リスが丸々太ったような見た目の妖
舞の住んでるアパートに加藤さんを預け、俺は帰路につく。
普段は電車を使うのだが、終電を逃してしまった。
まぁ、たまには良いだろう。
ここから歩きだと一時間半はかかるが、仕方ない。
もう夜中近いのもあり、店はほとんどが閉まっている。歩いてる人も車さえもほとんど通っていない。
日中は賑やかな街中なのに、静まり返って、灯りもあまりない。
──妖が出てきそうな夜の暗さだな。
なんて、思ってしまう。
ひたすら歩いていたら、
ピョコン……ピョコン。
飛び跳ねるような音が、すぐ後ろから聞こえた。
振り向いた瞬間、街灯が一斉にチカチカと点滅し始めた。
舞の言葉を思い出した。
── 人が突然妖になる事件が多いらしいのは知ってる? その共通点が妖が視える人らしいのよ。
いや、まさかな。大丈夫だ。俺には座敷わらしの里桜が……。
自分を安心させようとして言いかけて、気付いてしまった。
里桜、留守番してるんだったぁぁぁぁ!!!?
俺は今、完全に一人だ。
その事実に気付いた途端、背中を冷たい汗が伝った。
走り出す。全力で。
だが、音は俺の足音に合わせるように跳ね続ける。
ピョコン……ピョコン……ピョコ、ピョコ、ピョコ。
今度は立ち止まることはしないし、振り向くこともしない。ひたすら前だけを見る。
アパートの明かりが見えた時には、息が上がって吐き気すらしていた。鍵を開ける手が震え、何度も取り落としそうになる。
ガチャリ。
ドアを閉め、鍵を二重に掛けた瞬間、背後でピョコンという音が聞こえた気がした……。
──ドアの内側から。
「あっ! 透和様!! おかえりなさい……?」
里桜は鍵が開く音に反応したのか、居間からとててっと嬉しそうに駆け寄って来たのだが、俺の顔を見るなり、表情が固まった。
肩で息をしている俺をキッと睨んで、ビシッと指差した。
「なっ……わ、私というものがありながら、これは立派な浮気です!! 証拠を自ら持ってくるだなんて!!」
必死に涙を堪えているのか、目が潤んでいた。
何がなんだかわからない俺は、とりあえず里桜を落ち着かせようとした。
「り、里桜……とりあえず落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!!」
ダンっと里桜は地団駄した。すると、俺の体が宙を舞った。
これはヤバいやつだ。色んなことをツッコミたいが、今はそれどころじゃない。
一体、なんでそんなに怒って……って、まさか。
「どこで知ったのかわからないが、俺が舞のアパートに行ったから拗ねてるのか? ごめんって、後で里桜も行こう!」
「──っ!? 舞さんのアパートに行ったんですかぁ!!」
違ったようだ。里桜の怒りがさっきよりも大きくなっていて、家具や部屋全体が揺れ始めた。
「許せません!! 何よりも一番許せないのが、なんで懐かれてるんですかぁ!!!」
「え、なつ……?」
言ってる意味がわかずにいると、里桜は叫んでちょっとスッキリしたのか、力を抑える。
すると、部屋全体の揺れが収まり、浮いていた俺もゆっくりと降ろされた。
「懐かれてるって……なんの話だよ」
「惚けるんですか!? なら、その子はなんですか!!!」
「?」
里桜は俺の背後を指差した。
里桜がビシッと指差した先──俺の後ろで、バリボリとお菓子をもぐもぐ食べている丸くて小さい耳をピョンっと立てたヤツがいた。
けれど、尻尾の先は半透明で、時折溶けるように消えては再生している。
リスが丸々太ったみたいな見た目の……明らかに妖だと分かった。
妖への耐性が無かったら、俺は迷わず大声で叫んでいただろう。
今は違う。
焦らずに……なるべく穏便に。
「えっと……きみ、誰?」
お菓子を食べていた妖はくるっと俺の顔を見た。
「!? おのれ、人間め! 良く気付いたな」
「いや、気付くもなにも……」
バリボリと堂々とお菓子食べてたら、気付くだろう。
妖は尻尾を床につけ、ボヨンっと跳ね、俺を睨みつける……が、その可愛らしい見た目なのもあって、全く威嚇になっていない。
しかも、跳び方がとても可愛い。尻尾を使って跳ねるって……。
小動物らしい可愛らしい見た目と行動をしている妖に思わずわちゃわちゃと撫で回したいのを必死に堪える。
「浮気……」
「浮気って、違うから」
里桜はジト目で俺を呆れながら見上げている。まるで、飼い主が他の動物に構っていた時に嫉妬しちゃうような……。
前世が飼い猫だったから余計なのかもな。
「ふんっ」
妖は鼻で笑って二本の足で立ち上がると、腕組みをした。
「良いか! 人間。俺様は偉大なる妖怪なのだ。普段ならお前のような下等な人間など、妖力で殺してやるところだが、今回は見逃してやらんこともない。だから、もっと菓子をよこせ」
なんとまぁ……。小さいサイズなのに態度はでかい。
そういえば、舞が言ってたよな。弱い妖怪が住むアパートだって。
多分、そこから俺の後をついてきたんだろう。妖の強さは見た目じゃないとは思うが……。
俺はしゃがみ込み、妖の頭をそっと撫でるとビクッと一瞬警戒した。だがすぐに耳を垂れさせる仕草に小動物特有の可愛さがある。
しかも毛並みも質感が良く、触り心地がかなり良い。
「……あのアパートから、ついてきたのか? 他の妖に襲われるかも知れないだろ。明日、送ってってやるから、今は大人しくしといてくれ」
「!? なっ、俺様は菓子をくれれば暴れないと言っているだろう!!」
「うんうん。そうだな。菓子もあげるから、明日まで大人しくしててくれ」
「だから!!」
妖は何を言いたいのか、必死になって声を張り上げた。
「俺様を……あんたのアパートに住まわしてくれ! あんたの役にだって立つはずだ」
一体なんで、そうなった? と思ったが俺が仕事の時はいつも里桜をひとりぼっちでお留守番させている。
何も言わないが、きっと寂しい思いをしているはずなんだ。
誰かがいた方が良いと思ってはいたが……ちょうど良いかも知れない。
「わかっ……」
「ダ、ダメです!!」
里桜は肩をぶるぶる震わせている。俺を悲しそうな顔で見る。
「……私、私を……捨てるんですか!!?」
「待て、どうしてそうなる!?」
「見ましたもん!! 浮気したら、奥さんを殺してまで浮気相手を選ぶのを、私……ドラマで見ましたもん!」
どんな昼ドラ見てんだよ。
「いや、あれは、本当にあった話じゃないからな」
「でも私……見ましたもん。だから……私をずでないでくだざいぃぃぃぃ」
うわぁぁぁぁぁん。
と、大泣きされてしまった。
里桜が妖じゃなかったら、今頃大家さんにこっぴどく怒られてたな。
俺は困ったように息を吐き、立ち上がって里桜を抱き上げた。
泣きながらも俺にしがみつく里桜。ぽんぽんっと軽く里桜の背中を叩いて宥めた。
「俺は見捨てないよ。どんな事があっても。それは里桜だって知ってるだろう? 里桜をひとりぼっちで留守番させるのが俺は嫌なんだよ。やっぱり、話し相手は多い方が楽しいしな」
それに、ひとりぼっちで留守番させるのは、どうしても……不安で心配にもなる。
リスが丸々太ったような妖がビトっと俺の足に手を置いて、心配そうに見上げている。
「俺様は……邪魔か?」
里桜はゆっくりと顔を上げ、未だに泣き止まない涙を拭きながらも鼻声で言う。
「……取り乱しました。あの、大丈夫ですよ。一緒に暮らしましょう」
里桜はニコッと笑う。俺は、そんな里桜の頭を優しく撫でる。
ボソッとつぶやいた。
「ありがとう……頑張ってくれて」
俺の言葉にさっきよりも泣き出しそうになるが、グッと耐えた里桜は、俯いてゆっくりと頷いた。
リスみたいな妖はこれからのマスコットキャラ的な存在にしようかなと考えています!
もふもふって良いですよね。




