……黎。
「食事中に飛び跳ねるな! 埃が舞うだろぉぉぉぉ」




