一清と奥さんの幸せと、思い出せない誕生日
ガヤガヤとする居酒屋の座敷で、一清と呑んでいた。
あの事件から一ヶ月経って、ずっと連絡が途絶えていた一清からいきなり連絡が来たのには驚いた。
奥さんとはどうなのか。
あれから、何があったのか。
色々と聞きたいことが多いのだが、一清は奥さんの話所か、あの病院でのことを話さない。
──俺から聞こうか。
なんて、思っていると……ビールを一気呑みした一清がぷはーっと息を吐いて、空になったジョッキを乱暴にテーブルに置いた。
そして、ゆっくりと……優しく呟いた。
「……ありがとう」
「……え?」
お礼されるとは思っていなかった俺は、キョトンとした。
一清は胡座をかいて膝に手を置いて俯きながら頬をかく。
「だ、だから……ありがとう。その、ごめんな」
チラッと俺を見る一清は照れくさそうにしていた。
「迷惑かけちまった。なんであんな現実逃避したんだか、自分でも分からないんだが……、透和がいなかったら、ずっと現実を見てなかったかもしれないな」
自分でも分からない……確かに、一清は現実逃避するような奴じゃない。でも、そのぐらい自分の中で壊れたものがあるのかもしれないと思っていたが……。
「いや、いいんだ。その……奥さんは?」
「……目を覚まして、警察署で事情聴取されたがすぐに返された。今は家で寛いでるよ」
「そうか」
目を覚ましたと聞いて安堵の息をする。
鶏の唐揚げを頬張りながら、俺はあの時の(病室での)事を思い出していた。
奥さんにそっと寄り添う一清を見た後、俺は何も言わずに病室から出る。
いつの間にか緋色がいなくなっているのに気づいた。周りを見渡してもどこにもいない。
後日、緋色がいるであろう神社に行っても、とても静かで名前を呼んでも返事はない。
結構大きな声で名前を呼んでたのか神主に呼び止められ、注意されてしまった。
相変わらず空気がピリついてた気がするが、前に舞と来た時よりは穏やかになっていた気がした。
それにしても……なんで奥さんは霊体になってまで緋色にお願いしに来たんだ?
この状況を何とかしてほしかったから?
一清の心を救ってほしかったから?
それとも、どっちも?
もぐもぐと咀嚼して、ゴクリと飲み込んでから、俺は一清に聞いた。
「なぁ、奥さんは何か言ってたか? 自分の体から魂がはなれてた……とか」
「ん? なんだそれ? 事故った事とか、覚えてないみたいなんだ。でも、目が覚めただけでも良かったよ」
そう言った一清は少しだけ表情を曇らせ、ジョッキを指でいじる。
ということは、霊体のことも覚えてないのか?
緋色の事を聞こうと思ってたのに。
そもそも緋色って、本当に神様なのか? 神は神でも疫病神なんじゃねぇか?
神様のくせに金は返さないし、勝手に人の体使って酒飲むし、酔ったまま仕事に行こうとするし、そのまま寝るし……。
神出鬼没で、いつの間にか居たりいなかったりする。
神というよりもトラブルメーカーだな。
「……それより、お前もうすぐ誕生日だろ。実家に帰るのか?」
「いや、今年は帰るつもりだ」
「そっか。お前ん家、普段は居心地良いのに透和の誕生日だけ、異様なんだよな。空気が違うつーの? それにほら、高校三年の誕生日にお前、意識不明の重体で病院に運ばれただろ」
「? 運ばれた? 俺が」
そうだっけっと、思い出そうとして記憶を辿っていく。
ズキッ。
と、頭の奥が鋭く痛んだ。吐き気がするような……思い出してはいけないような……。
高校卒業して、すぐに家を出たから、もう何年も実家に帰ってない。だから今年は帰ろうかと考えていた。
「覚えてないのか? あんなことがあったのに」
「あんなこと……?」
「いや、ほら……お前、倉庫小屋の友達の話してたじゃん。叱られた時に小屋に入れられる時に決まって話しかけてくる少年の話。小屋の外で話しかけられるから、姿が見えないけど、話し相手になってくれてるって」
「そんな事あったか?」
「あった、あった! んで、今度の誕生日にお祝いしてもらうんだって嬉しそうに話してたじゃん。でもその誕生日に小屋で意識が無い状態で発見されたんだよ。あの時、何かあったのか?」
「いや……悪いが、全く分からない」
そんな事あったっけ……、やばい。本当に分からない。
◇◇◇
一清と別れて、一人帰路についた。
誕生日、何かあったのか?
うーんっと悩んでいると、足元からぐにゅっという柔らかい感触がした。
「ぐえっ……!」
という情けない呻き声が聞こえた。
これ、前にもあったなと思って、勢いよく下を見るとやはりだ。
緋色が俺の足に踏まれていた。
踏んだのは申し訳ないが、なんで踏まれるんだという疑問と呆れで冷めた目を緋色に向けた。
神がこんなところで寝そべって大丈夫なのか? という心配もある。
むくりと起き上がった緋色は俺を見るなりニッと、口角をあげた。
「無事に解決して、妾も気分が良い。じゃからな……」
緋色はそっと俺の肩に触れようとしたが、後ずさる。
「そう、何度も同じ手に引っかかるかよ。もう解決したんだ。俺の金、返してもらおうか」
「…………」
緋色は下を向いたと思ったらすぐに顔を上げ、俺の顔をまじまじと見る。
「そうじゃな。返すとするかの」
意外にもあっさりとした返事に拍子抜けしてしまう。もうちょっと何かと理由つけて返さないと思ってたのに。
「……緋色。前から聞きたいことがあったんだ。舞と神社に行った時、姿を見せなかったんだ? 空気も違ってたし」
「神は、易々と姿を見せちゃいけないのじゃ」
「……と、言いつつもどうせ緋色の事だ。寝てるか酒のことしか頭になかったんだろ」
呆れながらも言うと、緋色はギクッと肩を震わした。
明らかに目を泳がした。
「な、ななななんの事じゃ!? そもそも妾はちゃんと警告したのじゃ。空気が違ったじゃろ? それに気付かずに行ったのはお前らじゃろ」
「空気が違うだけじゃ、わかんねーよ」
緋色は「うぐっ」と、一歩後ろに下がる。
「とにかくじゃ。仮はそのうち返す! それと、これは妾の手伝いしてくれたお礼じゃ」
「お礼……って」
何? って言おうとしたが、緋色は逃げるように消えてしまった。
全く、嵐のように来て、嵐のように去っていくんだから。
深いため息をついたら、財布が重くなってるのに気付いた。
見ると、五百円玉がぎっしりと小銭入れに詰まっていた。
俺はその五百円玉を見て、思わずふふっと笑ってしまった。
「お礼ってこれじゃないだろうな……。ただ、俺の金を返しただけだろ」
数えてはないから、いくらか分からないが、返してもらったと思うことにしよう。




