幕間 ギルに学ぶ ア=オイロの地方都市
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「地方都市といえば! お! れ!」
どん、と槍を肩に担いで現れるリューク。
ギルは肩をすくめる。
「そりゃそうだ。俺よりも、リュークに学んだ方がいい」
「兵師団で地方を担当してウン十年」
「ウン十年は盛りすぎだろ」
ギルのツッコミは無視され、リュークはばさりとア=オイロ王国の地図を広げる。
「まずは、ど真ん中が王都だ」
「あれ、地方都市のはずがど真ん中から始まった」
「そりゃあ、何事も中心から始めるべきだ」
ギルは少し考えて、それからリュークの顔を覗き込む。
「……それ、本当?」
「いや、違う時もある」
「撤回が早い。適当ほざいているのは、リュークでは?」
「まあ、俺は適当だからな」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「お前と同類ってことで」
「何を言っているんだ? 俺は、丁寧な人間だぞ」
「……」
今度はリュークが少し考えて、それからギルに向き直る。
「ギル、確かにお前は任務や仕事に関しては、丁寧だ。だが、それ以外が雑すぎる。新人歓迎会には、ちゃんと来い。それに、精鋭部隊の集会にも来い、なんで連絡事項を俺が個別で伝えてるんだ。あと、洗濯した服をちゃんと回収しろ、放置するな。これ、兵師団でやったら許されねえからな。それから、」
そこでリュークがふと口を閉じて、じとっ、とした視線がギルに向けられる。
ギルは首を傾げる。リュークはため息をついた。
「……これ、何年言ってるんだ?」
「精鋭部隊に入隊してから、俺らは6年経つよ」
「6年も、俺はこれを言っているのか」
「そうなるね。よく諦めないなと思うよ。……あ、すみませんすみません、手首に手をかけないでください」
リュークの手が離れていって、ギルはほっと安心する。
手首に痛いツボがあることを、この世の何人が知っているだろうか? 普通に生きていれば知ることはないだろう。
「さて、と。ア=オイロ王国に隣接する国はいくつもあるが、有名どころで言えば、ア=カイロ王国だ」
気を取り直したリュークが、解説を始める。
ア=オイロ王国と最も長い国境線を共有するのが、ア=カイロ王国である。この大陸で死の森を除けば、7割の面積はこの2国が占める。
「ア=カイロ王国との国境線は、戦争が絶えないな」
「そう。国境線沿いの地方は、3つある」
アサギ地方、ライラック地方、セイラン地方。
リュークは順番に、地図の下半分から右あたりを指し示す。
「お前が地図を指し示したところで、読者には全く見えないんだよな」
「気持ちの問題だろ。それに、ギルが見てるなら意味はある」
「ああ、そう。まあ俺、地理はほとんど頭に入ってるけど」
「距離感としては、すんげえざっくり言えば、ここからここまで、いい馬に乗れば片道6日か7日くらいだと思ってもらっていい」
「ここからここまで、ってそれこそ読者がわからないだろ。王都から、それぞれの地方の国境まで、な」
「そうそう。で、その中でも、一番国境線が長くて戦争が絶えないのが、ライラック地方だ」
ライラック地方には、ライラック森林、防衛都市、ムラサキ鉱山がある。
ライラック森林は、本大陸で最も広大な森林で自然豊かな領域である。ほぼ平地のエリアから、急な崖がいくつも連なる山地もある。
防衛都市は、ア=オイロ王国がここ300年で築き上げた要塞だ。いまのところア=カイロ王国がこの防衛都市を攻略できたことはなく、ア=オイロ王国の鉄壁の守りを実現している。
防衛都市には現在、ギルの先輩である、零班のレイフが常駐している。もちろんほかにも数名の精鋭部隊が常におり、王都にいる精鋭部隊と密に連携して動いているのだ。
ムラサキ鉱山には豊富な鉄鋼資源があり、歴史的にもア=オイロ王国とア=カイロ王国の間で、取り合いが続いていた。戦続きで、鉄鋼資源の流通量が減っているのが現状である。
「ライラック森林は、昨年ア=カイロ王国に侵略されたな」
と、ギルが言えば、リュークは頷く。
「正確には、ライラック森林の平地のところだな。だだっ広いせいで、ここは、まあ守るのが難しい。駒の動かし方が、山地と全然違うんだよな。ア=カイロ王国が、平地でがっと押してくる戦い方を得意としていることもある」
「上手いというか、最近まではそればかりだった。ア=カイロ王国の現将軍ドンファも、前将軍パブロも、自分が強いから脳筋なんだよ。他の戦略を取らない」
「だろうな。まあ、ライラック森林の平地を抜けても、防衛都市がある。ア=オイロ王国、防衛の要だ」
「防衛都市については、このあと誰かがどこかで詳しく説明してくれるだろ、たぶん」
「そして、だ」
リュークが、ばし、とセイラン地方を指さす。
「俺が一番長期間いたのが、ここ、セイランだな」
「だからその動き、読者に見えてないよ。槍をいい感じに使うな」
「気持ちだよ、気持ち」
セイラン地方は、ライラック地方と違って山岳地帯である。ア=カイロ王国と接する距離は、三つの地方の中で最も短い。
「広いな、セイランは」
ギルは地図を眺める。セイラン地方は、一方は国境に、一方は中央の王都に接するほどの広さがある。
面積は広いものの、可住地面積自体は少なく、集落と集落の間に距離がある。
「セイランは、防衛視点では守りやすいのか、守りにくいのか?」
ギルの質問に、リュークはそうだな、と首をひねる。
「そもそも、攻撃がされにくいという意味では守りやすい。だが、地形が複雑で抜け道があるかどうかもよくわからねえから、そういう意味では守りにくい」
「正直、ア=オイロ側も地形を把握してないってことね」
「ぶっちゃけそうなんだけど、いや、だって聞けよ」
恐らくリュークの兵師団時代の愚痴が出てくるだろうな、面倒くさそうだな、と思いながらも、ギルは、なに? と促す。友人としての嗜みだ。
「ここに配属される兵師団、数が少ねえし、馬鹿ばっかりなんだよ。あんまり攻撃されねえから」
「はあ」
「だからな、地形を調査して地図に起こして云々みたいなことをできるやつがいなくて、しかも集落と集落が広いだろ? 間を誰も埋めねえ」
「なるほど」
「だから兵師団のときに、腕は悪くてももっと頭いいやつ寄越せって上申したんだよ、俺は。だが、あのくそボレイがよ。扱いにくいやつばっかり、面倒見させやがって」
あ、ボレイという上司だったんだな、とギルは察する。
「大変なんだなあ、セイランは。まあ、リュークの面倒見がいいから、そうなったんだろうけど」
「それとこれは、話が別だろ」
「おっしゃる通りです。リュークって、時々ちゃんとした正論を言うよな」
「時々?」
「あ、ちょっと待った、嘘です。手をこっちに伸ばさないで」
最後がアサギ地方である。
アサギ地方は、セイラン地方と同じく山岳地帯になるが、もう少し山が拓けており人が住みやすい。
アサギ地方の内陸部には交易都市があり、王都の次に人と物が集まる拠点となっている。交易都市には大きな川が流れており、アサギ地方の山で採れた山菜や川魚が、船で運ばれてくるのだ。
「ギルは、交易都市行ったことあるだろ」
「ああ、任務で何度か行った。リュークは?」
「兵師団の時に一瞬だけ。交易都市近郊の兵師団は、みんなウェイ系だぜ」
「兵師団は割とみんなウェイ系だろ」
「いや、よりウェイなんだよ」
「よりウェイって、なんだよ。そうだとしても、アサギ地方の兵師団は全体的に割と強いイメージがある」
ダン班長とアサギ地方に行った時の兵師団は、随分頼りになったな、とギルは思い出す。
リュークは首肯する。
「なんかね、強いんだよ。アサギ地方は」
「なんでだろう」
「適度にア=カイロ王国から攻撃のプレッシャーがある。ちょこちょこ来るんだよな。だから、訓練にも身が入るし、ブレインも集まるし、育つ」
「へえ。ア=カイロからすると、セイラン地方よりはアサギ地方の方がやりやすいってことかな」
「たぶんな。取っ掛かりやすいんだろうな」
それくらいか、とリュークは伸びをする。
「以上! ア=オイロ王国の南側と東側らへんしか話してないけど、他の地域はまあいいだろ。ミ=ドリ皇国とかキ=イロ公国との国境は、いまは平和だし」
「ありがとう、リューク、十分だ。やっぱりお前が適任だったよ」
ギルは、地図に改めて目線を落とす。
アサギ地方、ライラック地方、セイラン地方。
ア=カイロ王国がア=オイロ王国を攻める道は、2つだけだ。ライラック地方にある防衛都市を攻略するか、アサギ地方・セイラン地方の山岳地帯を攻略するか。どこまで何を目指すのかによって、どこからどう着手するのかが変わってくる。
いずれも、そう簡単な道ではない。
「よし、ギル、模擬戦やるぞ!」
ええ? という顔をすれば、はあ? という表情が返ってくる。
「いまは、やだ」
「なんでだよ。これに対応したら、やってくれる約束だっただろ」
「闘技大会の今年度優勝者と戦うなら、それなりの準備が必要だろ。いまは、やだ」
「いや、それは意味がないだろ」
「勝てない勝負はしない主義だ」
「……」
反射的にギルはぱっと立ち上がり、右手で刀を抜き去った。
がん、と金属と金属がぶつかる音が部屋に響く。
やはり、槍がこちらを狙ってきた。
「なんだよ、受け止めるじゃねえか」
リュークは楽しそうな満面の笑みを浮かべて、いま振るった槍を手元でくるりと回す。
ギルも思わず口角を上げ、もう一方の剣の柄に左手をかける。
「来ると思ったよ、せっかちが」
2本の剣と槍がぶつかる音は、日が落ちて星が見えるまで、絶え間なく続いた。
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閑話休題。第二章へ。
次回は、明日8月23日(日)の更新を予定しています!
第二章も楽しんでいただけるように頑張りますので、評価やブックマーク、感想などいただけると大変嬉しいです。
(松桐由荷)




