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1-4 ラピスラズリ

水害の表現があります。苦手な方はご注意ください。


『父上、私は、兵師団には入りません』

『……』


星の光が、座っていてもわかる大柄な父親の背中を照らしていた。父の表情はわからなかった。ただ彼はしばらくずっと黙って、机の上で手を組んだまま、そこにいた。


『……なぜだ』


ただ一言、それだけが空気を揺らす。

一万もの兵士を率いる団長というのは、これだけの威厳を持つらしい。その重さが、ただ真っ直ぐにこちらに向けられて、ギルは意識的に呼吸を整える。


『その方が、国のためになるからです』


父が立ち上がって、目の前に立つ。どこか見覚えのあるような、冷たい視線が降ってくる。ギルはただ、それを見上げた。


しばらくの後、父の口が小さく動く。


『……なぜわざわざうちで――ウォード家でお前を引き取ったのか、その意味をわかっていないのか』


ああ、やっぱり、とギルはどこかショックを受けている自分を自覚するとともに、まだ家族らしく”お前”と乱暴に呼ばれることにわずかな安堵感を覚えて、そんな自分を自覚して、そして心が引き裂かれる。


――まあ、そんなものか。


わかっていても、どこか期待していたらしい。

昨日までの、優しくて厳しくて温かな父親はここにいない。呼び方は変わらなくても、これまでの家族関係は一瞬でなくなって、ただの紙切れの契約上の関係に成り下がってしまった。


『ウォード家の権力を強めるためだ。剣術のあるフレリアだけではなく、頭の切れるお前がいれば、無駄な権力争いは潰え兵団が安定する。そしてそれは、国を守る盤石な基盤を築くことと同義である。お前が兵師団に入らぬ理由は、筋が通っていない』

『……』

『兵師団に入らないのは、フレリアへの反逆のためか』

『いいえ』


明確に、ギルは首を横に振る。


『では、兵師団に入れ』

『嫌です。……ッ!』


息が詰まる。胸ぐらを掴まれたのだ。父に敵う術は今のギルにはないし、そもそも力で抵抗するつもりもなかった。ただすぐ目の前の、鋭い視線を受け止めるだけだ。


『なぜ兵師団に入らぬ、兵師団で活躍すればそなたの名も馳せる』

『いりません』

『……名誉があれば、お前に仇なした人間を見返せるであろう』

『その必要はありません』

『ならば、お前は何のために戦う。何のために剣を振るう!』

『父上、』


その先に続ける、大切な意思表明。

ぎらりと睨みつけられる。突然床に投げつけられ、体を強かに打ち付けた。


『……』


息が詰まった。ギルは理解する。


自分は父に捨てられたのではなかった。為したいことのために、自分が、父を捨てたのだ。


どうにか体を起こし、父に断らずに部屋を出る。

そのまま荷物をまとめ、その日のうちに家を出た。



◇



「失礼する」


精鋭部隊二班班長ダンに続いてテントの中に入ると、兵師団の男が2名立ち上がり、敬礼する。

こちらも敬礼を返す。目元以外の顔は黒い布で隠してはいるが。


「兵師団第三十五歩兵隊中隊長ケニー・ブラックです」

「兵師団第三十五歩兵隊中隊長補佐ポルック・ピオニです」

「ダンという、こっちがギル」

「ギルです」

「お、おお~~~」


ケニーとピオニは顔を見合わせる。どうしたのか、とダンとギルが首を傾げると、ケニーが苦笑する。


「精鋭部隊の方とお会いするのは、初めてでして」

「ああ、なるほど」


精鋭部隊が部隊として表立って出動する機会は、数多くない。


彼らは、アサギ地方第一集落の防衛を担っている兵師団だ。ここはほぼ国境沿いと言ってもいい。

アサギ地方は高低差の激しい山岳地帯で天然の要塞ともなっているため、これまでア=カイロ王国からの攻撃を受けることはほとんどなかったが、直近になって大きな動きがあって、珍しく精鋭部隊が出動する運びとなったのである。




『ア=カイロ王国は、山岳地方での戦いは強くない。そもそも向こうの国土に山がほとんどないからな』


ユーゴが腕を組む。


『はい、なので、精鋭部隊で圧倒的に押しきってしまうべきです。多少の小競り合いは続くかもしれませんが、これまで通り兵師団でも十分に守れるようになります』


ギルは、淡々と提案する。アサギ地方の様子を聞いて、彼は精鋭部隊の出撃を隊長と副隊長へ進言した。

レオナルドとユーゴは黙ったまま机の上の地図を見つめるが、しばらくしてユーゴはギルをすっと見据えた。


『山岳での戦いが苦手なア=カイロが、あえてここを狙う理由をどうとらえる』

『はい、もしもですが、もしも仮にここを抜けると、“王都攻略”への足がかりを作る絶大な好機になりますので、それを狙うものかと思います。ただ、』

『ただ?』

『もし仮にア=カイロ王国に山岳に強い主将や山賊がいたとしても、アサギ地方はあまりに攻略が難しく、進軍するだけで疲弊するでしょう。反対に、あのあたりの兵師団は当然恐ろしく山に強い、それはア=カイロ王国もさすがにわかっているはずです。

つまり、このあまりにも確率の低いワンチャン狙い、ただの”王都攻略”ではなく、逆に”ア=カイロ側を率いる主将を消すための戦”に見えています』

『ほう、ドンファがそれを、――いや、なるほどな』


ユーゴの理解したような様子に、はい、とギルは続ける。


『正直、ア=カイロのドンファ将軍の性格を考えると、そもそも彼が、こういった不得意な領域の手を打ってくるとは思えない。さらに言えば、ドンファ将軍は手の混んだ策を好まない。よって、この作戦そのものが、ドンファ将軍ではない、誰か別の手引きで動いていると捉えるのが自然です。

少しでも、そいつの情報を得ておくべきかと。ついでに、せっかく機会をいただいたので、それなりのダメージを与えられれば御の字です』


その誰か、というのが、見えていない。ギルは、それが気になっていた。

ユーゴの視線が鋭くなり、それからほんのわずかに口角が上がった。


『……お前、早期決着の勝算があるな?』

『当然です』

『20だ』


レオナルドが、唐突に口をはさむ。ギルは、思わずレオナルドの顔を見る。彼は、真面目な顔でギルを見ていた。


『ここで精鋭部隊が出る目的は3つ。1つ目、向こうをこてんぱんにする。今後、アサギ地方に割く精鋭部隊の戦力はない。できる限り安泰にしておきたい。2つ目、主将を殺す。山に強いやつかはわからんが、まあとりあえず殺っとけ。最後、ア=カイロの戦術がどう変わったかを確認する。これが一番重要だ。

俺の読みでは、お前とダン、それから20の精鋭部隊。それに兵師団100で、目的は達成できる』

『……』


ギルは表情を変えずに、困ったな、と内心思う。自分が考えていたよりも、だいぶ精鋭部隊の人員が少ない。

レオナルドはその様子に、破顔一笑する。


『川と天気を使え。ア=カイロよりも、俺らは山が得意だろ』




というわけで、精鋭部隊は、二班をメインに一班も数名加えて、全体の指揮を二班班長ダンとギルとで担う、約20名程度の非常にコンパクトな構成でアサギ地方を訪れた。

ダンは、レオナルドよりも年上ですでに50代半ばの戦士ではあるが、守りに強い。


「精鋭部隊が来てくださって助かります、最近はもうぎりぎりで」

「そうだったか。遅くなって申し訳ない」

「いえ、状況をご共有いたします」


地図が広げられ、軍に見立てた駒が置かれる。高低差が激しく川や崖もあるので、山道がぐねぐねとしている。要所となる山道を中心に守りを固めているようだ。


「いまは、ここの最前線で数日のにらみ合いをしています。ここは立地的にも優勢なので」

「なるほど。向こうの数は?」

「おそらく800名ほど」

「こちらは」

「70名です」


ダンがちらりとギルを見るのが、気配でわかった。もともと聞いていた数よりも、敵がだいぶ多く、味方がだいぶ少ない。11倍の戦力差はそれなりだ。

ケニーはその様子に敏感に気づいたらしい。実は、と続ける。


「伝令をお出しして、しばらくしてから先方の戦力が急速に増えました。もともとは、敵500、こちら100でお伝えしたと思います」

「ああ、だいぶ状況が違う」

「追加の伝令を出したのですが、入れ違いだったかもしれません」

「そうだな。にしても、その状況の中でよく守った。その戦力差での守りであれば、この立地を選ぶは理解する。冷静な対応に感謝する」

「そのように、精鋭部隊から言ってもらえるとは。ありがたい」


ダンの言う通りではあった。その戦力差で守るのであれば、中隊長のケニーは正しいところに兵を配置している。さすがにこの山場での戦いに慣れているだけあった。

今回精鋭部隊が来た目的は守るためだけではないが、戦力差を考えると、まずは押し返すことをきっちりやりきる必要がありそうだった。


ギルはじっと地図を見つめ、考える。


「……ダンさん」

「おう」

「しばらくここの守り、兵師団と交代できます? 兵師団30名、こちらで使いたく。かつ、できる限り敵軍を押し返してもらえれば、なおよしです」

「ほう、どこまで押し返す?」

「ここです」


敵軍の中央あたりを指し示せば、ダンは少し腕を組む。


「30名は、何に使う?」

「伐採です、雨が降れば勝ちです。まあ、この時期なので3日以内には降ります。というか、雲の様子からしてたぶんそろそろ豪雨が来ます」


それを聞けば彼は作戦を理解したらしい。にやりと笑って、それからケニーとポルックにいろいろと指示を出し始めた。




到着して、2日が経った。


集落から少し外れた川沿いには、大量の伐採した木が積んであった。いまも、どさり、と兵師団によってひとつ大木が追加された。

ギルはゆるりと空を見上げる。雨が降ればあとはやることが明確だが、雨は天運だ。3日あれば降ると思っていたが、どうやら雲の動きはずいぶんゆっくりらしい。


「お疲れ様です」


黒い布で頭を覆った男がすっとギルの横に現れた。グレーの虹彩。マキナである。彼とゼドも今回従軍しており、彼らにとっては精鋭部隊としての初陣である。

ダンのところにいると思っていたが、こちらに来たということは、何か伝言だろう。


「どうした」

「兵師団と紛れながら精鋭部隊も攻撃に加わり、指定の場所まで押し返しました。簡単な落とし穴も、掘りました」


さすがだ、とギルは頷く。できれば嬉しい、といった依頼だったが、ダンはちゃんとやってくれたらしい。

つまり、あとは雨が降ればよいのである。


空を見上げる。


「……雨ですか?」

「ああ。降れば、勝ちだからな」

「明日には降ります」


ギルは少し黙って、それからマキナへ目線を映した。マキナは、まっすぐなグレーの瞳でこちらを見ていた。


「ずいぶん確信を持った言い方をする」

「いえ、予想です」


ギルは笑う。


「そうか」

「えっと、ギルさん、で合っていますかね?」


呼ばれて振り返れば、兵師団のケニーであった。ギルもマキナも同じ格好であるが、ケニーは目元を見てギルだと確信したらしい。わずかに表情が緩んだ。


「お疲れ様です、ケニーさん。ギルです」

「よかったです、少し迷いました。だいぶ木が集まってきたのですが、これくらいでどうでしょうか」

「十分かと思います。ありがとうございます。あとは、雨が降ったときにこれを川に落とせるようにできれば」

「そうですね。部下に考えるように伝えます」


よろしくお願いします、と言ってから、ギルは少し周囲の様子を探る。

声の届く範囲には、ケニーとマキナと、ギルしかいない。


「ちなみに、ケニーさん。ひとつ伺いたいのですが」

「はい?」

「急激に敵の数が増えたのは、いつからですか?」

「5日ほど前です、確か」

「……なるほど」

「なにか?」

「いや、ありがとうございます。状況は理解しました」


緩やかに笑みを返す。


「では、俺は前線のほうを見てきます。ここを任せますが、いいですか?」


そう言えば、ケニーは敬礼を返してくる。ギルも同じように返礼した。

腰に剣があることを確認し、マキナを見る。


「マキナ、行くぞ」

「背負いましょうか?」


は?と一瞬眉を顰める。


「……どういうことだ?」

「おそらく私がギルさんを背負って走るのが、一番速いかと」

「そんなに距離もないし、お前の体力が消耗されるだろ」

「いえ、お気遣いなく」


ギル一人であれば、背負っても特に問題なく走れる、と彼は言っているのだ。ギルだって、そんなに遅いわけではない。だが、きっとマキナはそれを踏まえて提案しているのだろう。


少しため息をつく。


「わかった。頼む」



――あっという間であった。


ダンが少し目をぱちぱちとさせ、わっはっはっは、と笑う。


「マキナによって運ばれるギルとは、なんとも面白い」


ギルはマキナの背中から降りながら、苦笑する。


「ダン班長、これ、帰ってから言わないでくださいよ」

「悪いな、それは約束できねえ」

「マキナの足が、信じられないほど速いんですよ」


実際、マキナの足の速さに、ギルは驚いた。しかも、マキナは全く息も切れていない。

一体、彼の身体能力はどれほどのものなのか。

マキナにお礼を伝えれば、いえ、と端的な返事をして、彼はそのまま精鋭部隊が集まって座っているところに紛れていった。


「それで、どうした? こっちはお前の要望にきっちり答えたぜ。上は準備済んだのか?」

「はい、そのようにマキナから聞きました。ありがとうございます。上も準備は完了しています」

「相手を引かせるには、十分な仕掛けにはなっている。あとは、雨が降るまでうまく持ち堪えればいい。が、敵の主将首をどうするか、だろ?」


そうなのである。その手段だけ、いまの作戦に組み込まれていない。数の差が大きいことから、大規模な掃討作戦を優先し、主将首については達成優先度を下げたのである。


「主将がどこにいるかは、わかります?」

「ああ」


ダンは、机の上に広げられている地図の一部を示す。

どうやら、それなりに前に構えているらしい。予想通りではある。


「押し切りたいんでしょうね」


ギルの言葉に、ダンも頷く。


「こいつは相変わらず引かねえ性格だな。作戦が始まればきっと前に出てくる」

「誰です? 見ましたか?」

「スピネルだ。わかるか?」

「ああ、あの血気盛んな。これまでも何度か、彼の隊が攻めてきたことがありましたね」

「そうだ。ドンファの野郎の右腕らしいし、今回の作戦は増員もしているから、相当気合が入っていそうな雰囲気だ」


ダンを配置してもらったのは僥倖だった、とギルは思う。スピネルは30代後半の勢いがある隊長だが、ダンの深い経験から来る淡々とした一手は、スピネルの勢いを殺すのだ。


「彼は、上がってきますね」

「ああ、そのつもりでこちらも構えておく必要がある」

「……こちらの構えを、兵師団と精鋭部隊の混合にするかどうか、迷っています。お考えを伺ってもいいですか?」


ダンを見て首を傾げれば、彼は即答で、


「最前線は精鋭部隊、その後ろが兵師団だ」


と言った。


「どういった思惑でしょうか」

「その方が、精鋭部隊のやつらが全力で戦える。この面子であれば、少数で広く陣取って、巻き込みとか気にしないような編成にしたほうがよさそうだ。で、漏れたやつを兵師団に袋叩きにしてもらう」

「ありがとうございます。そのようにします」

「特に、マキナとゼドは、その方が動きやすいと見ている。実力は、精鋭部隊の中でも相当」

「さすがですね」


顔を上げたダンの目線を追えば、マキナとゼドが並んで座り、なにかを話していた。


「あいつら、意外と気が合うんだろうな」

「そうなんですか」


不思議なこともあるな、とギルは思う。ギルが知る限りでは、少なくともゼドは非常に無口だし、マキナも積極的に話をするほうではない。そんな二人が、会話をしているのである。

そういえば、マキナからゼドの名前が出たことがあったな、と思い出す。剣の力量が同じくらいなので、よい関係が築けているのかもしれない。


「あの二人、何を話すんですかね」

「俺も全部知っているわけではないが、剣の話とか、戦い方の話とか、そんな話をしているとゼドは言っていた」

「それはそれで、あの二人らしいですが」

「本当だよな。マキナも入隊したころはいろいろ心配だったが……。最近は、雑談とやらを重視しているとか言っていた。あいつも相当変な奴だよな」


ギルは少し笑う。徐々に隊に馴染んできている二人に、わずかに安心した。


「ああ、あとそういえば」

「はい?」

「三人だけだが、こいつはと言う奴を生きたまま拘束してある。煮るやり焼くなり、好きにするといい」



◇



――雨だ。


「これは……一瞬で来ますよ」


ケニーの言う通りであった。

ぽつり、ぽつりと水滴が降ってきたと思えば、あっという間に豪雨になり、そして川の水位も勢いも上がってくる。


「木を流せ!!!」


ケニーの号令に、兵師団が木を担いで下流に流れるように投げ込む。


ここは、地盤が固い。豪雨くらいでは地盤は崩れない。

川の上流にかかっている橋は、すでに落としてある。川で流された木は、敵軍の中腹に位置する橋に引っ掛かり、そして川の流れをせき止め周囲にある敵陣を洪水にする。


ギルは、高台から下流の様子を確認する。すぐに水はせき止められ、周囲の敵のテントを勢いよく流し始めた。横にいる兵師団がよし、とガッツポーズをして、大きな声でケニーに報告をした。


まずは、掃討作戦は成功である。あとは、前線の精鋭部隊と兵師団に任せるしかない。



少しして、マキナが高台の下に現れた。ギルはとんとん、と降り立つ。


「どうした」

「報告です。主将が、前線に上がってきていません」

「……ほう」


どうやら読みが外れたらしい。そういうこともあるか、と思いながら、マキナを寄越したダンの意図を一瞬で理解した。マキナの足をうまく使えと言うことだ。そのうえで、少し逡巡する。


つまり、このあと主将スピネルを殺しにいくのだが。


――マキナと二人で大丈夫なのか。


スピネル側が何人いるのかはわからない。もしもマキナがア=カイロ王国側の密偵で、もしも仮に裏切るのであれば、1対多数で死ぬリスクがある。マキナが裏切らないのであれば、2人で確実に勝てる。

とはいえ、リスクヘッジのためにこれから別の隊員を呼びに行く時間も惜しい。その時間に逃げられてしまっては元も子もない。


『信じるというのは、自分自身が相手に賭ける覚悟を持つ、ということだ』


信頼するとはそういうことである。実際のところ、信頼なんていうのはそんな高尚なものでもなんでもない。結局は自分が何を信じるか、それに尽きる。


賭けよう、とギルは息を吐いた。


「よしマキナ。スピネルとやらを探しにいく。背負ってくれ、頼んだ」

「はい」

「場所はおそらく――」

「「南の山道」」


思わずマキナの顔を見れば、彼もこちらを見ていた。


「気が合うな」

「はい、行きましょう。ギルさん、我々の信頼関係が、試されますね」


どうぞ、と言うように、マキナが背中を差し出す。その横顔から覗くグレーの瞳は、どこか楽し気な輝きを持っていた。


は、とギルは笑う。


「そうだな。試されてみよう」


そう言ってギルが背中に乗れば、マキナは軽やかに豪雨の中を走り出した。




しばらくして、マキナが言った。


「もう間もなくです。5名で逃げています。馬に乗っていますね」

「まだ見えないのに、よくわかるな」

「人よりも目がいいんです」

「そうか」


異常な体力、異常な身体能力。彼がおそらく”普通の人間”ではない、などということは、もう言われずともわかっていた。


――トット・ブックと同じ類か。


だが、それを指摘するような野暮なことはしない。


5人か、と思考を切り替える。山道なので、挟み撃ちをすれば簡単だ。雨のおかげで、こちらの動く音も隠すことができる。


「追い越したところで、距離をとって隠れよう。挟み撃ちする」

「了解です」


雨に紛れて、ではここで、と降ろされたところで茂みに隠れる。馬の走る音がわずかに聞こえる。

確かに敵は5人。中央にいるのが、スピネルだ。泥にまみれ、苦い顔をしている。なぜ彼が前線に出てこなかったのかわからないが、様子を見るに洪水に巻き込まれたのか、あるいは巻き込まれた部下を助けようとしたのか。


最後尾の兵士が目の前に来たタイミングで、奇襲を仕掛ける。


「ぐあっ!」


2本目の剣で喉元を確実に突いて、引き抜く。もうひとつの悲鳴が最前から聞こえる。どうやらマキナも、タイミングよく奇襲を仕掛けたようだ。

一番後ろの兵士が落馬したのを横目に、後ろから二番目の兵士の剣を受け止める。そのままもう片方の剣で、鎧の隙間から腹を刺した。


その兵士を足蹴に、中央のスピネルへ飛び掛かる。スピネルの剣に対し、二本の剣で押し倒し、馬から引きずり下ろした。すぐに態勢を立て直し、スピネルは剣を振る。ギルはそれを受け止める。が、多勢に無勢である。前二人を無事に始末したらしいマキナが、後ろからスピネルの利き腕である右腕を切り落とした。


そのままスピネルを、地面に押さえつけた。


「スピネルだな」


問えば、彼は顔をゆがめる。


「てめえ、精鋭部隊だな」

「お前にしては珍しい、敵前逃亡か」


煽れば、顔に血が上ったのか真っ赤になり、さらにゆがむ。


「うるせえな!!!」

「誰の指示で逃げている?」

「てめえに答える義理がどこにある」

「チャロアット・ディアスだな」

「黙れ!!! あんなくそ野郎が!!!」

「おーおーおー、ずいぶんお嫌いなようだな」

「てんめえ」


どうやらスピネルは隠し事ができないらしい。このやりとりだけで、だいだいの状況が想像できて、ギルは心の中で笑ってしまう。


「いざとなれば逃げて来いと、ア=オイロ王国の情報を渡すだけでも副将軍へ昇格する価値になると、きっとそう言われているな?」

「……なに!」

「なぜわかるみたいな顔をするな。こちらの当てずっぽうが本当に当たっていたとは」

「……」

「だが、きっとお前、このまま戻ったらチャロアット・ディアスにいいようにされるぞ」

「は?」

「800人を見殺しにした隊長であり責任を取るべき、みたいな感じで詰めるんじゃないかな。うん、俺ならそうする。ドンファ将軍は、守ってくれるのかもしれないが」

「……うるせえ、てめえに何が分かる」

「ずいぶん弱い反論だ。それで、スピネルさん、チャロアット・ディアスはドンファ将軍のお気に入りなんだろうか? ドンファ将軍は、お前とチャロアットとであれば、どちらをとる?」

「……」


少し冷静になってしまったらしい。スピネルは黙る。それならもう用事はない。


「まあいろいろ言ったが、お前の命はここまでだ。チャロアット・ディアスにもドンファ将軍にも会うことはない。敵ながら素晴らしい活躍だった、スピネル隊長」


スピネルの首に剣を突き刺した瞬間。


視界の端が動く。

マキナの剣が、こちらに振りかざされる。



――やらかした。





次回は、8月21日(金)の更新を予定しています!


(松桐由荷)


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